第17章 「双子の華族令嬢の近況について」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
たかが数日間、されど数日間。
私達が友ヶ島要塞での合宿研修に参加している間にも、堺県第二支局の方では色々とあったみたいだね。
こうして電話で聞いていると、「思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかな」という気分になっちゃうなあ。
これじゃまるで、「伊勢物語」の「東下り」における在原業平だよ。
もっとも、この友ヶ島要塞のある和歌山県和歌山市加太地区と堺県第二支局や私の実家のある堺県堺市堺区とは、南海本線と南海加太線を乗り継げば二時間程度で簡単にアクセス出来ちゃうんだけど。
それにも関わらず、数日離れるだけで郷愁の思いはここまで募ってしまうんだからね。
本当に驚いちゃうよ。
そんな具合に柄にもなくシンミリしちゃった私の気分を一変させてしまう程に、電話越しに聞こえてくる京花ちゃんの声は普段と変わらず朗らかで快活だったの。
「あっ!そうだ、千里ちゃん!姉妹で思い出したんだけどね、今日は英里奈ちゃんも嵐山の分家へお泊まりなの。だから私もマリナちゃんも、ちょっとばかし寂しくてね。それで千里ちゃんの様子が気になっちゃって…」
「へえ…じゃあ、美里亜ちゃんからのお誘いだね。」
照れ臭そうに笑う京花ちゃんに応じながら、私は嵐山の次期大巫女の座を約束された少女に思いをはせたんだ。
私や京花ちゃんの同期の桜にして伯爵令嬢でもある生駒英里奈少佐には、美里亜ちゃんという一卵性双生児の妹がいるの。
もしも特に何事もなかったなら、堺県堺市の生駒本家で姉妹揃って育っていたのだろうな。
ちょうど今回の合宿研修で親睦を育んだ、和歌山支局の高野姉妹みたいにね。
しかしながら、そういう風にはならなかったの。
それというのも生駒伯爵家には京都の嵐山に本社を構える牙城大社の宮司と大巫女を代々御務めの分家の一族がいらっしゃるんだけど、この分家さんには運悪く次期大巫女となるべき女の子が生まれなかったんだよ。
立て続けに三人も生まれた男の子達は次期宮司や関連企業の次期代表者にすればいいけど、肝心の次期大巫女がいないと大問題だよね。
宮司夫人にして当代の大巫女である生駒辺繰さんも、当時は「どうしたものか…」と相当に困っちゃったみたい。
そこで英里奈ちゃんの双子の妹である美里亜ちゃんが、次期大巫女候補として養女に引き取られたって訳。
本家の血統が入る事は分家としても良い事だし、本家としても京都でも有数の資産家である分家に便宜を図るのは後々メリットになるからね。
何しろ牙城大社はただでさえ氏子からの御布施で儲かっているというのに、温泉旅館や料理旅館といった観光産業や牙城門学園という学校法人までも運営しているのだから。
本家良し、分家良し。
近江商人が提唱した「三方良し」に見立てるならば、後は「当人良し」かな。
まあ少なくとも、妹の美里亜ちゃんにとっては良い結果になったと思うよ。
待望の大巫女候補にして御本家様の血統という事もあって、美里亜ちゃんは分家の人達に充分な愛情を注がれて育てられたみたいだからね。
それに上にいる三人の義兄達も、本家から来た義妹を本当に大事にされているみたいだし。
そのお陰で美里亜ちゃんは、明るく強気で自信満々な気質の持ち主に成長出来たんだ。
そうなると気になるのは長女の英里奈ちゃんだけど、双子の妹の美里亜ちゃんが宮司一族の末子になった事で嵐山の分家や牙城大社との太いパイプが出来たのは間違いなくメリットだよ。
幅広くて頼れる人脈ってのは、掛け替えのない財産だね。
そうして別々の人生を歩む事になった生駒家の双子姉妹だけど、大きな確執もなく円満な関係性を築けているのは本当に良い事だよね。
こういう所も、一人っ子の私としては羨ましい所だよ。
「良いよねぇ、実の姉妹ってのは…」
だから思わず、こんな一言が漏れちゃったんだ。
「おっ、千里ちゃんも双子の姉妹が欲しいのかな?それなら中華王朝の愛新覚羅王家に養女にして貰ったら良いんじゃないの?あそこの麗蘭第一王女は千里ちゃんに良く似ているし、義姉妹にでもなれるんじゃないかな?」
「ちょっ、ちょっと京花ちゃん!」
幾ら冗談だとはいえ、言っていい事と悪い事はあると思うんだよね。
何しろ相手は大陸の立憲君主国家である中華王朝の次期天子様だよ。
確かに公務中の写真を見たら殿下の顔立ちは私によく似ていたけど、一介の軍人に過ぎない私とはそもそも住む世界が違い過ぎるんだって。
「滅多な事言っちゃいけないよ、京花ちゃん…元化二十五年の現代日本だから冗談で済むけど、時代と国が違えば不敬罪で大変な事になっちゃうんだからね。」
「おお、怖い怖い!クワバラクワバラ…」
こうして茶化しちゃうんだから、本当に困っちゃうよ。
「まあ王室への養子縁組は無理だとしても、千里ちゃんも中華王朝に生まれていたら麗蘭第一王女の影武者として禁衛軍にスカウトされていたかもね。そうすれば武勲次第では巴図魯位には任官されていたかもよ!」
「えっ、巴図魯…良いなぁ…」
何しろ満州族の言葉で「勇者」を表す巴図魯は、前身である清朝から中華王朝が受け継いだ制度の一つでもあり、とっても名誉ある栄誉称号だからね。
イギリス王室のナイトと同じように、功績があれば外国人にも受勲資格が与えられるの。
武勇を誇る軍人としては、思わず憧れちゃう称号だよね。
「う~ん…良いなあ、巴図魯。私も一度で良いから、巴図魯殿って呼ばれてみたいよ。」
そうして私は、思わず巴図魯に任官された自分の姿を想像してしまったの。
きっと豪奢な満州服を着て、スマートな拱手礼をしながら受勲するんだろうね。
まあ、巴図魯もナイトも余程の事がなければ受勲資格を得られないだろうし、憧れのままで終わる可能性の方が高いだろうな。
夢を見るにしても、もっと地に足ついたレベルにしなくちゃね。





