第9章 「根来覚葉少佐の胸の内」
日本軍時代の軍歌の話題を振られたせいか、里香ちゃんの事が急に恋しくなっちゃったね。
旧友というのは、本当に有り難いものだよ。
とはいえ、新たに親睦を結んだ人達との縁だって疎かにする訳にはいけないね。
根来覚葉ちゃんが私に声をかけてくれたのにも、単なる挨拶には留まらない大事な用件があるのかも知れないよね。
このまま話が脱線したままで言いそびれちゃったら、覚葉ちゃんに申し訳が立たないよ。
「さて、根来覚葉少佐。それでは自分は、貴官の御要件を承りたく存じ上げます。」
「その用件とは他でもありません。吹田千里少佐、小職は貴官と手合わせを願いたく…」
いきなり手合わせと言われて、私も驚いちゃったよ。
だけど詳しく聞いてみると、覚葉ちゃんにも色々と込み入った事情があるみたいだね。
第一に挙げられるのは、レーザーライフルという射撃武器を個人兵装に選んだ私と一緒に自主練して色々と学びたいって事情かな。
何しろ覚葉ちゃんが個人兵装に選んだスラッシュボウガンは征矢を模したエネルギー弾を放つ射撃武器だからね。
私としても、覚葉ちゃんと一緒に射撃訓練や模擬戦をやれば良い刺激を得られそうだよ。
もう一つの事情は、覚葉ちゃんのちょっとした負けず嫌い精神に起因しているの。
昨夜に私達堺県第二支局と和歌山支局とでカラオケ大会をやった事は、前にも話したよね。
その時に和歌山支局側が負け越しで終わっちゃった事が、覚葉ちゃんにとっては残念で仕方なかったんだって。
和歌山支局の意地にかけても、このまま手ぶらじゃ帰れない。
そこで模擬戦でも射撃訓練でも何でも良いから、堺県第二支局側から白星を持ち帰りたいんだって。
だけど和歌山支局の他の子達は勝ち負けに無頓着だから、こうして覚葉ちゃんが単独で来たらしいの。
「貴官の事情は理解致しました、根来覚葉少佐。しかし、何故に敢えて小職を選ばれたのでありますか?射撃武器というだけならば、神楽岡葵少佐でも良さそうですが…」
「個人的主観で恐縮ではありますが、貴官は対抗心と性根の強さという点では抜きん出ていると存じ上げます。昏睡状態の間に同期の御友人達に階級を追い抜かれた事にも決してめげず、元化二十五年度内に少佐への昇級を成し遂げられた。そんな不屈の上昇志向を御持ちの貴官ならば、必ず御受け下さるかと…」
成る程、性根の強さと不屈の上昇志向か。
そう言われると、私としても悪い気はしないね。
私としては「昏睡状態になる前までは公私を問わずにタメ口が出来た同期の友達なのに、このまま『上官と部下』という間柄で隔てられちゃったら堪えられない!」っていう切羽詰まった危機感に突き動かされていたんだけど、そう言う風にも解釈出来るんだなぁ…
それ、頂きだね!
中佐への昇級試験の時には、面接の自己アピールではその線で攻めさせて貰うよ。
「それに…おおっと!これはしたり!」
何かウッカリ口を滑らせちゃったのか、覚葉ちゃんったら大慌てで言葉を濁したね。
これは一応、聞いておいた方が良さそうだよ。
そうでないと、私達の間に変な蟠りが出来ちゃうじゃない。
「それに神楽岡葵少佐は、こうした事には御興味が薄いかと存じ上げまして。何しろフレイア・ブリュンヒルデ少佐と片時も離れられない御様子でありましたから。」
「ア、アハハ…」
どうやら件の二人の関係性は、和歌山支局の人達にまで知れ渡っているんだね。
まあ、それも無理はないかな。
一昨日の夜なんか、大浴場の露天風呂であんな事をやっていたんだから。
温泉に浸かりながら月見酒と洒落込もうとしたのに、思わず回れ右をしちゃったよ。
葵ちゃんは「顔見知りの目があった方が、却って興奮するんだよ。」と言って引き止めてきたけど、そう言う問題じゃないんだよなぁ。
和歌山支局の人達に、一体どう思われているのやら…
まあ、過ぎちゃった事は仕方ない。
葵ちゃんとフレイアちゃんの二人には、自分達の愛を貫いてくれればそれで良いよ。
堺県第二支局の硬派路線は、及ばずながらも私が引き受けようじゃないの。
「承知致しました、根来覚葉少佐。貴官の射撃訓練と演習には、この吹田千里少佐が御付き合い致しましょう。しかし重ねて申し上げますが、これはあくまでも訓練と演習であって私闘では御座いません事を…」
「勿論であります、吹田千里少佐。その事につきましては、御同席の手苅丘美鷺少佐が保証して頂けるはずであります。」
「マジかよ、千の字!全く、仕様がない連中だなぁ…」
話の流れで巻き込まれる形になっちゃった美鷺ちゃんには申し訳ないけど、ここは同僚のよしみで付き合ってね。
後で何か御礼をしておかないとなぁ…





