緊張のひととき
『でけぇ!!』
辛の家を見た蠍がそう叫ぶ。
家があるのは汐の住む街から電車で三十分離れた首都、エウロパ。
その中でも一際目を引く大きな屋敷が、辛の家だった。
敷地面積だけで言えば、ちょっとしたコンサートホールぐらいは入るだろう。少し離れた場所には、街の中央に位置する壮麗な城が見える。
『その辛って奴、何者だ?』
「うん?ああ、辛ちゃんは、お父さんがね·····」
と、話をしていると、自動で屋敷の門が内側から開く。
中から出てきたのは、一目で高級だとわかる黒塗りの車。
乗っていた人物は窓越しに汐の姿を見つけると、運転手に車を停めさせる。
車から降りてきたのは、
「ロンバードさん。いらっしゃい」
上品な中年男性だった。年齢は六十近く。整えられた鬚や髪に白さが混ざっていても、若い頃の美貌が窺える。
汐は出来得る限りの丁寧なお辞儀をすると、
「こんにちは。イムリープ大臣」
男性は苦笑すると、
「そんなにかしこまらなくても良い。
私はこれから仕事でね。なんのお構いも出来ないが、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
汐が礼を言うと、イムリープは笑顔で頷き、車に戻る。運転手はすぐに車を発進させた。
その姿が見えなくなった頃、
『誰だ?』
蠍が聞いてきた。
「辛ちゃんのお父さん。お城で内務大臣してるの」
『そういや、テレビで見た顔だな』
弓葉=P=イムリープ内務大臣。
いつもにこやかで優しいが、何故か汐は彼が苦手だった。
その一見すると温厚な目の奥に、声の端々に、こちらを見定めようとする鋭い視線を感じる。
勿論、政治家なのだからそういう人を見極める力は必要なのかもしれない。
それでも、汐は彼に会うたびに、なんとも落ち着かない気分にさせられるのだ。