表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第7話 ふわふわヒツジグモと夢見るお昼寝


 前回のバイトで狼たちと心ゆくまで触れ合った僕は、すっかりあの大草原の虜になっていた。時々、ふとした瞬間に、服に残った野生の匂いを思い出しては、幸せなため息をつく。次のバイトはどんなモフモフに会えるのだろうか。そんな期待を胸に過ごしていたある日、ついにスマホが震えた。


 もはや見慣れた手順で天界へと召喚されると、そこには既に来ていたひまりさんが、優雅にソファに座ってお茶を飲んでいた。


「お、来たな、しょこたん。おせーよ」


「ひまりさんこそ。もうすっかり常連だね」


 軽口を叩き合えるくらいには、僕たちの関係もこなれてきた。そんな僕たちの前に、今日はどこか困り顔のルーミア様が現れた。


「お二人とも、お揃いですぅね……。実は、ちょっと厄介なご依頼がありまして……」


 女神様は、はぁ、と天界の空気を揺るがすほどの深いため息をついた。


「最近、天界の天候が不安定なんですぅ……。急に雨が降ったり、雷が鳴ったり……。どうやら、天界のさらに上に住む、ヒツジグモさんの寝心地が悪いみたいで……」


「ヒツジグモ?」


「はいですぅ。その名の通り、雲でできた巨大な羊さんで、とってもモフモフなのですが……気難しくて、驚かせるとすぐに霧のように消えてしまうのですぅ。そのヒツジグモさんの寝床を、ぐっすり眠れるように整えてきてほしいのですぅ!」


 ルーミア様はそう言うと、僕たちに小瓶と、奇妙なデザインのクシとブラシを手渡した。


「こちらは『ふわふわキャンディ』。食べると体が雲のように軽くなって、空を歩けるようになりますぅ。ソーダ味です。そしてこれが『太陽のクシ』と『月のブラシ』。きっと、お二人の助けになりますですぅ」



 ソーダ味のキャンディを口に放り込むと、シュワシュワとした刺激と共に、体が風船のように軽くなった。一歩踏み出すと、重力から解放されたように、ふわりと体が浮き上がる。


「うわ、すげ! マジで飛べそうじゃん!」


 ひまりさんが楽しそうに宙返りしているうちに、僕たちの体は光に包まれ、次の瞬間、見たこともない場所に立っていた。


 どこまでも続く、青い空。足元には、しっかりとした踏みごたえのある、真っ白な雲の大地が広がっている。天界よりも、さらに高い場所。空に浮かぶ伝説の島に、僕たちはいた。


 そして、島の中心に、それはいた。

 山のようにも見える、巨大な雲の塊。だが、よく見ると、それは確かに巨大な羊の形をしていた。全身が雲でできた、神々しい生命体。ヒツジグモだ。その体からは、ゴロゴロ……ゴロゴロ……と、不機嫌そうないびき、いや、雷鳴がとどろいていた。


「あれが寝床かな……」


 ヒツジグモが眠る体の下には、さらに巨大な雲が広がっている。だが、その雲は湿気を含んで硬くなっているのか、ところどころ灰色に変色し、ごわごわしているように見えた。あれでは、確かに寝心地が悪そうだ。


「よし、やろう。僕が太陽のクシで雲をほぐして温めるから、ひまりさんは月のブラシで、熱くなりすぎないように冷やしてくれないかな?」


「はあ? なんでうちが後処理みたいになってんのよ。……まあ、いいけど。さっさと終わらせるぞ」


 僕たちは、巨大な寝床の雲へと飛び移った。


 僕が太陽のクシを雲に差し入れ、ゆっくりと梳かし始めると、クシが太陽の光を吸収し、黄金色に輝き始めた。硬くなっていた雲が、その熱で解きほぐされ、焼きたてのパンのように、ふっくらと、そして温かく膨らんでいく。


「お、いい感じじゃん。そら、次!」


 ひまりさんが、僕が膨らませた雲に、今度は月のブラシを当てていく。すると、ブラシが銀色の月の光を放ち、熱を帯びた雲をひんやりと引き締め、極上の弾力と、しっとりとした肌触りを生み出していく。


 僕たちは汗だくになりながら、息を合わせて作業を続けた。僕が雲を耕し、ひまりさんがそれを仕上げる。その連携は、我ながら完璧だった。


 数時間後、ごわごわだった寝床は、見違えるようにフカフカで、適度なひんやり感と温かさを両立した、最高のベッドへと生まれ変わっていた。


 その変化に気づいたのか、ヒツジグモがゆっくりと瞼を開いた。そして、新しくなった寝床の心地よさに気づくと、「メェェェ……(これは、極上じゃ……)」と、満足そうな声を漏らした。


 次の瞬間、巨大な体がごろん、と寝返りを打ち、無防備なヘソ天ポーズになった。お腹のあたりで、パチパチ……と穏やかな稲光が、幸せそうに瞬いている。


(寝た……! しかも、ヘソ天だ!)


 僕とひまりさんは、その神々しくも可愛い光景に感動し、夢中でスマホのシャッターを切った。


 撮影に成功し、二人でハイタッチを交わした、その時だった。ヒツジグモの体から、キラキラと虹色に輝く、小さな雲のかけらが一つ、ふわりとこぼれ落ちてきた。


「「あっ」」


 僕とひまりさんが、それに同時に手を伸ばし、互いの指先が、そっと触れ合った。


 瞬間、僕たちの脳内に、同じ光景が流れ込んできた。

 それは、少し未来の、僕たちの学校の文化祭。クラスの出し物がうまくいかず、廊下の隅で落ち込んでいる僕の姿。そこに、ひまりさんがやってきて、「……しょこたん。あんたなら、できるっしょ」と、不器用ながらも、でも力強く、僕を励ましてくれる。その言葉に勇気づけられた僕が、彼女の手をぎゅっと握り返し、「ありがとう、ひまりさん」と、まっすぐに彼女の目を見て言う……そんな、甘酸っぱいワンシーン。


 はっと我に返ると、目の前には、同じ夢を見たであろう、ひまりさんの真っ赤な顔があった。


「「なっ……!?」」


 僕たちはお互いの顔を見て、同時に叫んでいた。心臓が、ありえないくらい速く脈打っている。


 その決定的瞬間を、いつの間にか背後にいたルーミア様が、女神にあるまじき満面の笑みで、激写していた。


「青春ですぅ~! 最高のスクープですぅ~!」


 パシャパシャパシャ! と、無慈悲なシャッター音が、青い空に響き渡った。



 天界に戻り、バイト代を受け取った後も、僕とひまりさんは、なんだか気まずくて、お互いの顔をまともに見ることができなかった。


 自宅のベッドに倒れ込んでも、今日の出来事が頭から離れない。ヒツジグモのモフモフの感触と、それとはまったく別の、胸の奥がキュンとなるような、新しいドキドキが、僕を眠らせてはくれなかった。

「とても面白い」★五つか四つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ