ラウドサウンド
なんでこんなことになったんだろう。
汐は今、両手両足を縛られ目隠しまでされて、車の後部座席に転がされている。
誘拐、だと思うが、なんでわざわざ自分なんかを拐うのだろう。
辛の家から出てきたから、金持ちの家の子供だと勘違いされたのだろうか。
とにかく逃げないといけないが、縛られて動けないし、手が使えないので赤い糸をほどくことも出来ない。
恐怖と自身のふがいなさに、汐はぐすっと鼻を鳴らす。
辛の心配する通り、自分は、一人で出歩くことも出来ないのだろうか?
そのとき、車が急停止して、汐は座席から転がり落ちそうになった。
車の中にいる男たちがざわつくのが聴こえる。
「どうした!?」
「誰かが車の前に·····」
車のドアが開く音がする。
「てめぇ、なんっ·······!」
ドカッ バキッ
「ふざけ·····」
ドガンッ
何か音が色々聴こえてくるが、目隠しのせいで汐には何も見えない。
ふと、音は聴こえなくなった。だが、誰かが汐のそばにいる気配はある。
「だ···誰?」
見えない誰かの存在に、声が震える。答えは返ってこない。
ふと、その誰かの腕が伸びてきて汐の手に触れる。汐は身を固くした。
腕が自由になった。続いて足も。
謎の人物は汐の肩を掴み、起き上がらせる。
やや乱暴だった。けれど、汐を傷つけないようにしているのがわかる。
力強くて、優しい手だ。
「あ···」
ありがとう、と言うべきか迷った。
目隠しがあるのでまだ相手が誰かわからない。
「誰?」
汐は自分で目隠しの布をむしりとる。
目を開けた先に、人の姿はなかった。
代わりにちょこんとそこにいたのは、
「蠍さん!?」
いつもと同じ。虫にしてはやけに大きな体。ハサミに長い尻尾。そして、背中についた赤い星。
「どーしてここにいるの!?辛ちゃんは?」
『俺が、いつまでも虫籠に収まってると思うか?』
蠍は微妙に答えになってない答えを返してくる。
汐は車の中を見回す。
男が二人、運転席と助手席で伸びているだけで、他に誰もいない。
「さっきまで、もう一人誰かいなかった?」
『知らねぇ
とにかく、さっさと逃げるぞ』
蠍がかさかさと動き出すので、汐は首を捻りながらもその後を追う。
なんだか釈然としないところもあるが、逃げるが先なのは間違いない。諸々のことは後で考えよう。
ところが、
「ううう」
汐が車から出る前に助手席で伸びていた男が呻きながら、起き上がってきた。
『ちっ。もう起きたか』
蠍が汐を守るように立ちふさがるが、体の表面積のせいであまり盾になっていない。
男がふらつきながらも助手席を出てこちらに向かってくる。
汐は急いで逃げようとするが、狭い車内でうまく身動きがとれず、男がドアを塞ぐように目の前に迫る。
汐は考える。男を倒すなり、周りに助けを求めるなりしなくては。
人通りは少ないがここは住宅街。騒ぎになれば人が集まってくるだろう。
思い切り叫ぶ?いや、離れている人には聴こえないかもしれない。
そこまで考えて、ふと汐は思い付く。
汐は束ねた髪から赤い糸をしゅるりとほどく。目の前の男が怪訝な顔をした。
「蠍さん」
汐は、蠍に向かって一言告げる。
『···わかった』
「お願い!!」
言うが早いか、汐は蠍を運転席の方に放り投げる。
「何をした!?」
目の前の男が汐の腕を掴んだ。
『誰かに腕を捕まえられたら、手のひらを開いて、腕を捻るんだ』
汐の頭に以前辛から聞いた言葉が甦る。
その通りにすると、汐の腕が男の手からするっとすり抜けた。
男が驚いた隙に、蠍がハンドルに行き着いたのを確認すると、
「おいで、ラウドサウンド!」
赤い糸で、指揮棒のような星道具を呼び出す。
蠍がハサミでハンドルを叩くの見えた。
そして汐は思い切り、指揮棒を振りかぶり、
「大、音、響!!」
クラクションの音が周囲に響き渡る。
音が収まった後には、男が再び伸びていた。
え?突っ込みどころ満載?
そんな今更なコメント効きませんよ?