第1章 「紀淡海峡に聳える友ヶ島要塞」
澄み切った青空には春の陽光が燦々と輝き、恵み豊かな黒潮の波が打ち寄せる浜辺は白一色の真砂で眩いばかり。
自然豊かな紀州の美しい砂浜は、まさに近畿地方の至宝だね。
そんな風光明媚な島を余人に邪魔される事なく満喫出来るというのは、実に喜ばしい限りだよ。
何しろこの紀淡海峡に浮かぶ友ヶ島は、私こと吹田千里が特命遊撃士として所属する人類防衛機構極東支部近畿ブロックの所有する要塞島なのだから。
和歌山県和歌山市に位置する友ヶ島の軍事施設としての歴史は、今から一世紀以上昔にまで遡れるの。
明治初期、欧米列強に負けまいと躍起の大日本帝国が富国強兵と殖産興業を合言葉にガムシャラだった時代。
発足してまだ間も無かった頃の大日本帝国陸軍は、この紀淡海峡を外国艦隊の大阪湾侵入を防ぐ為の防衛拠点として運用する方針を定め、淡路島の由良地区と和歌山県の友ヶ島地区に要塞を建設したんだ。
こうして完成した友ヶ島要塞は、後に勃発した二度の世界大戦や珪素戦争においては西日本への襲来が予想される敵対勢力の監視と迎撃の用途で重宝され、元化二十六年の現在では大日本帝国陸軍女子特務戦隊の後継組織である人類防衛機構の軍事施設として運用されているの。
その主な用途は大日本帝国陸軍時代と同様に近畿地方の防衛拠点だけど、現在ではそれに加えて新しい役割が付与されているんだよね。
それは何を隠そう、人類防衛機構極東支部近畿ブロックにおける研修保養施設なんだよ。
社員や職員の福利厚生の一環として、規模の大きい企業グループや公的機関等は全国各地や海外に保養所を保有しているけど、それは我が人類防衛機構も例外ではないの。
人類防衛機構に所属しているなら誰だって、この友ヶ島要塞の保養施設を誰でも格安で使用出来るんだ。
何しろ紀淡海峡のど真ん中だから海釣りを始めとした海に纏わるレジャーには事欠かないし、本土の加太地区と同じ泉質の天然温泉まで湧いているから湯治だって出来ちゃうんだもの。
ちょっとしたリゾートホテルや温泉旅館にも、恐らく遅れは取らないんじゃないかな。
勿論、研修施設としての設備だって充実しているよ。
座学用の教室や会議室にはプロジェクターやパソコンが標準装備されていてWi-Fiやネット回線も全室完備されているし、各種訓練の行える体育館や射撃場だって併設されているの。
まあ、これだけなら私達の配属先である堺県第二支局と大差ないかも知れないね。
だけどこの加太要塞には各種戦闘車両や航空戦力を用いた模擬戦も行える大演習場まで備えているんだから、ありとあらゆる研修や訓練が出来ちゃうんだよね。
それこそ、大型輸送機を用いたパラシュート降下訓練や戦闘機同士の模擬戦だって思いのままだよ。
少佐への昇級試験を何とかパスして晴れて佐官の仲間入りを果たした私達も、この加太要塞の幹部養成研修では様々な事を教わったなぁ。
大部隊を率いての大規模な模擬戦に各種機動兵器の操縦訓練、それに様々な環境下を想定したサバイバル訓練に対拷問用訓練。
それ以外にも、幹部将校に必要不可欠なマネジメント能力育成やマナー研修といった座学もあるんだ。
覚える事も多くて何かと大変だけど、立派な幹部将校になるには避けては通れないから、しっかり頑張らなくちゃ。
何しろ私に先んじて少佐への昇級を果たした子達は、これら諸々の研修や訓練を無事に成し遂げた訳だからね。
枚方京花ちゃんや生駒英里奈ちゃんといった仲良しの友人達が無事に達成出来た研修過程、この私に出来ない訳が無いよ。
堺県第二支局で待っている同期の友達に追いつくためにも、人類防衛機構のOGであるお母さんやお祖母ちゃんに安心して貰うためにも。
そして何より、こうして遊撃服の右肩に頂いた金色の飾緒に恥じない立派な少佐階級の特命遊撃士になるためにも。
今回の合宿研修はキッチリと修めなくっちゃね。
この吹田千里少佐、幼き日よりの憧れである幹部将校への第一歩を踏み出したからには、不退転の決意を胸に秘め、断じて弱音を吐かぬ所存であります!
そんな具合に心の銃に引き金をかけ、白い襷を魂にビシッと結んでいるんだ。
ここでの合宿研修を満了したら、私も晴れて一人前の佐官。
近畿ブロックの支局の符丁なら「島帰り」って事になるね。