第11話 グリフィンは甘くない? 空飛ぶモフモフ争奪戦!
前回のバイトで芽生えた、ひまりさんとの新しい絆。その温かい余韻に浸っていた僕の心は、次に天界を訪れた時、冷水を浴びせられることになった。
いつものソファに、僕たち以外の先客がいたのだ。
一人は、モデルのような長身で、銀髪をさらりとかきあげるクールなイケメン。もう一人は、知的な眼鏡の奥から鋭い視線を向けてくる、無表情な女の子。明らかに、僕たちとは住む世界が違う人たちだった。
「おお、そろいましたですぅね!」
神殿に響き渡るルーミア様の明るい声。女神様は、僕たち四人を前にして、楽しそうに手を叩いた。
「本日のモフモフさんは、誇り高き幻獣、グリフィンですぅ! そして……今回は特別に、チーム対抗戦としますぅ! 先に見事、寝顔の撮影に成功したチームには、ボーナスとしてバイト代を倍にしちゃいますですぅ!」
「はあ!? 競争とか聞いてないし!」
ひまりさんが声を上げるが、銀髪のイケメン……カイと名乗った彼は、余裕の笑みを浮かべてひまりさんを見た。
「よろしくね、お姫様。まあ、俺たちが勝つに決まってるけど」
彼の隣に立つ眼鏡の女の子……リナは、手元のタブレットを操作しながら、僕たちを値踏みするように分析している。
「感情的なアプローチは非効率。勝利の確率は、九十八パーセントで我々にあります」
(うわあ……。すごくやりにくい人たちだ……)
僕が気圧されていると、ルーミア様がキラキラと輝くソーダの瓶を四本差し出した。
「さあ、こちら『エンジェルソーダ』を飲んで、頑張ってくださいまし!」
ソーダを飲むと、背中がむず痒くなり、そこから純白の大きな翼がふわりと生えてきた。僕もひまりさんも、背中に翼を持つ天使の姿へと変わる。
「へえ、君の翼、綺麗だね。まるで本物の天使みたいだ」
カイが、ひまりさんのすぐ隣に飛び、馴れ馴れしく声をかける。
「……っ、別に。それより、負けないし!」
ひまりさんはそっぽを向いているが、僕の胸は、なんだかチリチリと焦げるように痛んだ。
◇
僕たちが転移したのは、どこまでも続く青空に、巨大な岩山がいくつも浮かぶ壮大な世界だった。目指すグリフィンの巣は、あの中で最も高く、険しい頂にあるらしい。
「行くぞ、リナ。最短ルートを割り出せ」
「了解。風速、湿度、魔力濃度から最適解を算出。こちらの気流に乗ります」
カイとリナは、小型のドローンを飛ばして周囲の環境を瞬時にデータ化すると、無駄のない動きで空へと飛び出していった。
「な、なんかすごい……」
「……しょこたん! うちらも行くぞ!」
ひまりさんに手を引かれ、僕も慌てて翼を羽ばたかせる。僕たちは、彼らのようなスマートな飛行はできず、強い風に煽られながらも、がむしゃらに頂上を目指した。
先にグリフィンの巣にたどり着いたのは、やはりカイたちだった。しかし、彼らがドローンで巣の内部を撮影しようとした、その瞬間。
グルルルァァァッ!
巣から現れた巨大なグリフィンが、鋭い爪を振りかざし、猛烈な勢いで威嚇してきた。その体はライオンのようにしなやかで力強く、鷲の頭と翼は、王者の風格に満ちている。
「なっ! データと違う! ここまで好戦的だなんて!」
リナが焦りの声を上げる。グリフィンは、土足で領域に踏み込んできた彼らに、完全な敵意を向けていた。
「仕方ない、一旦引くぞ! ……ねえ、そこの君たち。あんなやり方じゃ無理だよ。僕たちと組まない?」
カイが僕たちを振り返り、ひまりさんに誘いをかける。ひまりさんは、僕の顔をちらりと見ると、カイに向かってはっきりと首を横に振った。
「うちは、こいつとやるって決めてんの。こいつのやり方、信じてるから」
(ひまりさん……)
その言葉に、僕の心に灯がともる。僕は、一歩前に出た。グリフィンから安全な距離を保ったまま、僕はありったけの想いを込めて、大声で叫んだ。
「グリフィン! 僕は、あなたに会いたかった! あなたは、気高く、美しい! そのライオンのようにしなやかな体も、大空を制する鷲の翼も、全てが本当に素晴らしい! お願いです! 僕に、あなたのそのモフモフの素晴らしさを、もっと近くで教えてください!」
僕の言葉には、撮影対象として見るような打算も、競争に勝とうという下心もなかった。ただ、目の前の美しい生命への、純粋な憧れと敬意だけがあった。
僕の想いが通じたのか、あれほど荒々しかったグリフィンは、ピタリと動きを止め、その賢そうな瞳で、じっと僕を見つめ返してきた。
やがて、グリフィンは、僕たちを認めたように小さく鳴くと、自らの巣へとゆっくりと戻っていく。それは、僕たちへの招待状だった。
僕とひまりさんは、顔を見合わせて頷き、静かに巣の中へと入った。そこには、まだ羽も生えそろわない、綿毛に包まれた小さな雛鳥が、愛らしく鳴いていた。グリフィンは、この子を守る、優しい親の顔をしていたのだ。
僕たちの前で安心したのか、グリフィンは雛鳥にそっと寄り添い、やがて、穏やかで、愛に満ちた寝息を立て始めた。
僕は、その神聖な光景に涙ぐみながら、震える手でスマホのシャッターを切った。
◇
天界に戻ると、ルーミア様が僕たちの勝利を宣言し、約束通りバイト代は倍になった。
「君のやり方……面白いな。完敗だ」
カイは悔しそうに、しかしどこか晴れやかな顔で、僕にそう言った。
「まあ、うちのパートナーだからね。当然っしょ」
ひまりさんが、少しだけ得意そうな顔で胸を張る。
初めて感じた、胸がチリチリするような嫉妬の痛み。そして、それ以上に大きかった、ひまりさんに信じてもらえた喜び。僕の心は、新しい感情でいっぱいになっていた。
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