プロローグ第1章 「准佐の夜明け、少佐への渇望」
オフィスでの待機と武装オートバイの地平嵐を駆っての巡回パトロールで日の出までの時間を消化して、朝食は地下食堂で頼んだ焼き鮭定食を良く冷えた缶ビールで流し込んで。
国際的防衛機関である人類防衛機構に戦闘要員として所属する特命遊撃士なら、それは毎度お馴染みの夜勤シフトの勤務日における夜明かしのルーティンだね。
私こと吹田千里准佐にとっても、そしてテーブルの向かいでフレンチトーストを肴に赤ワインのグラスを上品に揺らしている生駒英里奈少佐にとっても、こんな感じで朝を迎えるのは日常茶飯事だよ。
この人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局に少尉として配属された約四年前の春から、こういう夜明かしを月に何度もこなしてきたんだ。
だけど私にとって、今回の夜勤明けには特別な意味合いがあるんだよ。
まあ、今回が特別な意味合いを帯びた夜勤明けになるか普通の夜勤明け止まりで終わるのかどうかは、もうじき分かるんだけど。
やがて私は缶の底に残ったビールを飲み干し、真向かいに座った英里奈ちゃんも空のワイングラスを静かにテーブルに置いたんだ。
後はどちらが切り出すかだけど、これはライトブラウンのロングヘアーを垂らした我が愛すべき上官殿に譲る形になったね。
「そろそろ時間で御座いますね、千里さん。それでは参りましょうか?」
「うん!然りだね、英里奈ちゃん。鬼が出るか、蛇が出るか。正直言って結果を見るのが怖いけど、後は自分を信じて行くしかないよね。」
同じ堺県立御子柴高等学校の学友でもある華族の少女に促される形で、私は空になった食器の並ぶお盆を持って立ち上がったの。
「悪いね、英里奈ちゃん。夜勤シフトに付き合って貰っちゃって。しかも昇級試験の合格発表にまで一緒に来て貰うなんて…」
「御気になさらないで下さいませ、千里さん。私が好き好んで行ったまでの事で御座います。」
面目なく頭をかいてツインテールを揺らす私とは対照的に、細面の美貌に微笑を浮かべながら左右に軽く首を振る友人の所作は、気品と落ち着きに満ちていたの。
養成コースで初めて会った小六の頃は、内気で気弱で至って消極的だった英里奈ちゃんなのに、本当に変われば変わる物だよね。
だからこそ、私も変わらなくちゃいけないね。
尉官の最上階級である准佐から、佐官の入口である少佐へと。
そして少佐の肩書きと金色の飾緒を持つに相応しい、責任感と風格の持ち主へと。
まあ、それは人事課を始めとする堺県第二支局の御歴々の皆様方が許して下さるか否かに関わっているのだけどね。
いずれにせよ、今の私に出来るのは合格発表を見に行く事だけだよ。
私と英里奈ちゃんが到着した頃には、合格発表の掲示されるエントランスは意外な程ごった返していたの。
私や英里奈ちゃんと同様、遊撃服と黒いミニスカに身を包んだ少女士官である特命遊撃士によってね。
「へぇ…これはまた意外と言えば意外だよね。合格番号は軍用スマホからでも閲覧出来るから、もっと空いているかと思っていたけど…」
まあ、それを言っちゃったら私も同じような物だけどね。
何しろ合格発表は、実際に掲示されているのを見た方が実感が湧くからね。
合格した時の喜びも一入だし、仮に駄目だった時だって諦めがつくと言う物だよ。
まあ、出来たら後者は遠慮させて頂きたいんだけど…
「やはり、他の皆様も直接確認されたいようで御座いますね。私も佐官への昇級試験の合格発表の際には、マリナさんと京花さんの御二人と御一緒に確認した物でしたよ。」
「そっか、英里奈ちゃん達もそうだったんだね。…やっぱり、みんなそうなんだろうね。」
私より先に佐官への昇級を果たした子が身近にいてくれると、こういう時に本当に助かるよね。
中学の国語の教科書に載っていた吉田兼好の「徒然草」じゃないけど、「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。」って思う事は往々にしてあると思うんだよ。
作戦行動中に負った重傷で昏睡状態になっている間に英里奈ちゃんを始めとする同期の友達に階級を追い越されちゃった事を大いに嘆いた私だけど、それは裏を返せば「英里奈ちゃん達のノウハウを活かす形で昇級試験に挑めた」って事になる訳だし。
とはいえ今回の試験の結果次第では、私は少佐に昇級出来て英里奈ちゃん達と同格になる事が出来る訳だからね。
昏睡状態になっていた間の時間は二度と帰っては来ないけど、ここから仕切り直していけば良いって寸法だよ。
そうして待っていたら、合格番号の貼られた掲示板にかけられていたシートが剥がされたね。
剥がしたシートを持ち帰られた特命教導隊のお姉様方は至って涼しい御表情だけれど、受験生である私達にとってはこれからが正念場だよ。
「あの、千里さん…千里さんの受験番号は…」
「そう急かさないでよ、英里奈ちゃん。これじゃ英里奈ちゃんが受験生みたいじゃない。私の受験番号はEの565だよ。」
そんな友人とは対照的に、私は苦笑しながら受験票を遊撃服の内ポケットから取り出したんだ。
もう受験番号だってソラで言えちゃうもんね。
「え〜っと、Eの565…Eの565…あっ、あった!あった!!」
掲示板の合格番号を順に繰っていった末に自分の受験番号を見つけた時の感慨深さたるや、もう口には出来ない程なんだよね。
念の為に軍用スマホでWEB発表の方も見てみたけど、どうやら間違いじゃないみたい。
「やった!やったよ、私!これで私、英里奈ちゃん達と同じ少佐になれるんだ!」
「合格で御座いますか…おめでとう御座います、千里さん!私、千里さんなら必ず成し遂げられると信じておりました!」
そっと手を握ってくれた英里奈ちゃんの細指の柔らかさと温かさが、この合格の喜びをより確かな物にしてくれるね。
この嬉しさと友情の温もりは、決して夢でも幻でもないよ。