30 ゾフキロの仕事
ボーラン男爵家にとって、サビマナが平民になったことも、婚姻が成ったことも初耳だったのだ。サビマナ自身も驚いている。
「ど、どうしてっ?!
私はレンと結婚するんじゃないのっ?!」
サビマナは四日前にレンエールに向かって『レンと結婚は無理』と宣言したことを忘れているのか、単に図々しいだけなのか、それとも精神的に不安定なのか、王家に嫁ぐと思っていたかのような言葉を投げた。
「貴女が王家を裏切ったことは変わらぬ事実ですよ。それに今は平民です。それなのに殿下との婚姻は何をおいてもありえません」
ネイベット侯爵が冷たく突き放した。
ボーラン男爵は汗を滝のように流してよろめいた。ボーラン男爵夫人が男爵の額の汗を拭い必死に声をかける。ボーラン男爵子息は口をパカンと開けていた。
「それともゾフキロと婚姻せずにお一人で市井で暮らしますか?」
三年前まで平民であったサビマナだ。一人で生きていくことは無理な話ではない。だが、先立つものもないのだ。生きていくために娼館へ行くことになるだろう。
サビマナはそこまで想像して眉根を寄せた。
だが、ネイベット侯爵の言葉はさらに眉根を寄せるようなものだった。
ネイベット侯爵は目を細めてサビマナを睨んだ。
「貴女によって王家の醜聞を撒き散らされては困りますので、国境付近の街へ護送することになりますよ。ボーラン男爵領とは反対方面の、です。
今なら婚姻無効を受け入れますよ」
あからさまな脅迫にサビマナは瞠目した。
「大臣……」
レンエールが小さな声でネイベット侯爵を叱責する。だが、内容を否定はしない。つまりは、言い方に問題があるだけで、事実だということだろう。
サビマナのショックを他所に、ムアコル侯爵とゾフキロの話は進んだ。
「婚姻に関係なく、殿下がお前に仕事を用意してくださった。南の辺境伯軍の参謀見習いだ。現辺境伯殿が片腕となる若者を所望していてな。お前を推薦してくれたのだ」
ゾフキロは文武両道であった。サビマナに懸想し両陛下からの評価は落ちたが、元は優秀な男なのだ。
平民となるのに辺境伯の片腕など、破格の待遇であることは明らかである。
ゾフキロはレンエールの目をしっかりと見てからゆっくりと頭を下げた。
「国防の要だ。ゾフィの能力を遺憾なく発揮してくれ」
バザジール公爵はチラリとレンエールを見た。レンエールはその意味を理解しているが、『ここは許せ』と苦笑いを返した。
頭を上げたゾフキロはレンエールに愛称を呼ばれたことに破顔した。それから、ハッとして父親を見た。
「父上と兄上はどうなさるのですか?」
「恩情をいただき、騎士団に所属し続け、心身ともに国王陛下に捧げることを誓うことになった。
元々そのつもりなのだ。お咎めなしと同意だな。ムアコル侯爵家は子々孫々まで王家に忠誠を誓う。
ゾフキロ。お前も元ムアコル侯爵家の者として国に貢献しなさい」
「はい。父上。南の辺境伯様のお役に立てるよう精進いたし、ひいては国のためになりますよう努力いたします」
ムアコル侯爵はゾフキロの肩をポンと叩いて頷いた。
「ゾフキロはこれからのことを決めたようですね。サビマナはどうしますか?」
ネイベット侯爵は先日までは『ボーラン嬢』と呼んでいたが、平民として扱っているので『サビマナ』と呼んでいる。にもかかわらず、サビマナは自分が平民になることを納得していないので、決断ができずに黙っていた。
レンエールは答えないサビマナを急かすことをしないようにと考えた。
「大臣。先にボーラン男爵の話を進めよう」
レンエールはネイベット侯爵を促した。ボーラン男爵一家がビクリとした。
「かしこまりました」
ネイベット侯爵が手元の資料を開いた。




