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第3話 撮影条件 女の子になること

 光が収まった時、僕たちは静かな森の中に立っていた。


 木々の間から差し込む月明かりが、まるでスポットライトのように、森の奥に佇む一頭の獣を照らし出している。純白の体毛は絹のように輝き、額から伸びる螺旋状の角は、神秘的な光を帯びていた。


「……ユニコーン」


 その神々しい姿に、僕は息をのむ。隣にいるひまりさんも、さすがに言葉を失っているようだった。


「よし……」


 僕はスマホをそっと構え、足音を殺して、慎重にユニコーンへと近づこうとした。だが、僕が一歩踏み出した瞬間、ユニコーンはこちらを鋭く睨みつけ、さっと身を翻して森の奥へと消えてしまう。


「あ……!」


「あんた、嫌われてんじゃん。ウケる」


 ひまりさんが、面白そうに口の端を吊り上げた。何度か試してみたが、結果は同じだった。僕が近づこうとすると、ユニコーンはすぐに距離を取ってしまう。


(どうして……。僕からは、そんなに邪なオーラが出てるのか?)


 いや、違う。ふと、古い伝説の一節が脳裏をよぎった。ユニコーンは、極めて気高く、警戒心の強い生き物。そして、心を許すのは、清らかな乙女だけ……。


(そうか……。男の僕じゃ、ダメなんだ……)


 絶望が胸に広がる。でも、目の前には、最高のモフモフが……。あの神々しい生き物の、無防備な寝顔を撮れるチャンスが、すぐそこにあるのに。


 僕は固く拳を握りしめた。


「……男のままだと、撮れないんだろ? だったら、一時的でも……この寝顔、絶対に撮りたいんだ!」


 僕がそう叫んだ瞬間、背後から「よく言いましたですぅ!」という、やけに明るい声が響いた。


「ルーミア様!?」


「その熱意、わたくしの心に響きました! ではこちらの『転性モフ茶』をどうぞですぅ〜♪」


 いつの間にか現れたルーミア様が、湯気の立つティーカップを僕に差し出す。見た目は普通のお茶だ。


(味は……思ったよりミルクティーっぽいな……)


 ごくり、と一口飲んだ。その瞬間、僕の体は再びまばゆい光に包まれた。骨格がきしみ、視界がぐにゃりと歪む。何かが、根本から作り変えられていく感覚。


 光が収まった時、僕の目に映ったのは、驚きに目を見開くひまりさんと、満面の笑みを浮かべるルーミア様だった。


「え……何?」


 僕が発した声は、自分のものであるはずなのに、信じられないくらい高く、澄んでいた。おそるおそる自分の体を見下ろすと、そこには華奢な手足と、なだらかな胸の膨らみがあった。


「わあ! すごい美少女ですぅ! ひまりさん、この子のあだ名は『しょこたん』でどうでしょう!」


「しょこたん、ウケる! つか、マジで女子じゃん! やば!」


 二人に指をさされて笑われる。顔に熱が集まるのがわかった。


(これが……僕……いや、私!?)


 内面はモフモフ好きなオタクのままなのに、見た目だけが完璧な美少女になってしまった。


 けれど、しょこたん……もとい、美少女化した私が再び森の奥へ足を踏み入れると、ユニコーンは警戒するどころか、自らこちらへ歩み寄ってきた。そして、私の膝にそっと頭を乗せ、安心しきったように目を閉じた。


 スン……。


 耳元で聞こえる、穏やかで、愛おしい寝息。その瞬間の尊さに、私の目からは、ぼろぼろと涙があふれ出した。私は震える手でスマホを構え、夢中でシャッターを切った。


「これは……伝説級ですぅ!!」


 撮れた写真を見たルーミア様は、後光が差すほどの勢いで光り輝き、感極まっていた。


 一方で、ひまりさんは、バイコーンに角を突きつけられて威嚇され、撮影に失敗していた。


「あの、そのぉ、バイコーンの撮影には……いろいろ経験が必要なんですぅ……」


 ルーミア様が、申し訳なさそうに言葉を濁す。


「なんだよ! ふざっけんなよ!」


 ひまりさんは悔しそうに地面を蹴った。


 こうして、僕(私)たちの奇妙なバイトの一日目は終わった。日給として、僕とひまりさんは、それぞれ現金で二万円ずつもらった。


(女神様、意外と現金だな、オイ!)


 それとは別に、撮影に成功した僕は「なんでも願いをかなえてもらえる権利」をもらったらしい。けれど、今の僕には何も思いつかなかったので、とりあえず保留にしてもらった。


 元の姿に戻り、自室のベッドに倒れ込みながら、僕は今日の出来事を反芻していた。


(また、あのかわいい姿に……いや、あのモフモフに会えるなら……)


 奇妙な決意を胸に、僕は眠りについた。

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