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明かり灯す人

 荒廃した廃墟の街を私はあてどもなく歩いていた。そこかしこに残る破壊の跡は、この町でもやはり暴動が起き、混乱が渦巻き、血が流れ、そして今はそれらもすべて過去のこととなりつつあることを示していた。

 最終戦争という言葉を誰が使い出したのかはわからない。それが本格的に起こった時には既に国家という枠組みは破綻し、人々は生き残ることに必死で、恐ろしい戦争の記録を後世に残そうと考える余裕のあるものはほとんどいなかった。だからあの戦争に正式な名前などおそらくついていないだろう。そもそも後世などというものが今の人類に存在するかどうかもわからない。


 道端に転がっている警備ドローンの残骸に目を向けた時、私は奇妙な違和感を抱いた。近づいてみると武器や動力ユニットはそのままにライトのみが持ち去られていた。この警備ドローンがいつまで稼働していたのかはわからないが、仮に動作中に破壊されたのだとしたら、それをやったのはよほどの狂人か命知らずだろう。一部の自警団(などとは名ばかりの無法者達)には稼働中のドローンを襲撃して部品を奪っていく輩もいるとは聞くが、それならばドローンの体ごと持っていくはずだ。少なくともライトのみを奪っていくというのは割に合わないはずだ。

 私はしばらく歩き続け、今度は道端の廃車のランプがなくなっているのを見つけた。そばの街灯もライトが持ち去られている。ふと思いつき、ドアが開きっぱなしになっている家屋に入ってみると、そこでもやはり照明がなくなっていた。

 ふと、微かな物音が家屋の奥から聞こえた。私はホルスターから拳銃を抜く。手持ちの弾薬は七発しか無い。銃を使わずにすめば良いが、仮に武装した野良ドローンにでも出くわせば、先制攻撃して急所を撃ち抜く以外にこちらが助かる道は無い。

 銃は抜いたものの、もちろん私は物音を立てた人物と積極的に戦いたいわけではない。私は出口に向けてゆっくりと後退したが、ドアをくぐる直前に奥の部屋から人影が現れた。

 私は照準を定めながら、止まれと呼びかけた。相手は目を見開きその場で立ち止まった。

 銃を突きつけられたそのアンドロイドは困惑した表情で立ちどまった。腕には家中から集めてきたと思われるライトや照明器具が詰め込まれた段ボール箱を抱えていた。


 住宅地を少し歩くと大きめの公園があった。その一角はまるでハロウィンフェスティバルの準備でもしているような奇妙なオブジェ(植木鉢、コートかけ、壊れた冷蔵庫、スチールラック、頭のないマネキン、バスの停留所、パイプ椅子などに色を塗ったもの)と電飾に彩られていた。電飾にはアンドロイドがそこら中から集めてきたと思われる不揃いな照明器具が無理やり接続されている。それらの中央には簡易なテントが立てられている。

 私を案内していたアンドロイドはテントの中に段ボール箱を納め、代わりに旧式の発電機を引っ張り出した。

「本日はこれの修理を行います。部品は揃っていますし構造もごく単純なものなので、今日中に片付くでしょう。夜になったら主人をご紹介いたします」

 そういうとアンドロイドはいくつか工具を取り出して発電機の修理を始めた。私は少し離れた場所からその様子を眺めつつ、アンドロイドが飾り付けた電飾を観察する。電飾はオブジェだけでなく公園の遊具や木々にも巻き付けられており、今は静かに電流を流されるのを待っている。混沌の真ん中に聳えるテントの奥に、車椅子が置かれているのが見えた。


「なんとか修理が完了しました。予想以上に手間取りましたが、我が主人は寛大な方です。私がどんなに遅れようといつでも静かに待ってくれています。さあ、主人をご紹介しましょう。主人は有名な文筆家でして、あなたもぜひお会いになりたいでしょう?」

 アンドロイドは私の返事を待たずテントの中に入っていき、やがて車椅子を押しながら外に出てきた。アンドロイドは車椅子に向かって恭しく話しかける。

「ご主人様、こちらは本日私が電飾集めをしていた時に出会った旅の方で、名前は……あー、なんでしたか……まあ、良いでしょう、旅の方です。とある家屋で私が外すことのできなかった照明ユニットを外すのを手伝っていただきました。ぜひご一緒に夕食をと思ったのですが。……はい、なるほど、承知いたしました。もうしわけありません、旅の方。主人は本日体調がすぐれないようでして、ご挨拶だけで失礼させていただきます」

 私はアンドロイドの様子を注意深く伺いながら、車椅子に向かって軽くお辞儀をした。

 車椅子の上に乗っていたのは薄汚れたスーツを着た白骨死体だった。


 直したばかりの発電機でわずかな明かりを灯し、私はアンドロイドから受け取った豆の缶詰を食べた。食用期限は二ヶ月しか超過していない。ここ最近の中ではかなりまともな食事だった。

 アンドロイドは電飾の巻かれた椅子のうちのひとつに腰掛け、滔々と語った。

「この公園に明かりを灯すというのは、私がずっと進めてきたプロジェクトです。先ほどご紹介いたしました我が主人は、私を購入するより以前に病気で奥様を亡くされていました。主人が言うにはとても気立てが良く、優しく親切でなおかつ美しい方だったとのことです。私もお会いできなかったことが残念でなりません。主人は若いうちから文筆業で成功し財力のある方でしたから、奥様とよく色々な国や街を観光されたそうです。その中でもとある街で見たイルミネーションがとてもお気に入りだったとのことです。しかしある時奥様は治る見込みのない病にかかってしまいました。奥様がご病気になられてからは旅行もできず、やがて奥様は病院のベッドから出ることもできなくなってしまわれました。主人は奥様のために病院の中庭をイルミネーションで飾り付け、あの日見た光景をもう一度見せて差し上げようと準備をしていたのですが、それに間に合うことのないまま奥様は亡くなってしまわれたのです。時が経ち、私と出会い、世界が戦火に飲まれた後も、そのことをずっと気にしておられました。そしてついには主人もまた奥様のように寝たきりとなってしまったのです。そこで私は考えました。主人が奥様に対して送ることのできなかったプレゼントを、私が主人に対して実現させてみようと。そうすればきっと主人も生きる活力を得て、以前のように元気を取り戻してくれるのではないかと思うのです」

 私は食器を片づけ、周辺の家屋や自動車からライトを盗んだのは君なのかと訪ねた。アンドロイドは頷いた。

「イルミネーションプロジェクト実行のため、必要なライトや発電機を周辺のお宅から拝借いたしました。もちろん、プロジェクトが完了した後には全て返却するつもりです。」

 暗い中での作業は効率が落ちると言ってアンドロイドはテントに戻り、スリープモードに入った。

 私は一人明かりの下で寝る準備をしながら、アンドロイドが自らの主人の死に気がついていないのは幸福なのかどうかについて考えた。アンドロイドに幸福というものがあれば、だったが。


 次の日、アンドロイドは照明器具と発電用の燃料の確保に出かけると言った。私はアンドロイドに対し、作業を手伝うから食料を分けてほしいと持ちかけた。アンドロイドは嬉しそうに頷いた。

「お手伝いいただけるのであればとてもありがたいです。食糧の備蓄はありますのでどうぞ好きなだけお持ちください。最近、我が主人はあまり食欲が無いようですから」

 私はアンドロイドと共に付近の空き家から照明器具を拝借して回った。すでに食料や金品を狙った物盗りに漁られている家がほとんどだったが、流石に照明器具をあえて持ち去ろうとする者は少なかったようだった。

 私は作業の傍ら、アンドロイドにプロジェクトの進捗について尋ねた。

「実はもう後一歩のところまで来ているのです。ややこじんまりとした規模にはなるでしょうが、電飾はそれなりに集まりました。それらを点灯させるための発電機もあります。問題は発電のための燃料ですが、こちらは集められるだけ集めたら、不足分は私に搭載された予備バッテリーを使用すればなんとかなるでしょう。私はこのイルミネーションをできるだけ早く主人に見せたいのです。主人の奥様の時のように手遅れになってしまってはいけませんから」

 アンドロイドと私は持ち帰った照明をケーブルに接続し、公園の木々に巻きつけた。大小不揃いで色も形もまちまちな照明器具に彩られたそれは、季節外れのクリスマスツリーのようだった。

 発電機のメンテナンスをしながらアンドロイドは主人との思い出を語った。

「一度だけ主人と奥様の思い出のイルミネーションの写真を見せていただいたことがあります。道行く人々の服装から季節は冬であっただろうと推測します。夜の闇の中に煌めくイルミネーションの下で、お二人はとても幸せそうでした。一度しか見せていただけなかったのは、奥様亡き後の主人にとってはそれも辛い記憶になってしまったためかもしれません。しかしそれでも私は主人にもう一度あの景色を見せたいのです。私が出会った時には既に主人は表情の少ない悲しみを背負った方でした。しかし写真の中の主人は私の見たことのないような笑顔だったのです」


 二日後、アンドロイドは発電機に燃料を入れて頷いた。

「やはり不足分は私の予備バッテリーを使用することにしましょう。その後の私のエネルギー源に関してはプロジェクトが完了してからなんとかすることにします。メインバッテリーはまだしばらく持つでしょうから問題はありません。主人の体調も考え、今夜、実行することにします」

 その日、私たちは今までより遠出して燃料を探した。予想通りどの家屋にも自動車にも燃料は残されていなかったが、代わりに幾つかの非常用糧食と照明器具を見つけた。

「数日の間でしたが、お手伝いいただき大変助かりました。後片付けは私の方で致しますので、備蓄食料をお持ちになったらどうぞお行きください。私も主人もとても感謝しています」

 私は夜を待つ間、木々に巻きつけたケーブルの点検を買って出た。イルミネーション用の配線を無理やり延長し様々な照明器具を強引に取り付けた代物なので、ひょっとしたらショートしたり、最悪火花が散って木々が炎上する可能性もある。ほんの小一時間もてば良いだけなので絶縁シートでぞんざいに木々を覆いながら、アンドロイドの今後について思いを馳せた。

 あのアンドロイドは自分の主人が死んでいることに気がついていない。おそらくソフトウェアになんらかの異常や不具合が起こっているのだろう。今やそれを直せる者もいない。そんな状態でも主人に尽くそうとしているのは、そのようにプログラムされているからにすぎない。ではそんなアンドロイドをなぜ自分は手伝っているのか。もちろん食料をもらうためではあるが、今やそれだけではなくなっていた。少なくとも今夜のイルミネーションは成功してほしいと感じている。それがアンドロイドの為なのか、自分のためなのかは分からない。


 私は作業のために少し離れた場所まで来ていたが、そろそろ予定の時刻だった。アンドロイドはテントの前で発電機の準備をしているはずだ。ありあわせで作ったイルミネーションはどのような景色を生み出すだろうと考えながらテントのあたりに戻る途中、私は異変に気がついた。

 オブジェのいくつかが引き倒されている。風で自然と倒れるような重さではない。アンドロイドが動かしたのかと思ったが、今更そんなことをする理由が無い。アンドロイドの元に戻ろうとすると、テントがある方から人の声が聞こえた。同時に電気がショートするようなバチッという音が響く。

 急いで戻った私が見たのは、テントの前で倒れているアンドロイドとその上に馬乗りになっている男だった。男は手に棒を持ち、それでアンドロイドの頭部を叩いた。その瞬間、バチッという音がして火花が散った。電気ショックのようなものだろう。発電機の方にはもうひとり男がいて機械をいじっていた。

 私は彼らに気づかれないように木の影に隠れながらテントへ近づいた。アンドロイドは動かない。

 おそらく彼らはアンドロイドのパーツや発電機、燃料などを狙ってここを襲撃してきたのだろう。今の世界では珍しいことではない。人間は生き残ることに必死なのだ。私だってこのアンドロイドの事情を全く知らず、自分の状況がもっと差し迫っていたら同じことをしていたかもしれない。

 私は拳銃を抜き、安全装置を外した。相手は二人だが、こちらはまだ姿を見られていない。それにアンドロイドを相手取るのに銃を使っていないところを見ると、向こうは銃を所持していないのかもしれない。今の時代、弾薬もかなり貴重なものになっている。少なくともすぐに撃ち合いになったりする可能性は低い。

 私は三つ数え、木陰の中から男たちに向かって動くなと声をかけた。男たちは動きを止め、首だけを回して声がどこから聞こえたのか探した。

 私はさらに、何をしているのかと問いかけた。こちらには銃があるとも伝えた。

 男たちのうち、アンドロイドに馬乗りになっている方が答えた。予想よりも落ち着いた声だった。

「俺たちはこのアンドロイドのバッテリーユニットとそこの発電機に用がある。どうしても必要なんだ。このアンドロイドはあんたの所有物か?」

 私は違うと答えた。

「なら邪魔をするな。そっちが何もしないなら、俺たちもあんたに危害は加えない。こちらは人の命がかかってるんだ。勝手にやらせてもらう」

 そのとき地に伏せていたアンドロイドが声を上げた。

「私は構いません。私もこのプロジェクトのためにいろいろなものをたくさんのお宅から拝借しました。照明はお返しすることができますが、燃料は使ってしまえばお返しすることができません。結局私は自分のために人様のものを盗んでいたのです。その私のパーツが他の方の役に立つというのであれば、私は喜んでバッテリーユニットを差し出しましょう」

 私は銃を片手にアンドロイドを助けるか、このまま男たちを見逃すか、どちらにするべきかを考え——。


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