第10章 「合同演習を間近に控え」
人類防衛機構の各支局には地下射撃場を始めとする各種の訓練施設が完備されているんだけど、それは各地に築かれた軍事要塞だって例外じゃないの。
長野県の松代大要塞や神奈川県の日吉台地下要塞にも立派な訓練施設があるけれども、この友ヶ島要塞における訓練施設の充実度だって負けず劣らずに見事な物だよ。
何しろ島全体はおろか周辺の海域に至るまで人類防衛機構の管理下にある訳だから、軍用オートバイの地平嵐や武装特捜車による模擬戦は勿論の事、強襲揚陸艇や特殊潜航艇を用いた演習まで出来ちゃうんだよ。
要するに、研修センターの名前は伊達じゃないって訳。
昨日だって、地平嵐の水陸両用モデルを用いての水上射撃訓練と模擬戦をやったばかりだもんね。
練習艦から矢継ぎ早に繰り出される機銃掃射の嵐と酸素魚雷の爆炎を回避しながら目的地まで到達する訓練だなんて、いかにも海に面した友ヶ島要塞の研修センターならではのメニューだよね。
そんな水上での訓練に比べたら特別感は数段下がっちゃうけど、私と根来覚葉ちゃんの二人が自主練の為に貸して貰った屋外多目的演習場だって、私達が堺県第二支局で日常的に受講しているのとはまた一味違う訓練を受講出来るんだよ。
「前半の三十秒で射出される標的百体は普段の訓練と同様に射撃し、後半の百体が射出されたタイミングで連携攻撃の訓練に移行する。この流れで構いませんね、根来覚葉少佐?」
「間違い御座いません、吹田千里少佐。小職の申し出にお付き合い頂き、恐悦至極に御座います。」
ワイヤレスイヤホンから聞こえてくる覚葉ちゃんの声に頷きながら、私は装備一式のコンディションを改めて確認に取り掛かったの。
まずは手始めに、今回の個人訓練で私の機動力となる武装オートバイの確認だね。
「計器類、異常無し。各ブレーキ、異常無し…」
軍用二輪車両モートルコマンダーの極東支部モデルである地平嵐は、エンジンもステアリング具合も至って良好。
この武装オートバイに暫く身を預ける訳だから、仲良くしなくちゃ。
楚の覇王として名高い項羽や蜀漢の五虎大将軍の一角を担った関羽雲長は、愛馬と力を合わせる事で一騎当千の武勇を誇ったね。
それなら私も、人馬一体ならぬ人機一体で武名を轟かせたい所存だよ。
すると今こうして跨がっている武装オートバイは、私にとっての烏騅や赤兎馬になるって事か。
だったら尚更、鮮やかな連携を示さなくちゃ。
それに改めて気付いた私は、頭にスッポリと被った多機能ヘルメットの動作確認を改めて行ったの。
「電源良し。各種信号確認、異常無し。脳波検知状況及び地平嵐とのペアリング状況、共に良好…」
地平嵐のコンディションと同様、この多機能ヘルメットの動作確認も決して手を抜く訳にはいかないよ。
何しろ私がこうして被っている多機能ヘルメットは文字通り、単なる頭部保護に留まらない様々な機能が搭載されているんだから。
軍用スマホと同期出来るワイヤレスイヤホンに、ハンズフリーマイク。
そういった各種通信機能は勿論の事、人工衛星と連動したナビゲーションシステムやレーダーシステムだって使えちゃうんだ。
ナビゲーションやレーダーの画面はヘルメットのバイザーに表示されるから、操縦や戦闘の邪魔にならなくて助かるよね。
だけど個人的に一番気に入っているのは、ペアリングさせた戦闘ドローンや戦闘車両をラジコンみたいに操れるリモートコントロールシステムだよ。
京花ちゃんのレーザーブレードやマリナちゃんの大型拳銃みたいな片手で楽々取り回せるコンパクトな個人兵装ならともかく、私の愛銃は割と嵩張るからね。
右手だけでバイクのステアリングを握って姿勢制御しながらバイクを運転し、左手だけでレーザーライフルの照準を合わせて正確に射撃する。
そんなややこしい真似をしながら戦っていたら、流石に負担がかかり過ぎて身が保たないよ。
それを解決してくれるのが、この多機能ヘルメットに搭載されたペアリング機能とリモートコントロールシステムだよ。
ステアリングを始めとする操縦系を多機能ヘルメットとペアリングさせておけば、地平嵐を手放し運転出来るでしょ。
そうして両手が空いた私自身は、レーザーライフルの取り回しに専念出来るって訳。
この多機能ヘルメットのペアリング機能を用いた脳波コントロールは今回が初めてじゃなくて、ザビエル公園で展開されたナチス製軍用サイボーグとの戦闘や河内長野地区で行われた巨大ツチノコ捕獲作戦の折にも運用した事があるの。
もっとも、前述した二つの事例で私が脳波コントロールしたのは、武装サイドカーの銃座に固定したレーザーライフルと射撃用のロボットアームの方だからね。
あれはあれで確かに便利だったし止むを得ない状況ではあったけど、やっぱり狙撃手を自負する私としては自分の愛銃は自分で撃ちたいじゃない。
もっとも、それはスラッシュボウガンを個人兵装に選んだ覚葉ちゃんも同じ事なんだろうけどね。
「照準良し、バッテリー残量良し。トリガー反応良好…」
バックミラーでチラ見してみただけだけど、覚葉ちゃんもスラッシュボウガンの最終チェックに余念がないみたいだよ。
まあ、それも仕方ないかな。
何しろ私達は、一度戦場に身を置けば手持ちの個人兵装に己の生命を預ける事になる訳だからね。
一般社会なら失敗しても次に活かせば良いけど、私達みたいな公安職だと失敗の度合いによっては次なんて無いんだもの。
交通安全の標語に「注意一秒、怪我一生」ってのがあるけど、致命傷を負ったら一生も何も無い訳だからね。
そういう訳だから、用心するに越した事はないんだよ。





