8 男爵家のマナー
ネイベット侯爵はサラサラとメモをとっていく。
「かしこまりました。王妃陛下のご昼食もご一緒に用意いたします。
では、私どもはボーラン嬢のお部屋の準備がございますのでこれで。
レンエール殿下、ボーラン嬢。ご婚約、おめでとうございます」
ネイベット侯爵とお付きの文官が恭しく頭を垂れた。
「ありがとう!」
サビマナは明るく答える。レンエールはそれを嬉しそうにして、サビマナの手を握ってからネイベット侯爵へ向いた。
「ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
庭園から王城へと歩み出したネイベット侯爵がどのような形相であったかは、レンエールたちは知る由もない。
庭園でのお茶会はそれからは穏やかな空気で終わり、ボーラン男爵親子は笑顔で帰っていった。
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そして、翌日午前中、王城の会議室の一室はさながら生地店のようであり、宝石店のようであり、洋品店のようであり、化粧品店のようであった。王妃とボーラン男爵夫人とサビマナだけでなく、王宮メイドたちも王妃の許可を得て嬉々として物色していた。
ボーラン男爵と男爵子息は、採寸だけでヘトヘトになっており、早々に用意されていた別室へと逃げ込んだ。
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女性のドレスに対する情熱は凄まじいもので、ほぼ何も決まらず昼食となった。
王妃とレンエールとボーラン男爵家四人がメイドに案内されて王城の会議室に用意されたテーブルについた。そこにはネイベット侯爵が先に来ており、同席していた。
メイドが給仕して、食事が始まった。昼食はボーラン男爵一家からすると大変豪華であったので、四人は喜び勇んでガッツく。
ボーラン男爵家四人は、誰一人としてマナーができているものがおらず、それゆえ、本人たちはマナーができていないことに気が付かずにいた。
レンエールは最初は驚いていたが、王妃が眉を顰めていないことを確かめて、特に指摘はしなかった。レンエールはこれからサビマナに施される教育に含まれるのだろうと思ったのだ。
その推察は正しい。だが、『そんな基礎からやらねばならないということは、一年で王子妃教育ができるのか?』とまでは考えが至らなかった。
食事の後、お茶をした。ボーラン一家はもちろんかちゃかちゃと食器の音をさせてしまう。
しばらくすると国王の帰還の知らせが入り、別の会議室へと移動した。
昼食を共にした者たちが会議室で待っていると国王が入室してきて、国王のはからいで昨日のような雰囲気になった。
「とりあえず、ボーラン嬢のドレスは三枚で、それに合わせたアクセサリーも用意しましょう。今回は急ぎですから、色決めだけにしてデザインは仕立て屋に任せましょう」
男爵家からすれば、その仕立て屋なら既製品でも十分に高価なものだったので、サビマナは王妃の提案に快く頷いた。
文官がネイベット侯爵に書類を渡した。ネイベット侯爵はそれをボーラン男爵の前に置いた。
「では、こちらが一月分の経費です。一週間以内にご用意ください」
ボーラン男爵は、疑問を浮かべたままその書類を手にして中身を見た。あまりの金額に、ボーラン男爵は二度見する。何度見ても金額が変わることはない。
「な! なんですかっ!? この金額は?」
ボーラン男爵の慌てぶりに、ボーラン男爵夫人と子息が、父親の手元を覗き込んだ。ボーラン男爵夫人は卒倒した。サビマナより十歳ほども年上のボーラン男爵子息はソファの背に倒れた。
「ですから、ボーラン嬢のための経費ですよ」
ネイベット侯爵はボーラン男爵が理解してないことを驚いているという表情だ。




