第12話 わたし、まだ、成仏したくないんです
近頃の守護霊たちの間には、相反する二つの雰囲気が同居していた。
一つは、決裂前とはまた異なる、何やら生ぬるいぎこちなさである。
ダイキは、あの日自分がとった行動がいまだに自分で信じられずにいた。
――突然抱きつくとか……俺は何ちゅう大胆なことを……!!!
度々思い出しては身悶えし、頭をぶんぶんと振っていた。
レイコはそんなダイキの内心を知ってか知らずか、いつものように彼を優しい目で見つめながら微笑んでいた。
もう一つは、各々が物思いに耽る重たい沈黙である。
二人の頭の片隅には、拓実の言葉を受けて以来、いつもあの二文字がよぎっていた。
自らの存在について思いを巡らすその時間は、独特の緊張感を醸し出していた。
その問題について、先に口火を切ったのは、レイコだった。
「……あの」
いつになく重いトーンで話しかけられたダイキは、概ねレイコの意図を察し、黙って頷いた。
「わたし、ダイキくんの元を離れている間に、いろいろ考えました。それで、もう、自分の気持ちに正直になろうって決めたんです。……だから、はっきり言いますね。今……100%水帆ちゃんの幸せを応援できていない自分がいるんです」
レイコは眉尻を下げ、悲しそうな顔を浮かべながらも、きっぱりとそう伝えた。
「…………『成仏』……か」
ダイキは、数秒の沈黙を経て、ついにその二文字を口に出した。
「……はい。わたしたち、生前の人生に未練があってここにいますよね。わたしが自分の後悔を水帆ちゃんに投影してるのも、ダイキくんの言ってたとおりだと思います。……そうだとしたら、水帆ちゃんが幸せになって、わたしたちの未練や後悔もなくなったとしたら……やっぱり、ここにいる理由ってなくなっちゃうのかなって」
「……俺も、レイコに言われたとおり、水帆とコハルを重ねてた。自分が生きてるうちにできなかったことを、今度は全部しようって。だから確かに、水帆が幸せになったら、生前の俺らの未練や後悔はなくなるのかもしれんな」
二人はそれぞれ、沈黙の間に逡巡した自らの考えを吐露する。
「……でも、わたしまだ、成仏したくないんです。せっかく……ダイキくんとも、その、……仲良くなれましたし。いっぱい楽しいことしましょうねって言ったのに、まだできてないじゃないですか」
「水帆を100%応援できてないって言ってたんは、そういうことか……」
「……そうです。わがままですよね……守護霊のくせに、主の幸せより自分の気持ちを優先しようなんて。これでいいのかって……毎日悩んでました。今だって悩んでます」
レイコは心底辛そうな顔をしている。
ダイキは、お人よしのレイコがこうも自分の気持ちを露わにしたことに少し驚いたが、そのまま彼女を見つめて小さく息をついた。
「生きとるうち、どうせわがままの一つも言わんできたんやろ。もういくらでも言ってええんちゃう」
ダイキの返事は、予想外にあっけらかんとしたものだった。
「え……でもそれじゃ、水帆ちゃんは……」
「……都合のいい仮説かもしれんけど、俺の考え、聞いてくれるか」
レイコは頷く。
ダイキには不思議に思っていることがあった。
それは、戻ってきた後のレイコが、何の未練もないような清々しい顔をしていたこと。
今までのような付和雷同的な言動がなくなり、はっきりと自分の意見を言うようになったこと。
……それにもかかわらず、まだレイコがここにいること。
「俺は、霊になってしばらく、自分が死んだ上本町の道路から動けんかった。でも、水帆についていこうと思ってからは、自由に動いて、水帆の後ろに行くことができた。レイコはどうや?」
「……わたしは、気づいたら霊になって、自分が生まれ育って、……そして死んだ、九州にいました。その後すぐ、今まで行けなかったいろんなところに行きたいなって思って、日本中を飛び回ってました。そして、自分の気持ちに迷いが出てきた頃……東京で、水帆ちゃんに出会いました」
レイコは続ける。
「恋をしている水帆ちゃんが、……不思議と自分と重なって見えたので、なんとなく見守りたくなって、ついていくことにしたんです」
「……俺と離れてる間は、どこにおった?」
ダイキは重ねて問いかける。
「九州に帰ってました。……自分の過去と向き合うために」
「……で、気持ちの整理はついたんやな」
「はい! それはもう。すっきりしてますよ!」
ダイキは顎に手をやり、思案顔で続ける。
「つまり、や。こういうことなんやないかな。――俺らをこの世に繋ぎとめてんのは、“未練”やなくて、“目的”。現に、レイコは、過去の“未練”にケリつけてすっきりしてるはずやのに、まだここにおる。それは……」
「水帆ちゃんを応援するっていう、“目的”があるから?」
ダイキは頷く。
「そう。“未練”は、俺らをその場所に縛るもんであっても、この世に繋ぎとめてるもんではない。だから、“未練”がなくなっても、“目的”さえあれば、俺らはここにおれるし、その目的のために自由に動ける」
「えっと、……そうなると……?」
レイコは両こめかみを手で押さえながら、必死に話についていこうと頭を巡らせている。
「水帆が幸せになって、一旦俺らの未練がなくなって、目的も果たされたとしても、次の目的とかやりたいことがあれば、まだ動けるんじゃないかってこと。だから……つまり……」
「つまり……?」
「だから……! ……もし俺らが一緒におりたいってのが、次の目的になれば……そのままおれるんちゃうかってこと!!」
察しの悪いレイコにやきもきしながら、赤くなった顔を背けてダイキは言った。
レイコはなるほど、と感心しながら頷き、
「ダイキくん、すごい洞察力です。さすがH大卒……」
そこまで言って、彼女はようやくダイキが赤くなっている理由に気が付いた。
「そんなことより、ダイキくんも、これからもわたしと一緒にいたいって思ってくれてたんですね? わたしといるのが、ダイキくんの“目的”になってるんですね?? ふふふっ」
レイコは、悪戯っぽい笑みを浮かべてダイキを小突く。
「うるさい。レイコがいつもみたいに『言い過ぎ』って止めてくれんと、俺はすぐ暴走してまうからな。……それだけや」
ダイキは相変わらずそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうにそう答えた。
レイコはふふっと笑った後、両手をぱん、と合わせた。
「ふぅ~、でも、ダイキくんの仮説によれば、成仏問題は解決ですね! ここ最近ずーっと悩んでたから、久しぶりにすっきりした気分です」
「……まあ、仮説だからわからんけどな。先のことは、先に考えたらええ。今は俺らのできることをやるしかない」
「はい、これで100%水帆ちゃんの応援に注力できます! ……あ、でもその前に」
レイコが思い出したように手を叩く。
「……なんや?」
「悩みもすっきりしたところだし、一つやっておきたいことがあるんです。わたしのわがまま、付き合ってくれますか?」
「おう。けど、やりたいことて……?」
「復讐です。ふ・く・しゅ・う」
レイコはそう言いながら、これまでの彼女らしくない悪い笑みを浮かべていた。
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