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第11話 焦燥、告白、そして抱擁

 いつもより広い水帆の背後の空間で、ダイキは自己嫌悪に陥っていた。

 レイコを探そうにも、彼女の生い立ちを何も知らない彼には、心当たりすらなかった。

 

 ――あの時、レイコの過去を聞いておけばよかった。

 

 そんなことを考えながら、悶々とした日々を過ごしつつレイコの帰りを大人しく待つほかなかった。


 しかし非情にも、相方不在のこのタイミングで、水帆を取り巻く状況は急展開を迎える。


 史也からのLIMEでのデートのお誘いに、水帆は以前ほど舞い上がってはいなかったものの、それでもしっかり嬉しかった様子である。

 その誘いを断る理由はなく、水帆はすんなり誘いをOKした。


 LIMEでやりとりされては干渉することもできないダイキは、じれったく画面を見つめた後、急いで拓実のところへ飛んで行った。


「拓実、大変や。あのチャラ男がまた水帆とデートにこぎつけよった。日曜、ディナーデートやて。とりあえず、水帆と話してくれんか」


 ダイキはノープランのまま、取るものもとりあえず早口で拓実にそう伝えた。


 拓実は社会心理学の講義の後、ダイキに促されるまま水帆に声をかけた。

 ひとまず、講義で出された課題について雑談する二人だったが、ダイキは気が気ではなかった。


「拓実、日曜夜、デートに誘ってくれ。今ならあいつより拓実をとるかもしれん」


 そうは言われても、今の話題を突然ぶった切ってデートに誘うことなどできない。

 拓実がタイミングを見計らいつつ雑談を続けていると、


「はよしてくれ。ここで誘わんと、タイミングないで」


 レイコ不在で完全に余裕を失っているダイキが畳みかける。


「拓実、はよ……」


 上から絶え間なく浴びせられる関西弁の催促に、拓実はついに堪えきれなくなった。


「分かったから、ちょっと黙っててよ!」


 小さく囁いたはずのその声は、思いのほか大きく発された。

 そして最悪なことに、隣の水帆にもしっかり届いてしまった。


「え……ごめん、私しゃべりすぎてたよね。今日はもう帰るね。ほんとごめん……」


 水帆は一瞬びくっと震え、苦笑いしながらそう言うと、そそくさと教室を後にした。


「ご、ごめん! 佐々木さんに言ったんじゃなくて……! あぁ……!」


 拓実は慌てて水帆を追いかけようとするが、すでに彼女の姿は視界から消えていた。


 拓実はどんよりと顔を曇らせて黙りこくっていた。

 ここから一挙挽回してデートに誘えるような恋愛テクニックを、彼は持ち合わせていない。


 ダイキも、小さな声でごめん、と呟いた後、申し訳なさそうな顔で押し黙っていた。


 ◇


 二人は何もなす術なく、日曜日を迎えてしまった。

 レイコもいない。水帆の恋路もピンチ。拓実に合わせる顔もない。

 ダイキの目はいつになく生気を失っていた。


 その一方で、水帆は何やら決意をしたような力強い目をしていた。

 彼女はよしっと小さく呟いて、“あるもの”をバッグに入れ、家を出た。


「史也くん、今日も素敵なお店予約してくれてありがとう!」


「いやいや、前回のお詫びもあるし、これくらい当たり前だよ。じゃあ、食べようか。あ、写真撮る?」


「あ、そうだね、撮ろうかな……よいしょっ」


 水帆はバッグから“あるもの”を取り出す。

 ――それは、前回のデートでも登場した、トキアのアクスタとキャラぬいだった。

 水帆は手慣れた様子でそれをお皿の横に並べ、写真を撮った。


「……え?? それ、この間の……」


 史也は突然の出来事に動揺していた。


「ごめんね、私、この間嘘ついてたことあるの。……これ、妹のじゃなくて私の。これは私の推しで、宇宙一のアイドル・トキア様。……私、めちゃくちゃオタクなの」


 水帆は、おずおずと、しかししっかりと史也の目を見ながら、カミングアウトした。

 彼女は、好きなことを好きと言えずに愛想笑いして俯く自分よりも、等身大の自分でいることを選択した。

 拓実と好きなアニメについて語らうあの楽しいひと時を、嘘で覆い隠したくなかったのだ。


 史也は唐突な告白に面食らっていた。


「へえ、そうなんだ……。……あ、このパスタ、おいしいね!」


 気まずい空気を変えようとばかりに、史也はせかせかとフォークを口に運ぶ。

 水帆もややバツの悪そうな顔で食事を進めていたが、その目に後悔の色はなかった。


 ◇


「史也くん、今日はありがとう!」


 二人が食事を終え店を出た後、水帆がすっきりしたような笑顔でそう伝える。

 一方、食事中から何やら考え事をしていたように見えた史也だが、ついに意を決したような顔で言った。


「……水帆ちゃん。俺、君のことが好きだよ。付き合ってほしい」


 彼の意外な言葉に、水帆の目が大きく見開かれ、その瞳がゆらっと揺れた。

 彼女の唇は、“はい”の形に動きかけていた。

 が、――


「水帆ちゃんがオタクだったとしても……俺は受け入れられるよ。周りには、今まで隠してきたように、これからもそうしてくれればいいし。付き合ってから、少しずつ俺の趣味に近づいてくれれば、それでいいから」


 史也は、俺の懐はなんて広いんだとでも言いたげな、余裕のある笑みを浮かべていた。

 しかし、水帆の唇は先ほどの形のまま固まり、そしてゆっくりと閉じられ、その後開かれることはなかった。



 その間、ダイキはなす術もなく上空で立ち往生、ならぬ浮かび往生していた。

 切羽詰まった彼は、こうなったらいっそ、史也に向かって石ころでも投げてやるか、などと物騒なことを考え始め、キョロキョロと手ごろな石を探し始めていた。

 あ、あのちっこい石くらいなら――


「こーら。ダメですよ、ダイキくん」


 その時、覚えのある温かい手が、ダイキの肩に優しくポンと置かれる。

 ゆったりとした穏やかな声も、彼が待ち望んでいたそれだった。


「――――レイコ!!!」


 ダイキは反射的にレイコを抱きしめていた。


「レイコ、ごめん。俺、……生きてるうちに言いたいこと何も言えんと後悔したから、今度は言いたいこと全部言うって決めとってん。……でも、それは俺だけの都合やった。言われる側の気持ち、なんも考えんで……ほんまごめんな」


 レイコはダイキらしからぬ突然の抱擁に、一瞬わっと息を呑んだが、すぐに顔をふっとゆるめて微笑んだ。


「いいえ。ダイキくんがいなかったら、わたし、過去の自分も今の自分も認められなくて、苦しいままだった。ダイキくんのおかげで、やっと自分の気持ちと向き合えた。……わたしこそ、ひどいこと言ってごめんなさい」


 レイコはそっとダイキの背中に腕を回した。


 その背中の温もりに、ようやく自分がらしくもない思い切った行動をとっていたことに気付いたダイキは、唐突にぼっと顔を赤らめた。

 彼の体は硬直し、目は右往左往に泳いでいた。

 それでも、彼は自ら手を離すことも、レイコの腕を振りほどくこともなかった。


 二人は状況も忘れ、しばしそのまま、再会と和解の喜びを分かち合った。



 ……そして数秒後、ハッとしてダイキが顔を上げる。


「てか、水帆は――?」


「大丈夫。ちゃんと告白の返事は“保留”にしてましたよ」


「ほ、“保留”? じゃあ、OKしなかったんか?」


「……水帆ちゃんだって、いつまでも恋に恋するだけの乙女じゃないんです。……人は、変わるんですから」


 清々しげな面持ちでそう言うレイコを見て、ダイキはどこか安心したように、優しく微笑んだ。


最後まで読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
水帆ちゃん、よくやった! そう、オタクを隠したまま付き合ったって、いつかどこかで必ず無理が来る。口では「受け入れる」と言いながら、一ミリも歩み寄ってない史也は、やっぱり史也でした! ダイキさんとレ…
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