第18章 「明日への英気を養う為に」
生駒伯爵家の血脈を継ぐ双子の姉妹の近況と、私に瓜二つだという異国の姫君への憧れ。
そうした高貴な方々に思いをはせる私を尻目に、電話口の向こうの京花ちゃんは至って元気な様子で饒舌にまくし立てているの。
「妹の美里亜ちゃんから大江能楽堂の狂言に誘われたみたいでね。『附子』と『馬盗人』の二本立てが随分と面白かったみたいだよ。」
「姉妹で遊びに行く時の選択肢に、狂言が普通に入ってくるとはね。歴史ある大社の神職や戦国武将の末裔の華族様だと、やっぱりそうなって来るのかな?」
考えてみれば英里奈ちゃんは、フィンランド貴族であるフレイアちゃんと並ぶ高貴な家柄の生まれだからね。
だけど決して生まれの良さや家名を鼻にかけるような真似はしない謙虚で控え目な子だから、私を始めとする第二支局のみんなからは親しまれているんだ。
「でさ、千里ちゃん。英里奈ちゃんったら、『せっかく嵐山にいらしているのですし』って具合で美里亜ちゃんから和服を勧められちゃったみたいでさ。これから画像を送るけど…」
「あ〜!良いじゃないの、京花ちゃん!奥床しい感じが英里奈ちゃんに合っているじゃない。」
SMSで取得した画像を見た私は、思わず弾んだ声を上げちゃったの。
何しろ画像の中の英里奈ちゃんは、上品な和服姿なのだからね。
無地のピンク色というシンプルなデザインだからこそ、その生地の良質さや仕立ての良さがより際立つという物だよ。
そして一切の誤魔化しが利かないシンプルな無地の和服を上手く着こなせるのは、その人自身の持つ生来の気品と矜持が重要なファクターとなる訳だからね。
「これを見ると、『やっぱり英里奈ちゃんは華族様の御息女なんだな。』って改めて実感させられるよ。私なんかじゃ、こうはいかないもん。」
「あっ、千里ちゃんもそう思う?私もなぁ…去年のつつじ祭りで和服を着た時も、『和服に着られている』って感覚はどうしてもついて回っちゃって。」
居合いの演舞で和服と袴に袖を通した京花ちゃんは楽しそうだったけど、そういう気苦労はあったんだね。
昨年の五月上旬に第二支局で開催された地域交流イベントの「元化二十五年度つつじ祭り」も、今となっては懐かしい思い出だよ。
メイドさんになって来場客の給仕をしたり、公開射撃演習で地方人の子達の前で拳銃をぶっ放したり、普段はなかなか出来ない経験が出来て楽しかったなあ。
それにしても、今年の飲食ブースはどんなコンセプトでやるんだろう?
去年との差別化って点なら、和風甘味処が安牌かな。
動きやすい作務衣をベースにするのも悪くないけど、着物にエプロンというのも可愛くて良いだろうね。
いずれにせよ、今年のつつじ祭りの開催もあと一ヶ月余り。
管轄区域の地域住民の皆様方との大切な交流イベントなのだから、しっかりやらなくっちゃね。
そうした具合に夢中で長電話をしていたら、気付けば結構いい時間になっていたんだ。
流石にボチボチ寝た方が良さそうな頃合いだね。
明日も合宿研修で朝から色々とやる訳だし。
そして京花ちゃんにしても、同じような状況だったんだよね。
「さてと!そろそろマリナちゃん達と一緒に夜のツーリング…じゃなくて巡回パトロールの集合時間か。久々に声が聞けて楽しかったよ、千里ちゃん。それじゃ、残る合宿研修もしっかりね。」
「工場地帯や市街地の夜景を愛でながら地平嵐一型をぶっ飛ばすのも、確かに最高だよね…だけどくれぐれも安全運転を頼むよ、京花ちゃん。」
そんな軽口で締め括ると、私は缶ビールを寝酒に布団へ突っ伏したんだ。
京花ちゃん達はこれから巡回パトロールだけど、私はこれから夢の中だよ。
明日以降の合宿研修の励みになるような、良い夢を見られると良いんだけど。





