他力本願な幸運
ラウドサウンド。
周囲の音を物理的な衝撃波に変え、相手に叩きつける星道具である。元の音が大きいほど破壊力が出るので、クラクションの音をもろに浴びた男はしばらく起き上がれないだろう。
そして、鳴り響いたクラクションにより、近くを歩いていたらしい通行人が一斉にこちらにやってきた。咄嗟の思い付きとはいえ、近所迷惑で申し訳ない。
そして、その中にはたまたま近くを巡回中だった警官が二人。
当然だが、事件は警察沙汰になった。
「辛ちゃんどころか家族全員に怒られるな。これは。」
警察の現場検証を見ながら、汐は蠍を腕に抱いて憂鬱そうに呟く。
しかし、そんな未来のことはとりあえず置いといて、今は感謝を述べたい相手がいる。
「蠍さん、助けに来てくれてありがと」
『あ?別に大したことしてねぇよ』
蠍はそっぽを向く。もしかして、照れてるんだろうか。
大したことなんだけどなぁ、と汐は思う。
いつもそう。一人だと怖いけれど、蠍がいるだけで、一気に心強くなるのだ。
突然、タイヤが軋む音がした。
そちらを見ると、パトカーが二台。警官が数名。
それらを全てすっ飛ばすんじゃないかって勢いで高級車がやってきて、汐の前で急停車する。
中から辛が飛び出してきた。
「汐!!」
近づいてくるなり辛は、汐をぎゅっと強く抱き締める。
汐の胸の辺りから、『ぐえっ』っと悲鳴が上がったが、辛は気づかなかったようだ。
「汐····、良かった···無事で」
一緒に来ていたココアも辛の後ろで胸を撫で下ろしている。
「蠍さんが、助けてに来てくれた」
「え?」
辛は汐の身体を離すと、しばし蠍と見つめあってから、
「ただの虫だろ?」
「ただの、じゃないよ」
汐は普段、自分の気持ちを言葉にするのは苦手だ。でも、
「辛ちゃんの言う通り、ウチは、すごく頼りないし、心配かけちゃう、けど」
これだけは、ちゃんと伝えておきたい。
「ウチ、周りの人に、すごく恵まれてるの
辛ちゃんも、蠍さんも含めて、ね
だから、今まで危ない目に遭っても、なんとかなってきたんだよ」
だから、と汐は続ける。
「誰にも、離れていってほしくない」
依存心と他力本願に溢れた台詞だが、適当なことを言っても、きっと辛には汐の本心はわかってしまう。
なら、最初から正直でいたかった。
辛は憮然とした顔で、
「·····そんなに、この毒虫を返してほしいのか」
「うん」
辛はしばらく目を閉じて熟考しているようだった。
だが、ゆっくり目を開けて、
「···仕方ないな」
かなり渋々といった様子で辛は言う。
「その虫はお前に返す
でも、少しでも危険だと思ったら、また取り上げるぞ」
「!
ありがとう。辛ちゃん」
辛は頑固で強引だが、ここぞというときは汐の方がずっと強情だ。
だから、結局最後は、辛の方が折れてくれることが多い。
「···お前が、そこまで俺に逆らうとはな」
辛のそんな呟きが聴こえた気がした。