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36 恋の作用

 レンエールが少し落ち着いたことを見てノマーリンが声をかけた。


「冷たい物でも頼みますか?」


「いや、この顔を見せるのはノマーリンだけがいい」


「まあ! うふふ」


 『バザジール嬢』から『ノマーリン』になったことに、レンエールは気が付かないが、ノマーリンは気が付いている。だが、追求はしない。


「殿下」


「うん……」


 レンエールは自然に顔がほころぶ。目線は落としているが口元が穏やかに緩む。


「将来国王となる方として、気が付かれたことがおありになったのでしたら、よろしかったですわ」


「よくはないだろう?」


 レンエールはほころんだ困り顔をした。ノマーリンは笑顔を絶やさない。


「いえ、殿下のご成長に繋がったのでしたら、よかったことなのです」


「まだ成長はしていないよ。気が付いただけだ」


「では、これからご成長なさるのでしょう?」


「うん。もちろんそのつもりだよ。バロームには苦労をかけているけどとても頼りにしている」


「わたくしもバローム様のご指導にあやかりましたわ。コリンヌ様―バロームの妻で主に淑女講師―にもとてもよくしていただきました」


 レンエールはコリンヌに逆らってばかりいたサビマナを思い出して苦笑いする。コリンヌは本来淑女講師だが、サビマナはそのレベルまで達していなかったので食事のマナーしか教えていない。初日にメイドをしていたのは、サビマナの本来の実力を見るためだった。


 ノマーリンがコップに水差しから水を注ぎ二人の前に並べた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 ノマーリンのさり気無い優しさにホッとする。


「いえ」


 二人ともそれを口にして、ふぅと一息ついた。


「殿下は恋をなさったのですわね」


 レンエールは慈愛の籠もるノマーリンの笑顔にもう一度泣きそうになった。息をゴクリと呑んで我慢する。


「恋……か……」


「恋は熱。恋は盲目。恋はバカになる。

よく言われておりますが、いかがでしたの?」


 クスクスと笑いながら質問するノマーリンは決して嫌味には見えない。レンエールをからかってはいるのだろうが。


「そ、そうだな。そうだった気がするよ」


 レンエールは恥ずかしくなって残りの水を一気に飲んで顔を隠した。そして、深呼吸する。


「母上は『真実の愛』と言っていたが、『恋』の方がしっくりくるな」


「恋は夢。

殿下は夢からお覚めになりましたの?」


「うん。俺は目が覚めた。そして、自分が恥ずかしくなった。自分が人として足りないと感じた。自分が国王になるにはまだまだなのだと理解した。

そして……」


「そして?」


「そして、一人では何もできないのだとわかったんだ……」


「そうですか。本当に恋をなさってよろしかったですわ」


 ノマーリンも水を一口飲む。


「殿下のお顔もお戻りになりましたし、お紅茶のおかわりをいただきませんか?」


「あ、気が利かなくてすまない。そうしよう」


 メイドがお茶を淹れている間、二人はなんとなく隣国の話をした。メイドが下がる。


「本当にお勉強を頑張っていらっしゃるのですね。素晴らしいですわ」


「四ヶ月前にはこのような話もできなかったな。上辺だけだった。テストさえ終わればすべて忘れ果てていた。情けないよ」


「ですが、一度はキチンとおやりになったことですもの。復習したら思い出したとお考えになればよろしいのですわ」


「あはは。ノマーリンは俺を乗せるのが上手いな。昔はそうやって俺のやる気を上げてくれていた。

それなのに、俺は……『やらなくてもいい』などという甘言に惑わされ、自分に甘えていたのだ。

かっこ悪いな……」


「それで今はそんなに懸命に学ばれておりますのね」


「ああ。いつか恥ずかしくない王子になるように頑張るよ」


 ノマーリンは大変美しくにっこりとし、それを見たレンエールは頬を染めて誤魔化すようにお菓子を口にした。

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