第4話 猫耳茶と魅惑の粉
あれから一週間。ユニコーンの寝顔の尊さを胸に、僕はいつも通りの日常を送っていた。そう、あの日までは。
いつものようにスマホをいじっていると、見慣れた、しかしどこか待ちわびていたショートメールが届いた。
(女神様、モフモフ成分が切れたのかな?)
リンクをタップすると、案の定、僕は純白の神殿に立っていた。
「お待ちしておりましたですぅ、しょこたん! ひまりさん!」
ルーミア様が、満面の笑みで出迎えてくれる。
「今回は、異世界に住む普通の猫さんの寝顔を撮ってきてほしいのですぅ。ですが、この猫さんたちは、猫耳を持つ種族に非常によく懐くそうでして……」
そう言って、ルーミア様が差し出してきたのは、湯気の立つ二つの湯呑みだった。
「こちら、『猫耳茶』をどうぞですぅ!」
僕はひまりさんと顔を見合わせ、恐る恐る湯呑みを受け取る。
(うん、思ったより日本茶っぽい)
緑茶のような香ばしい香りに、僕はごくりと喉を鳴らして一気に飲み干した。すると、体の芯からじんわりと暖かくなり、頭のてっぺんがむず痒くなる。ひょこん、と視界の端に、自分のものらしき黒い三角の耳が見えた。腰のあたりからは、ふさふさの尻尾が生えているのがわかる。
隣で同じようにお茶を飲んだひまりさんが、神殿の鏡に映った自分の姿を見て、けたけたと笑い出した。
「え、待って、マジ猫耳じゃん。これ付けてプリ撮ったら絶対盛れるんだけど〜! 超ウケる!」
長い金髪からぴょこんと飛び出した白い猫耳を、ひまりさんは楽しそうに指でつついている。その姿は、確かによく似合っていた。
「では最後に、こちらをどうぞですぅ」
ルーミア様は、僕たちに小さな紙袋を手渡した。袋には、マジックで『薬物M』と書かれている。
(いわゆるマタタビだよな、これ……)
準備が整うと、僕たち三人は光に包まれ、潮風の香りがする場所へと降り立った。
そこは、まさに猫島だった。港の周りには、たくさんの猫たちがのんびりと昼寝をしており、すれ違う人々には皆、僕たちと同じように猫耳と尻尾が生えている。
僕たちが港に降り立つと、さっそくどこからともなく現れた猫たちが、にゃあにゃあと鳴きながら足元にすり寄ってきた。
「うわあ……! すごい!」
僕たちは持ってきた煮干しをあげながら、夢中で写真を撮り始めた。猫たちもすっかり心を許したのか、地面にゴロンゴロンと転がって、無防備なお腹を見せてくれる。
(最高のモフモフ空間だ……!)
しばらくして、僕は懐から『薬物M』を取り出した。
「よし、マタタビを使ってみよう」
僕が袋の封を切った、その瞬間だった。真っ先に反応したのは、猫たちではなかった。
「なにこれヤバイんですけどぉ〜? ふ、ふ、ふにゃ〜ん♪」
隣にいたひまりさんが、とろんとした目でよだれを垂らしながら、その場に崩れ落ちて地面にスリスリと体をこすりつけ始めたのだ。
「キャ〜! ひまりさん、カワイイ〜っ!」
その姿を、ルーミア様がスマホで激写しまくる。パシャパシャというシャッター音が、静かな港に響き渡った。
やがて、僕の頭もクラクラしてきて……あ、あれれ?
そこから先の記憶はなく、気が付いたら、僕は自宅のベッドの上で目を覚ましていた。
テーブルの上には、見慣れた茶封筒に入った二万円と、写真の束が置かれている。おそるおそるその写真を見てみると……。
そこには、マタタビで理性が飛んでしまった僕とひまりさんが、猫のようにじゃれ合っている、あんな姿やこんな姿が、ばっちりと激写されていた。
「うわ~んっ、は、恥ずかしいっ! あっ、でもひまりさんはカワイイ!」
自分の情けない姿に顔を覆う。けれど、写真の中のひまりさんは、確かについ見とれてしまうほど可愛かった。
次のバイトはいつだろうか?
僕はワクワクする心をおさえつつ、ひとまず日常へと戻った。
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