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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かくれんぼする部屋

作者: はっか

「夏のホラー2021」投稿用作品です。


※行間や細かい表現を少し修正しました(8月8日)


 Y子さんと出会ったのは、とあるバーだった。


行きつけというわけではなく友人と飲んだ帰り道に見つけたこじんまりとしたバーで、まだ飲み足りないなと思いフラッと立ち寄ったバーだった。


店内に客はまばらで込み合っていない。装飾は上品でうるさくなく、BGMは静かに流れるピアノの旋律でカジュアルなのにハイクラスな雰囲気を感じさせた。


カウンターに座り、何となく酸味と少しの甘みが欲しくてバラライカを頼んだ直後だった。



「あの、強めのお酒をお願いします」



か細い女性の声が右側から聞こえた。

見ると二席空けてとなりに女性がちょこんと座り、泣きそうな表情でオーダーしたところだった。

焦げ茶色の肩につくぐらいの髪を耳にかけ、服装は橙色を基調としたオフィスカジュアル。20代中頃に見えた。


失恋でもしたのかな?──そのくらいの気持ちであとは彼女から目を放した。


およそ10分後、その考えは見事に打ち砕かれる。





「もう、どうしたらいいのかわからないんです」




涙目一歩手前の焦げ茶色の髪の女性──Y子さんは私が奢ったチョコレートを一粒舐め、ぽつりと呟いた。

悲壮感漂う女性がどうにも気になり、元々酔いが程よく回っていたのもあり泣きそうな女性に気安く甘味を奢ったのがきっかけだった。酒の勢いがあってこその行動だ。


突然、目の前にチョコレートを出された女性は途方に暮れていた目をキョトンとさせ、マスターから事情を聞いた彼女は私に頭を下げた。



「甘いものは気分を浮上させる効果があるみたいですから、お気になさらず」



その後、私と彼女は隣同士の席に移動し今に至るというわけである。




「どう、とは?」


「・・・家がおかしいんです」



Y子さんはここ二週間ほど悩まされているある現象について語り始めた。





「最初は些細な事でした」




ーーー


ーー




「あら?ハサミはどこかしら」



引っ越しを終えたばかりのY子さんは荷解きのため忙しく開梱作業に勤しんでいた。

束ねていたひもを切るためのハサミが見つからず首を傾ける。さっきまで使って無造作に放り出したハサミは、置いたはずのそこから姿を消していた。


最初は別の場所に置いて忘れてしまったのだろうかと思っていた。まあいいか、それならキッチンバサミで代用してしまえばいいぐらいの軽いものだった。


荷解きがある程度終わり今日はもう休もうとお風呂の準備を始めた頃、脱衣所でハサミを見つけた。

まったく意識していなかった頃にどこかに置き忘れたと思っていたハサミが姿を現したのだ。


なんでこんなところにあるのかわからないが、さほど気にせずその日は終わった。



次の日、今度は果物ナイフが無くなった。

朝食代わりにリンゴを剥こうとして引き出しを漁ったY子さんは、別のところに入れたのだろうか?と他の引き出しを探す。キッチンにある引き出しを全て探しても果物ナイフはついぞ見つからなかった。


果物ナイフのことなどすっかり忘れたその日の晩のことだった。

寝ようとリビングの電気を消し部屋をあとにしたその時、後ろからカチャンという音が聞こえた。たった今出てきたリビングからだった。


何か落ちたのかな?


リビングのドアを開け、電気をつける。

先程までY子さんがお茶を飲んでいたガラステーブルの上に、無くしたと思っていた果物ナイフがあった。



「鞘がなくて、抜き身のままだったんです」


「鞘はみつかったんですか?」


「はい。なぜかキッチンの引き出しの中に…。一番最初に探した引き出しにありました」



異変は連日続いた。

テーブル下の文房具入れに入れたはずのカッターナイフが玄関に、キッチンバサミがクローゼットの中に、裁縫箱に入れてあったはずの裁ちハサミがトイレの蓋の上にあった。



「お気づきかと思いますが、全て刃物なんです」



何かがおかしい。

そう思ったら嫌な考えが止まらなくなった。



「もしかしたら以前、この部屋で何かあったのかと思って不動産屋さんに聞いたんです。でも何もないの一点張りでした」



何もないと言われてしまったらこれ以上聞きようがない。だが置き忘れや気のせいにするには異常すぎた。

今のところ日常生活に支障はないため、なんとか日々を過ごしているという状態だった。



「必要な時になくなって、忘れた頃にひょっこり現れるんです。まるで刃物とかくれんぼしているような感じでした」



探しているときは刃物が隠れており、もういいやと思ったら出てくる…。なるほど、まるでかくれんぼのようだ。


確かに不思議だがこんないたずらレベルの現象だけならY子さんはここまで憔悴しない。



「ここ2日、今までとは違う事があって…」




Y子さんが寝室で寝ている時だった。


ガッ、ガッという鈍い音がどこからか聞こえてきた。

何かを引っ掛けるような、叩きつけるような音だったという。

枕元のスタンドライトをつけて部屋を見回すが異変は見当たらない。


寝室の外に出てまで音の正体を確認する気力はなかった。連日の刃物のかくれんぼで心が休まらないせいか、なかなか寝付けず寝不足気味のY子さんはようやく訪れた眠気に抗いたくなかったのだ。



次の日、いつも通りの時間に目を覚ましたY子さんは洗面所へ向かおうと寝室を出た。



「え、なにこれ!」



寝室を出てすぐ目の前の壁がズタボロになっていた。

大きな動物が壁紙を引っ掻いたような、だが規則的な引っ掻きキズではなく。


呆然とするY子さんの足元に何かがあたった。

視線を落とすとそこには包丁が転がっており、剥がれた壁紙のクズが散らばっていた。

Y子さんが寝入り端に聞いた鈍い音は包丁で壁を引っ掻く音だったのだろうか?



「わけがわからないですよね。でもその日は朝起きてから夜寝るまで包丁が必要なことはなかったんです」



なのに、包丁が勝手に隠れてY子さんが寝る頃に出てきた…?だとしても、だ。



「今までと違う出現の仕方ですね」


「そうなんですよね。でもその時は麻痺してたのか、『敷金どうしよう』なんて考えてました」


Y子さんはほんの少し微笑んでそう言ったあと、「でもこのあと起きた事で命の危機を感じました」と続けた。




散らばったゴミを片付けたあと、Y子さんは家中の刃物という刃物を集めて袋に入れ、ガムテープでぐるぐる巻きにして段ボールに放り込んだ。箱が開かないようにテープで止めて、クローゼットの奥に押し込む。


不便だがしばらくは刃物のない生活をしようと決めた。これが昨日のことだ。



昨夜は久々に穏やかな気分で布団に入ったという。

刃物は全て梱包して、すぐに取り出すことは出来ない。

どう頑張っても刃物が出てくることはないはずだ。だって、全て隠したんだから──。



「昨日は一度も刃物が必要なことはありませんでした。なので『刃物がなくてももういいや』なんて思っていませんでした」



日中は刃物のかくれんぼが起きることはなかった。

だからY子さんは安心して眠ったのだ。


なのに異変は起きた。



「夢を、見たんです」



夢の中でY子さんは街中を走っていた。

自分が住んでいる街ではない。でもどこか見覚えがある街だったという。


夕焼けか朝焼けかわからないが真っ赤に染まった街の中をひたすら走っていた。Y子さん以外の人影は見当たらない。

目的もなく、どこに行けばいいのかもわからないが何かに()()()()()()()()()()という思いで走っていた。


物影に隠れたY子さんは「ここまで来れば大丈夫」と息を整える。追いかけてくるモノがないか物影から少しだけ顔を出すと何かが自分めがけて飛んできているのが見えた。


それは真っ直ぐ、地面と水平にY子さんに向かって飛んできている。

とんでもなく早い速度なのにスローモーションのように見えていた。


あれはなんだろう?あれは……。

「ああ、刃物だ」と認識した時には、それはすぐ目の前まで迫っていた。



「『もうダメだ、()()()()()』と思った瞬間、目が覚めました。起きてしばらくは現実なのか夢なのか分からず自分の心臓の音だけが聞こえてました」



落ち着くまで実際は起きて数秒ほどだろうか。夢だったんだとわかったあと、朝日が差し込み部屋が明るくなり始めていたのに気づいた。


起きあがろうと目線を動かすと、目線の右端に何か鈍く光るものがあるのに気づいた。

Y子さんはそおっと首を右に動かす。



「包丁が…枕に刺さっていたんです」



声も出ないまま固まってしまったという。



「まさかと思ってクローゼットを確認すると、クローゼットの扉が開いてました。刃物を梱包した段ボールはボロボロになって穴が開いてて・・・刃物が全てクローゼット内に散らばってました。服もいくつか切り裂かれてました。あとで気づいたんですけど、クローゼットの扉の内側に引っ掻いたようなキズがありました。その、刃物で、引っ掻いたような…」



その惨状を確認したY子さんは正体不明の恐怖で泣き出すのをなんとかこらえたらしい。夢とは思えないリアリティのある夢と、最近の刃物のかくれんぼ騒動で心が完全に疲れ果ててしまっていたのだ。


震える手でなんとか刃物をかき集め、新しい段ボール(とはいっても引っ越しで使用済みの捨てるだけだった段ボール)に入れてガムテープで隙間なくビッチリと止めた。さらに麻紐できつく縛り、ベランダに出してから仕事へと向かった。部屋を出るときに聞こえたガチャガチャという金属音は気のせいだと思って部屋をあとにした。



仕事が終わり、家へ帰らなければ行けない。だが、万が一、刃物たちが箱から出て部屋の中にあったら?部屋に入った瞬間に刃物が襲ってきたら?嫌なイメージがあふれ、どうしても家に帰れないのだという。



「強いお酒で気持ちを大きくすれば帰れるかと思ったんですけどね・・・」



そう言うとフレンチコネクションを舐めるように飲み、最後のチョコレートを口へ運ぶ。

どう見ても気持ちが大きくなったようには見えない。



「家に帰れそうですか?」


「いえ・・・。でも帰らないといけません。明日も仕事がありますし」



困ったように呟くと、Y子さんは突然ハッと表情を変えた。

そしておもむろに私にこう言ったのである。



「あの!こんなこと、初対面の人に言う事じゃないんですけどうちへ一緒に来てくれませんか!?誰かと一緒なら心強いし」



妙齢の女性に家に来てくれと言われて心臓が跳ねないわけがない。だがこのときばかりは戸惑いの方が強かった。



「いや、あの、それはさすがに無理かと」



5分ほど押問答をした結果、今日はマンションの前まで送り、携帯番号を交換して何かあったら相談にのるということで落ち着いた。

マンションに入っていくY子さんを見送りながら何かあれば連絡が来るだろうと考えていた。だが私の携帯にY子さんから着信が来る事は一度もなかった。



Y子さんと出会ってから一週間後、なんの音沙汰もないのが逆に気になりマンションに行ってみた。

一週間前と変わらずそこにあるマンション。その前をほうきで掃く初老の男性がいた。おそらく管理人だろうとあたりをつけて声をかける。



「すみません。こちらのマンションに住むY子さんという女性の知人なんですが・・・」



怪しまれないように多少の脚色を加えながら話しかけた。Y子さんの近況が知りたくて、何もなければすぐに退散するつもりだった。だが男性は「ああ」と重い口調で話し始めた。


「○号室のY子さんなら、一週間前から行方不明なんだよ。部屋中めちゃくちゃでさ。最初は物盗りに入られたとか思って警察呼んだり大変だったよ。でも貴重品も財布も通勤バッグもそのままでね。Y子さんだけがいなくなっちゃったんだよ」



「あ、の・・・それは一体・・・あの、本当にY子さんは・・・?」


「驚くのも無理ないよ、俺だってびっくりしたさ。一応まだ警察は事件と事故の両面から捜査してるそうだよ。ああ、あとまだおかしな点があってね──。

Y子さんの部屋の中、めちゃくちゃだったって言ったろ?それ、いろんな刃物で傷つけたみたいだったらしいよ。しかも肝心の刃物は一切見当たらないって」


「刃物が一切見当たらない?」


「なんにもないんだってさ、刃物が」



瞬間、私の脳裏によぎったのはY子さんが刃物から隠れる様子だった。一週間前、バーで聞いたY子さんの夢のような──その様子が鮮明に思い浮かぶ。違う点はY子さんを探しているのは包丁だけではないということだけで。



恐ろしい仮説が立った。

刃物のかくれんぼではなく、もしかしたら()()()Y()()()()()()()()()()をしていたのではないか?

ずっと鬼だったY子さんは今度は隠れる側になったのでは?


真実はわからないままだ。

だが予感がする。Y子さんが見つかるときは消えた刃物たちに見つかったときなのだと。

それは、つまり・・・。




読んでくださりありがとうございました。

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