第11章 「ドローンを射抜く光弾の軌跡」
こんな具合に最終チェックに余念がない私と覚葉ちゃんの当事者二人とは対照的に、立会人として付き合ってくれた美鷺ちゃん達は至って気楽な物だね。
万一の事故に備えてオープンチャンネルにしているから、演習場の制御室に詰めている二人の声もしっかり聞こえてくるよ。
「いやはや…全く助かりましたよ。うちの覚葉がそちらさんに厄介事を頼んでしまって。覚葉ったら和歌山支局でシフトに出る度に、『今回の合宿研修で、何か手土産になる物を持ち帰りたい』って事ある毎に言うんですよ。それで蓋を開けてみたら、どうやら新しい攻撃技の会得だったそうじゃないですか…」
缶酎ハイか何かを開栓する軽快な音を立てながら砕けた丁寧語で気さくに喋っているのは、和歌山支局所属の丹生桂子少佐だったの。
銀髪ストレートヘアーに色白の細面という儚げな美貌と個人兵装に選んだ元化二十年式軍刀から、私は丹生桂子少佐に「クールでストイックな女剣士」というイメージを勝手に抱いていたんだ。
私の顔見知りで例えるなら、淡路かおる少佐みたいな感じの人物像だね。
御実家が淡路一刀流の剣術指南所を営んでいて幼少時から剣術と武士道精神を叩き込まれたという事もあり、かおるちゃんは生真面目でストイックな士族らしい性格の子に育ったんだ。
個人兵装だって、当然のように日本刀だよ。
まあ丹生桂子少佐の場合は軍刀だから、武士道というよりは帝国軍人らしい大和魂の方がより似合いそうだけど。
だけどいざ実際に話してみたら思っていた以上に気さくで饒舌な人だったから、全くもってビックリしたよ。
あの声で蜥蜴喰らうかホトトギス。
ホント、人って言うのは見掛けにはよらないもんだね。
「な〜に、気にしなさんな。私達は堺県第二支局で、そっちは和歌山支局。所轄は違えど同じ人類防衛機構極東支部近畿ブロックの特命遊撃士なら、お安い御用って奴だろ?水臭い事は言いっこなしにしようや。」
そんな桂子ちゃんに応じる声は、気さくを通り越して蓮っ葉の域にまで達していたね。
こういう蓮っ葉なスケバン口調で喋る子は、私の知る限りじゃ美鷺ちゃん以外にいないよ。
改めて考えたら、「人は見かけによらない」と言う点では美鷺ちゃんも負けてはいないね。
何しろ美鷺ちゃんの個人兵装は西洋式サーベルでフェンシングに似た戦闘スタイルを得意としているのだから、西洋の騎士や銃士みたいな誇り高い武人気質になっていても不思議じゃないよ。
それが蓋を開けてみれば蓮っ葉なスケバン口調な訳だから、桂子ちゃんを始めとする和歌山支局の子達も最初は随分と戸惑っただろうな。
「私は覚の字に対しては客観的な評価がしやすいけど、千の字に関しては同僚としての贔屓目が出そうだからな。そこを行くと、あんたのヤサは覚の字と同じ和歌山支局。千の字の動きに少しでも妙な節があったなら、遠慮なしに指摘してやってくれよ。その方が奴さん達の為にもなるんだからな。」
「ほう、覚の字…うちの覚葉にも良い仇名が出来たようで何よりですよ。その命名法に則るならば、私は差し詰め『桂の字』か『丹の字』とでもなりましょうか?」
制御室から聞こえてくる通信の内容から察するに、良い感じに打ち解けたみたいだね。
どうやら二人とも馬が合ったみたいで何よりだよ。
こうして美鷺ちゃんと桂子ちゃんの二人は、お互いの事をニックネームで呼び合えるフランクな間柄になれたんだ。
あの二人に関しては、堺県第二支局と和歌山県支局の新米佐官達は良好な関係性を構築出来たと言えるね。
私もしっかりやらなくっちゃ。
「それでは標的を射出します。総員、構え!」
耳に装着したワイヤレスイヤホンから、オペレーターの子の裂帛の叫びが聞こえてくる。
そして次の瞬間、訓練用の実体標的として設定された戦闘ドローンが一斉に飛び掛かってきたんだ。
「むっ!」
ヘルメットに搭載された脳波コントロールシステムのサポートを受けながら、私は地平嵐の車体を急ターンさせたの。
間髪入れずに轟いたのは、戦闘ドローンが放った機銃掃射の銃声と衝撃だったんだ。
当たっても大事には至らない模擬戦用の弾丸とはいえ、この実戦さながらの衝撃には否応なしに緊張感が高まっちゃうね。
まあ、これ位の迫力がある方がスリルがあって有り難いんだけど。
「良いねえ、良いねえ…最高だよ!」
耳朶を刺激するリズミカルな銃声に、周囲に漂う硝煙臭の芳香。
何もかもが心地良くて、ゾクゾクするね。
この興奮と高揚感こそ、正しく戦場の醍醐味だよ。
だけど本当のお楽しみは、これからなんだよね。
「さぁ〜て…今度はこっちから行かせて貰うよ!」
軽口を叩きながら軍用オートバイの車体を安定させると、私は右手のステアリングを離して姿勢制御を脳波コントロールシステムに委ねたんだ。
そうして両手でしっかり保持したのは、個人兵装として長らく命を預けているレーザーライフルだよ。
両手で構えた時の確かな質量と存在感は、やっぱり堪えられないね。
「撃ち方、始め!」
スコープを覗いて照準を合わせれば、後は引き金に力を加えるだけ。
空気の焼ける独特の芳香を伴って銃口から放たれた真紅の光線は、狙い定めた標的に次々と命中していったの。
そうして急所を破壊された戦闘ドローンは、蚊蜻蛉みたいに力無く墜落していったんだ。
キチンと修理すればリサイクル出来るように気を付けているけど、整備担当の子達にはまた手間をかけちゃうなぁ。
後で呑みに誘ってあげて労ってあげないとね。
そうして自分の割り当ての標的を粗方やっつけた私は覚葉ちゃんの方を確認してみたんだけど、こっちもなかなかどうして見事な物だったよ。
この分だと、両者一歩も譲らずの五分と五分で引き分けになりそうだね。
「次っ!そこっ!」
右手で握ったステアリングで地平嵐を巧みに操縦しながら、スラッシュボウガンで光弾を立て続けに連射しているじゃないの。
だけど覚葉ちゃんったら、ドローンを引きつけてから撃墜している節があるんだよね。
まあ、それも仕方ないか。
同じ光学系の射撃武器ではあるけれども、覚葉ちゃんのスラッシュボウガンは私のレーザーライフルより有効射程距離が短いもん。
その代わりと言っては何だけど、片手での取り回しがしやすいように全長短めに出来ているからね。
そこそこ距離のある敵には光弾をお見舞いし、敵の間合いに入れば弓の部分に付いた刃でバッサリと斬り捨てる。
全くよく出来ているなあ。
そりゃ確かに私の個人兵装だって白兵戦用にレーザー銃剣を展開出来るけど、覚葉ちゃんと全く同じ戦法を取れるかと言われたら困っちゃうよ。
古人曰く、「餅は餅屋」。
人には各々の得意分野があるからね。





