第16章 「宴の後で〜郷里の友の声」
かくして酒宴の会話は大いに弾んで盛り上がり、宿舎の個室に私が戻った頃にはすっかり夜も更けていたんだ。
「はぁ〜、今日もよく呑んじゃったなぁ…何しろ和歌山の地酒は美味しいから、盃が進んじゃうんだよね。紙パックで一升くらいお土産にしちゃおうかな。」
それからお風呂へ浸かってゆっくりリラックスしたら、後はテキパキと寝支度あるのみだよ。
「ふう、良いお湯だった…夜は堺県第二支局のみんなで入浴したから、フレイアちゃんと葵ちゃんも大人しくてホッとしたよ。何時ぞやの締めの一風呂の時なんか、ホントに大変だったもんなぁ…」
湯上がりの身体を浴衣に包み直したら六畳間の和室に布団を敷いて、歯磨きや洗顔といった身嗜みをこなして。
勿論、個人兵装であるレーザーライフルのメンテナンスやバッテリー充電だって忘れてはいけないね。
「うん!バッテリーも良好、組み立ても分解も異常なし!」
たとえ平時にあっても、常に最前線の戦場にいるかのような緊張感と臨場感を持って物事に取り組む。
この「常在戦場」の心構えは、人類防衛機構の前身である大日本帝国陸軍女子特務戦隊から脈々と受け継がれてきた変わらぬ伝統だよ。
そうしたナイトルーティンをキビキビとこなした私だけど、どうもまだ寝るには早いんだよね。
「う〜ん、今の時間帯は地上波もBSもパッとしないんだよなぁ…」
リモコンの方向ボタンで番組表を繰りながら、私は溜め息を漏らしちゃったの。
さてと、これからどんな感じに寝る前の時間を過ごそうかな?
「麻雀や花札は昨日やったばかりだし、そもそも相手が必要なんだよね。きっと美鷺ちゃんには、『おいおい、千の字…飽きもせずまた徹マンかよ?佐官に昇級した矢先にギャンブル依存だなんて笑えないぞ。』なんて言われちゃうだろうな。」
そうかと言ってタブレットの電子書籍アプリで漫画を読むって気分でもないし、何とも手持ち無沙汰で困っちゃうんだよねぇ…
だからSNSに京花ちゃんからの「千里ちゃん、今は暇かな?」って一行メッセージが届いていたのを確認出来た時には、本当に渡りに舟だったんだ。
広縁の椅子に腰を下ろして通話アプリを起動させてみると、まるで待ち構えていたかのようにすぐさま繋がったんだ。
「おっ、その声色だと千里ちゃんも元気そうだね…友ヶ島要塞での合宿研修、エンジョイしてる?」
「まぁね!こっちはボチボチやってるよ、京花ちゃん。そっちは夜勤シフトの休憩中?それは良かった、迷惑にならないタイミングだったんだね…」
軍用スマホ越しに聞く京花ちゃんの声は、普段と変わらない至って快活なトーンだったの。
久々に聞く郷党家門の人達の声というのも、なかなか良い物だね。
「その通りだよ、千里ちゃん。昨日は通常シフトだったけど江坂分隊の子達を連れて堺銀座でハシゴ酒しちゃったから、私もマリナちゃんもお財布が少し寂しくてね。」
「おやおや…それは実に豪気だね、京花ちゃん。」
きっとサイドテールコンビの財布からは、かなりの紙幣が飛んでいったんだろうね。
だけど堺銀座の喧騒や温かみのある赤提灯の光を想像すると、否応なしに郷愁を刺激されるよ。
「だから御小遣い稼ぎをする為にも、夜勤シフトを増やす必要に迫られてね。それでも尉官時代に比べたらお給料も増えて楽になったんだけど。」
「相手が下士官の子達だと、必然的に私達が奢る事になっちゃうからね。その辺は特命遊撃士の辛い所だよ。終始一貫して奢られる立場の准尉だった訓練生時代には分からなかった世知辛さかな。それが養成コースを修了して支局に正式配属と相成った途端に、下士官の子達に奢る事になるんだから。尉官の間は『貧乏少尉に遣り繰り中尉、やっとこ大尉』って言葉が本当に身に沁みたなぁ…」
これは大正中期以降の皇軍将校の皆様方の厳しい懐事情を表現した俗語だけど、現代の少女士官である私達としても大いに共感出来ちゃうんだよね。
「それに四月からは井高野あい三曹も高校生だし、東淀川瑞光三曹は高校受験でしょ?上司として、色々と包んであげなくちゃね。」
「然りだね、千里ちゃん。だけどあの子達を見てると、つい庇護欲が出て手助けしたくなっちゃうでしょ?上官としても姉貴分としても、あの子達をほっとけないんだよね。」
京花ちゃんの一言には、私も同意せざるを得なかったよ。
階級も年齢も下の下士官の子達を見ていると、まるで妹みたいに思えて来ちゃうんだよね。
私も京花ちゃんも一人っ子で兄弟姉妹がいないから、きっと余計にそう思うんだろうな。





