秩父の夜空と、ウラバナシ
こちら、『悪の組織とその美学』作中の「秩父の夜空と黒、青」の時系列時点でのこぼれ話となっております。
本編を楽しんだ後に読んで頂くことをおすすめします。
「あら、ウンディーネじゃない? お久しぶり、元気だったかしら?」
「………ヴォルト、ではない……ですね? だけど私の知るヴォルトにも似ている。どなたですか?」
秩父の山奥のとある場所で黒雷とブレイヴ・ウンディーネが邂逅する中、その裏でもうひとつの再会があった。
「ふふ、今はまだヴォルトでいいわ。まだシンカしきれていない、名も無き精霊だもの」
「では私のことはウェンディと。大切な主に付けていただいた名前ですから」
人間には認識できない空間。精霊達が物質界に顕現しているのとは別に、もうひとつの視界を持つ異次元。
俗に言われる精霊界と認知される場所で、ヴォルトと呼ばれていたモノと、ウェンディと名の付いたモノが出会ったのだ。
「貴女はその男性と共に居たのですね。チカラは感じるけれど、どちらにも姿を見せないので、てっきり物質に封印されて酷使されているものとばかり思っていました」
ウェンディはじりじりと距離を測りつつ、ヴォルトの出方を伺っていた。
何せこのウェンディは、このヴォルトと昔から相性が悪いのである。
清廉であれとされたウンディーネという精霊達の中でも、特にお堅い性格と言われたウェンディ。
それとは対照的に、即物的で快楽主義のヴォルト。
水と雷。
雨雲より生じるが、水を分解してしまえるもの。
あまりいい印象はない。
「だってあの天使に見つかると面倒だし。そろそろ別のヴォルトを採用してくれたかしら?」
「彼は今も貴女を探していますよ。貴女以上にチカラを持ったヴォルトはいませんから」
「ああ、めんどくさいわね。私にはあの天使の『女の子至上主義』が未だに理解できないわ」
「主もその友人も、いい人ですよ?」
ウェンディからすれば、あれ程精霊と波長が似通った人間を見つけ出せる眼は流石のものだと思うが。
「私は自分のやりたいようにやるわ。天使の指示なんて真っ平御免よ」
これだ。気まぐれで天邪鬼で傍若無人。
どこまでも自分本位。
これを選ぶ彼もまた好きものだと思うけれど。
「なぁに、その目?」
「いいえ、別に」
「ふーん」
ヴォルトは楽しそうだ。
「そういえば貴女のパートナー、起きたみたいよ?」
「あ、みたいですね」
もうひとつの視点。物質界側を観ていたヴォルトが声を掛けてくる。
その後にヴォルトは笑い、
「もし変身なんかしたら、私は貴女をどうにかしてしまうわよ?」
ウェンディは美月の前に出るなり否定の姿勢を示したが伝わっただろうか。ちゃんと伝わっただろうか。
その間もヴォルトは楽しそうに微笑んでいた。
「大変ね」
「誰のせいで……!」
憤ったところで何処吹く風だ。
ウェンディは諦めて、美月の様子を見守ることにした。
◇
「あらヤダあの子、お揃いの黒タイツを着たわよ!」
「貴女の主だって着ているじゃないですか」
「男と女で見た目の悲惨さは違わない?」
「………そうですね」
全身黒タイツを着た美月を嘆き。
「ワイバーン肉って美味しいのかしら?」
「私達には食べられないでしょう?」
「あら、貴女は食べられないの? おっくれってるぅ~♪」
「ぐぬぬ」
未だシンカの兆しがない自身を呻き。
「……人間社会の事は分かりませんが、なかなか過酷な話なようですね」
「そんなものなのでしょう。ガクセイとシャカイジンでは生活が全く違うと聞いているしね」
「そういうものですか」
「そういうものよ」
人間社会について理解を深めたり。
美月達の会話の裏で、そんな話をしていた。
◇
「そうだ。これも何かの縁って事で、これをあげるわ」
そう言って投げられたのは何かの鉱石だ。
「デブリヘイムから採れる鉱石よ。取り込めば貴女の性質なら飲料水の味くらい分かるようになるかもね?」
そう言われて、悔し紛れにひと飲みにする。
「ふふっ……。じゃあ、はい。日本酒♪」
「…………なんで、そんなものを?」
「いいからいいから♪」
ヴォルトがいつの間にか用意していた徳利とお猪口。トクトクと透明な液体をなみなみと注がれ、ウェンディは後に引けなくされる。
「カンパーイ♪」
「………乾杯」
苦手に思っていた相手にお酌され、初めて口に含むのは俗に清酒と呼ばれるものだ。
神聖なるモノに捧げるものとして一般的なものだが、精霊であるウェンディはその酒精も味も感じたことは無かった。
「こういう日くらい楽しむものよ」
そうヴォルトに言われたから、というわけではないが。
のんびりと会話を楽しむふたりにあてられたのか。
ただたまにはこういうのもいいなと、思ってしまうウェンディであった。