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「半ドン」遙かなり

作者: 山谷麻也

土曜日の授業が午前中だけだった時代、生徒が下校した後の学校で仰天の出来事を経験する。問題教師との交流を通して主人公は貴重な経験を積んで行ったのだった。

 ◆山の子の登校事情

 あのようなことができたのは、学校が「半ドン」だったからにほかならない。

 当時、土曜日は午前中だけ授業が行われ、午後は休みだった。

 筆者の場合、四〇分あまりかけて山道を登校していた。なかには優に一時間以上かかっていた生徒もいた。


 苦労して学校に行っても、四時間しか授業がないのだから、コスト・パフォーマンスは悪い。しかし、子供たちは文句を言わず、喜び勇んで下校していった。その先にはワンダー・ランドが広がっていた。 


 ◆お泊り

 中学三年の時、帰り際に担任に呼び止められた。

「今日、宿直やから、泊りに来ないか」

 私はいったん家に帰り、果物か何かを土産(みやげ)に、再び学校へ戻った。土曜の夕方、学校は静まり返っていた。

 

 学校には教師と私のふたりだけ。用務員室で湯を()かし、チキンラーメンか何かを作った。夕食はそれだけだった。

 教師の後について、校内の見回りもした。夜の教室は不気味だった。闇がひっそりと呼吸していた。

 後は寝るだけだった。宿直室に布団(ふとん)をふたつ敷いて横になった。 


 ◆油断大敵

 教員は暴力教師として恐れられていた。口よりも手足が先に飛んできた。私は警戒を怠っていなかった。

 教師は大学時代の話などもしてくれた。六〇年安保の闘士だった。

「戦わんといかん時もあるぞ」

 そんなことも言っていた。


(まんざら、悪い教師でもないな)

 私は先入観を持った自分を恥じた。

 クラスの話になった。

「ワシはあの子がええなあ」

 教師は、村の幼馴染みの名前をあげた。


(先生でも、そんなこと考えてるんだ)

 呆気(あっけ)にとられている私に、教師はすかさず()いてきた。

「お前は、誰が好きや」

 考えてみると、誘導尋問だった。

 気を許した私は、ある女の子の名前を言った。


 翌週、私が誰を好きか、学校中に知れ渡ってしまった。

 仕返しに、その教師お気に入りの女生徒の名前を言いふらしてやろうか、とも考えた。しかし、学校での寝泊まりなど場面設定からして、にわかには信じてもらえなかっただろう。私は大嘘つきにされるのが、関の山だった。 


 ◆サイレント・キラー

 その教師は私を宿直室に呼んだことをほかの男性教員に漏らしたのか、

「今度の土曜、宿直なんやけど、来ないか」

 と小声で誘いがあった。


 その教師の場合、大っぴらには暴力を振るわなかった。しかし、拳骨(げんこつ)を両こめかみに当て、万力のように締め上げるという必殺技を持っていた。サイレント・キラー(静かなる殺し屋)である。わが身は可愛い。まさか誘いを断るわけにはいかなかった。 


 ◆お目こぼし

 この出来事は、秋だったように記憶している。

 とすれば、教師の裏切り行為の理由に、思い当たるフシがある。


 学校にはプールなどなかった。流れの緩やかなところに、川をせき止めてプール代わりにしていた。それ以外は水泳禁止区域とされていた。私のクラスメイトの弟は水泳禁止区域で遊んでいて、不幸にも溺死した。子供たちは常に危険と背中合わせだった。


 中学三年の夏休み。私は村の子供たちを引き連れ、近くの川へ遊びに行っていた。もちろんそこは水泳禁止区域だった。

 魚を追っていると、下級生が何か合図している。見ると、下流に例の暴力教師がいた。どういうわけか、教師はほかの村の子供数人を従えていた。ともあれ、万事休すだった。

 私は殴られるのを覚悟した。しかし、教師は苦虫を嚙み潰したような顔で、舌打ちしたきりだった。九死に一生を得た思いだった。


 ◆貧乏くじ

 夏休みの登校日、校長の訓辞があった。

「禁止区域で泳いだ者は手を挙げなさい」

 パラパラと手が挙がった。わが村の子供たちではなかった。

 禁を破った子供たちは校長室に呼ばれた。そこで、誰と行ったか白状してしまったようだった。


 二学期が始まり、暴力教師が私に(すご)んできた。

「お前は卑怯(ひきょう)なヤツじゃ。なんで、あの時、手あげんかったんや。ワシらだけ校長に怒られたやないか」

 暴力教師は虎視眈々(こしたんたん)と仕返しの機会を狙っていたに違いない。 


 ◆良き師に恵まれ

 半ドンの学校。田舎という特殊事情かもしれないが、あの時代はのどかだった。学校は、そして、教師の働き方は、一体いつごろから「改革」されたのだろうか。


 宿直室で教師は人生を語ってくれた。そこまでは、甘酸っぱい思い出である。

 それにしても、反面教師を含めて、私はいい師に恵まれた、と感謝している。

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