囚われの蠍
汐が執事に連れていかれ、部屋に残った辛とココアは、
「世話を頼む」
「かしこまりました
でも、辛様。汐様をあんな風に追い返してよろしいんでしょうか?」
「汐は感情的になるととことん頑固だからな。日を置いて冷静になったら、また説得するよ」
さすが幼馴染み。汐のことをよくわかっている。
しかし、それでは困る者が虫籠の中にいた。
蠍は虫籠の中で考える。籠を揺さぶってみるが、しっかりした造りで、簡単には開かなそうだ。というより、突然虫が虫籠を破壊して脱走したら、屋敷はパニックになるだろう。
こうなったら、いっそ飼い主を恋しがるいたいけなペットのフリでもしようか。
とも思ったが、無理があることに気づく。
犬や猫ならともかく、蠍は毒虫である。鳴けもしないし、可愛らしくすり寄ろうが、潤んだ目で見つめようが相手には理解されないだろう。最悪、刺そうとしてると思われて処分される可能性すらある。
しかし、どうやら一応辛には蠍を飼育する意思はあるらしい。
当面の間は命の心配はなさそうだが、このままというわけにもいかない。
虫籠など窮屈すぎるし、なによりその間汐が何をしでかすかわかったものではない。
さて、どうするか。
汐はその頃執事によって門の外まで見送られていた。
執事が引っ込むと、門はすぐさま閉められる。もう一回中に入ろうとしても開けてもらえないだろう。
「理不尽」
こうなれば、こっそり侵入して取り返すしかない。仮に捕まっても、辛が汐を住居侵入で訴えることはしないだろう。そもそも汐のペットを無理矢理奪ったのは向こうだし。
汐は屋敷を囲う高い塀を見つめる。汐の身長の倍近くはありそうだ。
登れるだろうか。汐は自分の格好を見る。長い髪は邪魔にならないよう束ねているが、服はワンピースだ。壁をよじ登るには動きづらすぎる。
雨を連れてくれば良かった。空を飛べる雨は身体は小さいが、汐を連れて壁を飛び越えるだけの力がある。
いや、と汐は思い付く。雨も元は星屑だから、星道具の『赤い糸』を使えば呼び出せるかもしれない。
汐は髪を束ねていた紐―赤い糸をほどく。
「駄目ですよ」
びくっとして振り返ると、いつの間にいたのか、ココアが立っていた。
世界一美女が多いと言われる乙女の国から来たココアは、噂に違わぬ美人である。スタイルもすらりとしているので、女優やモデルになっても成功し出来そうだ。
汐にはいつも優しいが、優先するのは当然主人である辛の命令なので、今回の件で味方になってもらうのは難しかった。
「ぼっちゃまは本当に汐様のことを心配されているんです
まぁ、過保護が過ぎるとは思いますけど」
やはりココアから見てもそうらしい。
ココアは汐の肩に手をやると優しく、
「諦めてもっと安全な蛍やキリギリスを飼ってください」
どうやらココアは、汐をただの虫好きだと思っているらしい。
蠍は、普通の虫ではないのに。
よく汐の眼鏡設定を書き忘れます。
一応、学校にいるときだけ眼鏡あり。その他のときは眼鏡なし、という設定はあるんですが。