第2章 「新米少佐、砂上の乱舞」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
それに此度の合宿研修で加太要塞を訪れたのは、私だけじゃないからね。
私の配属されている人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局所属の特命遊撃士で、この春に少佐に昇級した子達は何人もいるんだ。
その新米少佐の中には当然ながら、私と仲良しの友達や同期配属の顔見知りも少なからず混ざっているの。
そうした顔見知りと一緒に研修を受けていると、「みんな頑張っているのに、私だけへこたれる訳にはいかないぞ!」って具合に自ずと気合いが入るでしょ。
オマケに加太要塞での合宿研修には、大阪支局や和歌山支局といった他の支局からも人員が来ている訳だからね。
堺県第二支局の代表として、無様な醜態を晒すわけにはいかないじゃない。
連帯責任って程に厳格な訳じゃないけど、私一人がヘマをして他の子達まで同類扱いされるのは申し訳ないからね。
当然だけど、顔見知りとの合宿研修にはそんな厳格な側面以外の利点もあるよ。
何しろ気心の知れた友達と一緒に一週間の泊まり掛けで行う合宿研修には、臨海学校や修学旅行にも似た高揚感と楽しさがあるんだよね。
座学や訓練の合間には自由時間だって設けられているし、支局内や他支局の人員との親睦や連帯感を育むためのレクリエーションも色々とあるから、程よい感じで息抜きも出来るんだ。
今こうして私が参加しているボール遊びだって、クリエーションの一つだよ。
と、そんな事を言ってる場合じゃなかったね。
ゆるゆるとしたスローモーな動きで放物線を描きながら、ビーチボールが飛んでくるじゃない。
「そっちへ行ったぜ、千の字!グダグダしていたら、ラリーが続かねえじゃねえか!赤眸の射星ともあろう御人が、だらしねえぞ!」
まるで昔の番長漫画に出てくるスケバンみたいに蓮っ葉な口調で捲し立ててくるのは、同じ堺県第二支局所属の手苅丘美鷺ちゃんだ。
西洋式サーベルを個人兵装に選んだ美鷺ちゃんは黙っていれば騎士みたいに凛々しんだけど、口を開いたらコレなんだよね。
こんな時に私の二つ名を出さなくっても良さそうな物だけど…
「わ…分かってるって、美鷺ちゃん…おっとと!」
カラフルなビーチボールは刻一刻と重力に従って落ちていくけど、ここで焦っちゃいけないよ。
何しろ人類防衛機構に所属する特命遊撃士である私達は、身体能力も耐久力も常人とは桁外れだからね。
肥大発達した脳松果体のもたらした特殊能力サイフォースに、静脈注射された生体強化ナノマシンを始めとする様々な生体改造手術。
これらの恩恵によって強靭な力を得た私達は、言うなれば戸籍と人権を備えた生体兵器だよ。
そんな私達が本気でレシーブやトスをやろうものなら、市販のビーチボールなんか早々に破裂して無惨極まるボロ雑巾になっちゃうよね。
だからラリーを続けたいなら、力加減を工夫しなくちゃいけないんだ。
こうした微細な力加減の調整は、特命遊撃士としての軍事活動に大いに役立つんだよ。
戦闘車両の操縦とか個人兵装の取り扱いとか、マニュアル操作が必要な局面は少なからずあるからね。
レーザーライフルを個人兵装に選んだ狙撃手の私なんかは、その最たる例と言えるだろうな。
引き金をフェザータッチに設定した時には微細な指先の反応がとっても重要になってくるし、遠距離からの精密射撃を決行する際にはコンマ単位のズレも許されないし。
貪欲な向学心と高みを目指す上昇志向があれば、人は周囲の森羅万象から様々な物を自然と学び取って自らの糧に出来るんだよ。
このビーチボールを使ったレクリエーションだって、大切な学びの機会と言えるだろうね。
市販のビーチボールを破裂させる事なく、相手の方へ的確に打ち返す。
この相反する条件を両立させる方法は、唯一つ。
ギリギリまで出力を抑えた力加減で、やんわり軌道を変えるだけだよ。
「いよっと!」
そうして右手首に当たるか当たらないかのギリギリのタイミングで、私は微かにボールへ力を加えたんだ。
「よし、上手くいった!そっち行ったよ、フレイアちゃん!」
木っ端微塵に爆裂する事もなくビーチボールが空中に跳ね上がったのを見届けた私は、予想される落下点の付近に佇立していた同僚へと呼び掛けたの。
今回の友ヶ島要塞における合宿研修を誰よりも楽しみにしていた、北欧フィンランドの貴族令嬢へね。
「心得ましたわ、千里さん。真打ちは私こと、このフレイア・ブリュンヒルデ少佐に御任せ下さいませ!」
西洋人特有の白い美貌に不敵な微笑を浮かべるや、フレイアちゃんは速やかに行動を開始した。
「はっ!」
絶妙な力加減のレシーブで打ち上げたビーチボールが、真っ直ぐに上昇していく。
クルクルと回転しながら蒼天を目指して上昇する軌跡は、実に美しいね。
だけど、その後にフレイアちゃんが披露したファインプレーは、それ以上に見事な物だったんだ。
「たあっ!」
僅かな砂煙も上げずに白い砂浜を蹴り上げた次の瞬間には、フィンランド出身の特命遊撃士の靭やかな肢体は既に空中にあったの。
特殊能力サイフォースを発現させて各種の生体改造手術と軍事訓練で強靭な肉体を手に入れた私達なら、垂直ジャンプで民家やビルを飛び越えるなんて造作もないよ。
このまま空中でビーチボールをキャッチしても、充分に及第点がつくだろうな。
だけどフィンランドの名門貴族であるブリュンヒルデ公爵家の長女にして少佐階級の特命遊撃士であるフレイアちゃんとしては、もう一工夫見せたい所だろうね。
私や美鷺ちゃんみたいな同期の同僚に良い所を見せたいという思いも勿論あるだろうけど、別の要因の方がもっと大きいと思うんだ。
それが何かは、敢えて言わないけど…
「はっ!とあっ!ええいっ!」
振るった手刀の絶妙な風圧で、ビーチボールの軌道が巧みに調整されていくね。
個人兵装であるエネルギーランサーの槍捌きをこういう形で応用するとは、流石の一言だよ。
「この一手で…仕上げですわ!」
そうしてバク宙の姿勢でビーチボールをキャッチすると、フレイアちゃんは数回の空中回転を披露した後に静かに砂浜へ軟着陸したの。
砂煙も上がらなければ、空気も揺れず。
そのスマートな着地姿勢の美しさたるや、見事の一言に尽きるね。
「如何で御座いまして?この私の力を以てすれば、斯様な芸当等は造作もなき事でしてよ。」
そうしてフレイアちゃんが振り向き様に見せた笑顔は、自信満々で不敵極まる物だったの。
だけど手刀の風圧だけでビーチボールの軌道を変えた妙技や音もなく砂浜へ着地した姿勢の美しさを考えれば、得意気に誇りたくなる気持ちもよく分かるんだよね。