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第6章 「飾緒を勝ち取った少女の感涙」

 母なる大地の恵みとも言うべき温泉に浸かって、身も心もスッキリとリフレッシュ。

 まだ微かに湯気の立つ素肌に強化繊維製の下着とニーハイソックスを身に着け、黒いセーラーカラーのついた白ジャケットと黒ミニスカで構成された遊撃服を手早く着込めば、人類防衛機構の実働部隊である特命遊撃士の出来上がりだよ。

「おうおう、千の字…早着替えは特命遊撃士の名物だが、この合宿研修に来てからは一層に磨きがかかったんじゃねえか?」

「エッヘヘ!やっぱり分かっちゃう、美鷺ちゃん?何を隠そう、全てはこの御方の御業なんだよね!」

 コンマ数秒だけ遅れて身支度を整えた同僚に笑い掛けながら、私は右肩に頂いた飾緒を見せつけるように引っ張ったんだ。

 何しろこの金色に輝く恩賜の飾緒は、佐官階級の防人乙女の象徴であると同時に私こと吹田千里の血と汗と涙の結晶でもあるのだからね。


-まずは遊撃服の右肩に飾緒を頂ける少佐になれるように、精一杯頑張ろう!

 私がそう誓ったのは、少尉階級の特命遊撃士として堺県第二支局に正式配属された三年前の春の事だったかな。

 堺県と和歌山との県境である河内長野地区で暴走した生物兵器のサイバー恐竜を相手に初陣を迎え、それから特定外来生物駆除や不穏分子の掃討を始めとする様々な作戦へ積極的に参加して。

 それらの実戦をこなす事で、レーザーライフルを用いた狙撃能力や連携戦のスキルなんかが着実に向上していったんだよね。

 戦闘技術や戦歴が蓄積されていくのに伴い、特命遊撃士としての階級も順調に上がっていったの。

 養成コース出たての研修生から一人前の少尉へ、そして中尉から大尉へと。

 このまま行けば、そう遠からず少佐になれる。

 遊撃服の右肩に金色の飾緒を頂く佐官として、幹部将校を視野に入れたエリートコースのレールに乗れる。

 全くもって青臭い限りだけど、若き日の私はそう無邪気に信じていたんだ。

 この若さに任せた放埒な野望に待ったをかけた物こそ、元化二十二年の夏に決行された「黙示協議会アポカリプス掃討作戦」だったの。

 あの当時の日本は、破滅思想を掲げた危険なカルト集団である黙示協議会アポカリプスの引き起こす無差別テロで騒然となっていたからね。

 超国家的治安維持組織である人類防衛機構としては、黙示協議会アポカリプスは一刻も早く駆逐せねばらなない不穏分子だったし、その教団本部の掃討作戦は喫緊の課題でもあったんだ。

 極東支部近畿ブロック麾下(きか)の各支局からは、当初予定していた動員数を遥かに上回る多数の志願者が集まったの。

 当然だけど、その志願者の中にはこの私も含まれているよ。

 この大規模作戦へ参加する事で、私は軍人として一回りも二回りも大きく成長出来るに違いない。

 そんな大志を胸に抱きながら戦列に加わったんだけど、現実は厳しかったね。

 いや、掃討作戦自体は文句なしの大成功だったよ。

 首魁であるヘブンズ・ゲイト最高議長やビッグクランチ将軍といった大幹部達は尽く葬り去る事が出来たし、審判獣や戦闘工作員みたいな末端の実働部隊なんかも一通り平らげられたからね。

 まあ、その後も長らく手を煩わせてきた残党共はいたけれども。

 とはいえアポカリプスの連中も総本山を守ろうとして死に物狂いで抗戦してきたから、人類防衛機構の側だって無傷ではいかなかったよ。

 戦闘ドローンだって何機も落とされちゃったし、負傷者数だって相応に出ちゃったの。

 その負傷者の中でも特に手酷くやられちゃったのが、何を隠そうこの私なんだ。

 何しろ意識不明の昏睡状態に陥って、中一の夏から中三の春までの二年あまりの歳月を病室のベッドの上で機械に繋がれながら眠り続けていたんだからね。

 後遺症もなく現場に復帰出来たのは不幸中の幸いだったけど、この昏睡状態の間に同期の友達が私の階級を追い越して上官になっていたのには本当に参っちゃったなぁ。

 マリナちゃんや京花ちゃんもみんな優しいから平時に関しては昔と同じようにタメ口でお喋り出来たけど、「みんな少佐に昇級出来ているから、准佐の私は厳密には部下なんだ。」って意識は常について回るんだよね。

 幹部将校のスタート地点に位置する少佐と、あくまでも尉官の最高位に過ぎない准佐。

 その歴然たる差を何とか埋めるために遮二無二頑張ったのが、この元化二十五年度の約一年間って訳なんだ。

 御盆や年末年始にも夜勤シフトを積極的に入れたし、昇級試験の勉強会や模擬面接もシフトの合間を縫って積極的に参加したからね。


 こうして飾緒を見ていると、少佐に昇級するまでに辿った長い道のりがありありと蘇ってくるようだね。

 それはあたかも、アニメやドラマの回想パートか走馬灯みたいだったよ。

 たかが一年間、されど一年間。

 そう考えると、何とも感慨深くなっちゃうなぁ。

「おっ!どうしたんだよ、千の字!感極まっての落涙か?」

「えっ…、あっ!」

 冷やかすような美鷺ちゃんの声に促されて触れてみると、私の頬には確かに涙の線が伝っていたんだ。

「ほ、ホントだ…うわぁ、照れ臭いな…」

「まぁまぁ、良いじゃねえかよ。それだけ千の字が素直ってこったよ。まあ、あんまり素直過ぎても腹芸が出来なくなるけどな。」

 褒めているのか貶しているのか分からない物言いだけど、美鷺ちゃんの発言には私も自覚があるんだよね。

 潜入調査や影武者みたいな誰かの目を欺く任務につく場合、馬鹿正直にやっちゃったら身の破滅だもの。

 うーむ、何とかしなきゃなぁ。

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― 新着の感想 ―
いやほんと。 頑張りましたよねぇ千里ちゃん。 それ故にそんな子がどんな手段で植物状態にまで追い込まれたのか謎ですね。 そして最後の一文……まさかこれは、千里ちゃんにどこか似ているかの高貴なる方の影…
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