Bエンド.「男たちを見逃す」
私は男たちに向かって、命がかかっているとはどういうことかと聞いた。
男達は一度顔を見合わせた後、何かを決意したように頷いた。
「怪我をしている仲間がいる。そいつの治療をしたいが、そのためには電力が必要だ。一刻を争うかもしれない。頼む、あんたには危害を加えないと約束する。だから見逃してくれ」
「私のバッテリーがお役に立つでしょう。私は構いませんから、早く持って行ってお仲間を助けてあげてください」
アンドロイドの言葉に、私は本当に良いのかと呼びかけた。アンドロイドは頷く。
「命とは尊く儚いものです。手遅れになっては遅いのです。間に合わなかった悲しみを、私は主人からいつも感じていました。私の一部が誰かの命を救うなら、私は喜んでそれを差し出しましょう」
アンドロイドは胸部の走行を開き、バッテリーユニットを剥き出しにした。男がそれを抜き取ると、アンドロイドは気にするなとでも言うように男の腕を二度叩き、動かなくなった。
男たちは少しの間アンドロイドを見下ろしていた。彼らは元々このアンドロイドを襲撃してパーツを奪おうとしていたはずだ。しかし当のアンドロイドの自己犠牲的な行動を見せられた彼らの顔には罪悪感が浮かんでいた。それを見て私は、彼らは決して悪人というわけでは無いのだろうと判断した。
発電機の方の男はケーブルと格闘していた。見かねた私は意を決して彼らの前に姿を表し、発電機を止めてケーブルを外してやった。
「あんたエンジニアか?」
男の問いに私は、多少の知識はあると答えた。
男はしばしの逡巡の後、顔を上げた。
「実は動力を失ったメディカルマシンがあるんだ。今は動かないが機械は生きてる。もしあんたがよければ動力を繋ぐのを手伝って欲しい。うまくいけば礼はする」
私は地面に横たわるアンドロイドを見た。バッテリーを抜かれた胸には黒い空洞が口を広げている。
私は男に向かって頷いた。
しばらく歩くと廃病院と思しき建物に行き当たった。建物の前には何人かの人間が座り込んでいたが、私たちが近づくと立ち上がって手を上げた。アンドロイドのバッテリーを持った男が彼らに駆け寄って何かを言うと、彼らは病院の裏口の扉を開けた。
「仲間は全部で八人いる。朝になったらみんなに紹介しよう。だが今はメディカルマシンの方が先だ」
私たちは手術室のような部屋に入った。部屋の中央にはベッドが置かれ、そばには簡易手術用のメディカルマシンと一人の女がいた。女はベッドに横たわった小さな影に話しかけていたが、私たちに気がつくと駆け寄ってきた。女は涙を流していた。男のうちの一人が彼女の手を握った。
「バッテリーは手に入れた。これであんたの息子は助かるはずだ」
ベッドに寝ているのは5歳くらいの男の子だった。額は汗で濡れて、血で染まったシャツの肩のあたりに鉄片のようなものが突き刺さっていた。
男たちは既にメディカルマシンのマニュアルを見つけ出して床に広げていた。私はそれを見ながらマシンの動力部を開き、アンドロイドの胸から抜いたバッテリーユニットを手に取った。
メディカルマシンによる手術が完了したのは次の日の夕方だった。私と男たちで強引にバッテリーを繋いだマシンは奇跡的に一切の問題なく動作し、男の子の肩から鉄片を取り除いて傷を元通りに縫い付けた。病院で共同生活を送っていた人々は私に感謝の言葉を述べ、私は彼らのコミュニティにしばらく加わることになった。
その日の夜は少ない物資を持ち寄ってごくささやかなパーティーが開かれた。病院のロビーで蝋燭に火を灯し、人々は成功を祝いあい、男の子の無事を祝いあった。
慎ましくも喜びに溢れた宴をそっと抜け出し、私は病院の屋上へと登った。そこからはあのアンドロイドのいた公園が見えた。月明かりがなければ闇に沈んでいただろう。その公園に灯るはずであった光を私は思い描こうとしたが、脳裏に浮かぶのは闇の帳の中で眠るアンドロイドの姿だけだった。
しばらく風に吹かれた後、私は階下のささやかな光の中に戻っていった。