夜明け前、一面の白
夜が明ける前、両儀は約束通り繭子を迎えにやってきた。
厚手のコートにマフラーと、暖かい格好を繭子にさせるとその手を取る。
「目を閉じて、繭子さん」
言われるまま目を閉じて開くと、そこは真っ白な雪景色。
遠くに見える山並みも、その姿は白。
手前の湖だけが、氷の上に雪を積もらせる様子もなく夜空を映して輝いていた。
「寒過ぎないようにしていますが、大丈夫ですか?」
「はい」
「では、しばらくここでお茶を飲みながら待ちましょう」
いつの間にかそばにお茶会用のテーブルとイスが用意されている。
テーブルの上にはベリーがたくさん飾られたチョコレートケーキとクッキー。そして温かいお茶。
繭子はそれを見て微笑んだ。
「お茶は、知り合いから葉を分けてもらいました」
そうして2人はこの一年と数ヶ月の事を話し合った。
なぜこんなにも長い間不在にする事になったのか、その間何をしていたのかを、お互いに。
ことの発端は、両儀の元へ持ち込まれた見合い話だった。
相手の女性に幼い頃あまりいい思い出がなかったため、両儀がそれを断ったところ、繭子と会っている事を持ち出されて問題にされた。
人間の娘と交流があるなど神としてどうなのだ、と神々が集まる会議の場で詰問され、その対応のために神界であれこれ忙しく働いていたのだそうだ。
自分が原因であったのか、と繭子は少しばかり落ち込んだ。
だがそれでも、両儀と会わないという選択はできない。
「じゃあまた前みたいに……会えますか?」
おそるおそる繭子が尋ねると、両儀は笑った。
「はい、もちろんです」
その周りで精霊たちがくるくる楽しげに踊る。
「良かった」
と、繭子はケーキをひと口、口にした。
そして自分を見つめている両儀に気がついて笑みを返す。
「すごく美味しいです」
照れたように笑う両儀の様子に繭子は思う。
会話などなくていい。
ただ静かな彼の気配を感じていたい。
だからいつも重要なことを話せなくて、話さなくてもいいような気がしてあやふやなままそばにいる。
始めはもっと繭子にも余裕があった。
でもいつのまにかこんなに好きになっている。
八重桜の精霊が繭子の頬に寄り添った。
他の精霊たちも周りで踊りながら笑っている。
「ああ、ほら、見てください、繭子さん」
両儀がしめす方向へ視線をやると、うっすらと紫色に染まる空が見えた。
東の空が少しずつ明るくなっていく。
それに合わせて景色がはっきりとその形を世界に映した。
白い山肌。
霧氷の森が夜明けを迎えて目覚めだす。
眩しい朝の光がひと筋、強く湖に放たれた。
そして。