ifルート:椎名編
このお話は椎名が勝ちヒロインとなった世界線のお話となります。
多少のネタバレも含みますので、【ep.328 スイーツバイキング その9】まで読んでから読む事をオススメします。
『ツカサさん、私とお付き合いしてみませんか?』
とある日、椎名ちゃんからそのようなお言葉を頂いた。
ここしばらくは何の事件もなく、平穏無事な毎日に感謝していた矢先である。
「……えーっと、それは。何処か買い物に行きたいという事かな?」
聞き間違いや勘違いの可能性も考え、とりあえず聞き返してみたものの、椎名は予期していたかのように次の文章を書き込んでツカサへと見せる。
『いいえ、私とツカサさんで男女の交際を行いませんか、というお誘いです』
どうやら男女交際の話で合っているらしい。
「何をどうして急に……?」
彼女とはスイーツバイキングの時にちょっとした事件はあったものの、その後は特に大騒ぎすることなく有耶無耶になったものだとばかり思っていたのだが。
『私、天啓を受けたんです。“強請るな、勝ち取れ。さすれば与えられん”って』
「いやそれアニメのセリフじゃん……」
天啓というかタブレットでアニメを観たんだろうな。
あのアニメはボーイミーツガールのロボットものであったが、朝早くやっていたから視聴者はそれなりだったように思う。
かといって続編のアレはどうなのと思いつつ、今はそれどころではないのだった。
『で、どうですか? 今はお付き合いしている女性はいませんでしたよね? 私とか、声がなかなか出せないだけで優良物件ですよ?』
自ら優良物件と宣うのか。
「学生の身分でその自信はどこから来るの?」
思わずそんな声が漏れたが、椎名はしばらく考えた後にタブレットの画面を突きつけてきた。
『多少の痛い事なら慣れてます!』
「いやごめん重い! キミがどういう扱いを受けてきたか想像しちゃって重いよ!」
春日井の下でどんな境遇を受けてきたのかはツカサは聞いていないが、一時期は廃人手前まで堕ちていた様子であったからさぞ酷い扱いを受けてきたのだろう。
それを強みとして押し出されるとどう答えたものか分からなくなるではないか。
『冗談ですよ。料理は得意ですし成績だって悪くないです。何よりアナタにゾッコンですよ?』
……ゾッコンなんてもはや死語だと思っていたが、現役の学生がそれを使うのか。
いやまぁそれよりももっと驚くべきところはあるんだが、今下手に考え込むと顔が赤くなりかねないのでスルーする方向で。
「……ゴホン、とにかく! 俺は未成年者と付き合う気はありません! 歳の近い人ときちんとした恋愛をしなさい」
惜しくない、と言えば嘘になるが、それでも未来ある少女の相手がツカサでは可哀想ではないか。
歳の差というのもあるが、いつ死ぬかも分からないツカサに伴侶なんて勿体ないという気持ちもある。
何より椎名ちゃんには幸せになって欲しいのだ。
『私、ツカサさんのこと大好きですよ? 一生を添い遂げる覚悟もありますよ?』
「ぐっ……!」
そんな熱烈に告白されると弱い。……それでも!
時には心を鬼にして突き放さねばならない時がある。
椎名ちゃんの幸せを祈るならば、そうするしかないのだ。
「だ、ダメだ……。気持ちは嬉しいけれど……! ほ、ほら、法律的に未成年と付き合っちゃいけないからさ! だから考え直してよ!」
最終兵器、『法がそう定めたのだから』。
そもそも法律なんかクソ喰らえと、真っ向から対立していた悪の組織の一員が何言ってんだという話は置いておく。
そう言われた椎名ちゃんは泣きそうな表情を見せた後、自身の胸に手を当ててしばらく熟考し……。
『分かりました』
そう納得してくれ
『つまり二十歳になったら付き合ってくれるんですね?』
納得なんてしていなかった。
「……いやいや、キミのような可愛い子が学生時代に恋愛しないだなんて勿体ないよ? 青春短し恋せよ乙女って言うじゃないか」
『恋ならもうしてますよ。相手がなかなか堕ちてくれないだけで』
「ぐっ……!?」
もはや好意を隠す気すら無くなった椎名ちゃんは、言質は取ったと言わんばかりの笑みを零し、
『私の二十歳の誕生日に告白しますので、それまで絶対に逃がしませんから』
そんな事を言い出した。
「いや、あの……」
『それでは今日は失礼しますね。また明日』
言いたいことは言い切ったとばかりに椎名ちゃんは踵を返し去っていく。
落ち着く時間が欲しかったツカサ的にも有難いのだが……。
「……また明日って言った?」
もしかして“逃がさない”とは“二十歳まで毎日通いつめる”という話だったり……しないよね?
◇
翌日、ツカサが仕事から帰った自宅には既に椎名ちゃんが居て、カレンへと菓子折を持って挨拶しに来ていた。
どうやら本当に毎日通いつめる気らしい。
♪
とある日。
『ツカサさん、映画を観に行きませんか?』
そう椎名ちゃんにお誘いを受けた。
暇だったのでついていったが、面白かった。
♪
とある日。
買い物がしたいから付いてきて欲しいと言われ、ちょうど暇だったからと了承したらツカサの服を大量に購入する事になった。
カレン曰く「椎名さんかなりセンスがいいので、今後余所行きする時は貰ったメモ通りの組み合わせで着ていきましょう」とのこと。
渋谷を歩いていても浮かなくなった。凄いな。
♪
とある日。
『ツカサさん、ちょっと後ろを向いてもらえませんか?』
普段通りに遊びにきていた椎名ちゃんにそう言われ、振り返る。
何をされるのかちょっとドキドキしてしまうが……。
「……ツカサさん、私話せるようになったよ?」
耳元でそう囁かれ、心臓が飛び出るほど驚いた。
その時の様子をしばらくからかわれた。
♪
とある日。
「ツカサさん! 私オペラ歌手としてデビューしたよ!」
「なんだって!? じゃあお祝いに何か食べに行く?」
「んー……。私は外に出るより、ツカサさんの手料理が食べたいな♪」
「……大したものは作れないけど……」
「私の為に作ってくれるってのが萌えポイントなのです」
♪
とある日。
「ツカサさん、デートしよっ♪」
もはやデートと言ってはばからなくなったな。
これでもまだ付き合ってないつもりなんだけど?
「そう言いつつ、なし崩し的に数年も私のワガママにずっと付き合ってるんだからそろそろ諦めた方がいいと思うよ?」
ぐうの音も出ない。
◇
ついにその日がやってきた。
「誕生日おめでとう、美穂ちゃん」
初めて自分から予約した高級レストランにて、ツカサは椎名と向かい合って座っていた。
下の名前で呼んでいるのは、そう呼ぶようにと強制されてからである。
「ありがと、すっごい嬉しい……」
二十歳の誕生日を迎えた椎名はとても大人びて見えた。
昔は栄養失調でガリガリに痩せていた身体も、今ではモデルとしてもやっていけるような抜群のスタイルを誇っている。
芸能人となった土浦に何度か写真集を出さないかと誘われたりもしているそうだ。
凄いね。
「……それで、プレゼントは何を貰えるのかな? 私、ずっとそれが楽しみだったんだけど」
白ワインを片手に少し顔を赤らめながら、椎名は強請るような目線でツカサを見やる。
まぁ『きっと美穂ちゃんが喜ぶものをあげるよ』とツカサ自身が宣言したので、ハードルを上げたのはツカサ自身なのだが。
「……まぁ、頃合だよね」
ツカサはヴォルト・ギア(高級店用タイプ)から細長い箱を取り出すと、椎名へと手渡す。
「ん……ありがと。開けてみてもいい?」
一瞬だけ露骨にテンションが下がったようだが、流石に怒って出ていくような事はしなかった。
どうぞと促せば、椎名な丁寧にラッピングを剥がして箱を開ける。
「これは……ネックレス?」
「そう、前に欲しいって言ってたやつ。誕生日プレゼントにピッタリかなって思って」
オペラ歌手として大成した椎名でもちょっと無理をしなければ買えないようなお値段だったが、今のツカサならば苦ではない。
「で、こっちが本命」
「え?」
何も相手の誕生日に欲しい物をあげるだけで済ます必要などないのだ。
だからこそと、ツカサはもうひとつのプレゼントである指輪ケースを取り出し、椎名に向けて開いて見せた。
そこに入れているのはもちろん、この日の為にと用意した婚約指輪。
「美穂ちゃん、ずっと待たせてごめんね。……俺と結婚してくれないかな?」
それを聞いた瞬間、椎名の目に涙が溜まり……。
「──ばかっ。 “正式に付き合って”って言われるかもって期待してたのに、一足飛びで期待値超えるなんて………ばかっ。 ……大好き」
椎名はおずおずと手を伸ばして指輪を手に取ると、それを左手の薬指へと納める。
事前にサイズも測っておいたのでピッタリだ。
数十秒ほどその指輪を眺めていた椎名は、待ちぼうけをくらっているツカサを見て、
「私も、ずっと貴方を愛しています。どうか私を貴方の奥さんにしてください」
そう言って、微笑んでくれた。
いかがだったでしょうか?
私は個別ルートってものが大好きでして、ヒロインが多ければそれだけエンディングの数も多い方が良いってタイプの人間なのです。
つまり何が言いたいかといえば、今後も『本編のどこそこで分岐した』ヒロイン達と結ばれるルートみたいなのを書いていきたいな、というお話でした。
……だってこれだけ多くのヒロインを描いておいて、結ばれるのがたった一人だなんて寂しいじゃないですか(それでも意地でも本編に入れない)。
このifシリーズは今後も続けていこうかと思っていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。




