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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドッペルゲンガー

作者: 無川 凡二

 今日も、この街で人が死んだ。

 火葬場から立ち昇る煙が地球を覆ってゆく。それは雨に乗って地上に死を降り注ぐ。

 誰にも止められない循環。遺骨が生んだ涙はいずれ街全体へと広がる。

 人々の世界への失望が街を包んでいた。

 人はいつか死ぬ。誰もが別れだけを等しく享受できる。

 そんなものに、何を期待しようというのだろうか?

 私はそれを理解しない。する必要がない。

 何故なら、私は永遠を既に手に入れているからだ。

 私には前世の記憶がある。そして、私は来世を作ることができる。

 私は不死身なのだ。だからこそ、この死の連鎖に呑まれた世界は、私には無関係のものなのだ。

 そう思ってから、私の脳裏は黙り込んだ。

 我ながらこの灰色の世界に対して、よくそこまで好弁を垂れることができるものだと感心する。再び生を受けて十三年、記憶が全てを教えてくれるこの乾いた世界に、私はただ枯れていた。

 目を開けても、目を瞑っても。そこに私の世界は無かった。

 それを私の思考が記憶を介して否定する。それが私の世界なのだ、と。

 知ったことか。

 私は道を走っていた。何も目に止めない様に。ドブの様に世界は淀んでいたからか、気分は悪くなかった。

 曇天を抜けて差し込む光たちに照らされて、街はぼんやりと滲んでいる。

 気が付くと、私の前には、スクランブル交差点を横行する群衆が広がっていた。ある一人は仕事で忙しそうなサラリーマン、またある一人は屈託なくはにかみながら友人と話をしている少女。皆繋がりに絡めとられていた。あるものは今にも背に死神が見えそうな老人で、またあるものは大きくなった腹を愛おしげに撫でている母親だった。

 誰もが死という重力に引き寄せられながら、過去と今と未来を持っている。私は一人無重力の中を漂いながら、未来へと落ちてゆくものたちを眺めていた。

 信号が赤に近づくことで、それまでゆったりと歩いていたその流れは焦り始めて、濁流の様に急いで向こう岸へと渡った。

 立ち止まってそれを見ていた私は、見飽きて立ち去ろうとした。しかし、その中の一人が私の方へ歩み寄ってくることに気付いて、足を止める。

 それは丁度、最初に目についた雑踏に居た妊婦だった。

「こんにちは那由多君」女は私にそう言った。

 私は彼女を知っていた。とは言っても記憶の話だ。つまりはこの場においては初対面に等しかった。

「私、あなたのお父さんの教子なんです」

 女は一人語り出した。結婚をしたこと、もうすぐ子供が生まれること。それを手紙で報告したが返事が来なかったこと。

「先生は元気ですか?」

 私はその質問には答えたくなかった。私はうやむやに返して、社交辞令を述べながら立ち去った。女も、私の無関心を察したのか、それ以上は追求せず、「バイバイ」と笑顔で言って人混みに還って行った。

 一言おめでとう、と言えればよかったが。産声をあげようとしている死へとかける言葉は私の中には見つからず、記憶は関係ないとばかりに沈黙を通していた。


 人は誰しも自分が死ぬ事を知っている。それを運命と受け止め、諦めにも似た許容で包み背負っている。地の底を見据えながら落ちるものもいれば、目を逸らして空だけを瞳に写すものもいる。

 しかし、生まれる前の彼らはそれを知らなかった。物心がついた頃には既にそれを受け入れる道しか与えられず、逃げることも許されずに落下してゆく。

 誰もが自分の死を知らずして、空へと羽ばたくのだ。彼らはもれなく重力に捉まり落ちてゆく。

 生まれたことが最大の不幸で、その代償として生を得るのだ。

 死への羽ばたきが、個に与えられた宿命だった。


 無重力の中で、私の心臓は落ち着いていた。永遠の中では彼らの不幸など一瞬のものであり、その光は火花の様に消えてゆくだけなのだ。私は儚くも汚れている空気を吸い込み、息を吐いた。肺が腐り落ちる様な気分になってそこを後にする。それながら不思議と、気分は悪くはなかった。

 曇り空は悲しみを凝縮し、今にも雨を降らせそうな様相をしている。

 しばらくして、私は同級生と遭遇した。他には誰もいない公園で一人、サッカーボールを蹴りながら縦横無尽にその技を磨いていた。

 見なかったふりをして通り過ぎようとする私を、彼は呼び止める。

「おい! ナユタ。俺だ俺! こっちこいよ!」

 血気盛んな男子中学生は、普段話もしないクラスメイトに用などないだろうに。私は断る理由も特に無かったのでそれに応えた。

「今ヒマ? よかったら俺の練習に付き合ってくれない?」

 私は了承した。名前を聞くと、「クラスメイトの名前も覚えていないのかよ......」と酷く呆れた顔を見せた後、笑いながら、(ケイ)、と名乗った。

「ナユタはどうしてこんなとこほっつき歩いていたんだ? 家この辺だっけ?」

 蛍は、サッカーボールをきれいに私の元へ蹴り返しながら声を上げた。私はあまり慣れていない運動に戸惑う。明後日の方向へとボールを蹴り返しながら、そちらこそ何故一人で遊んでいるのか切り返す。

「俺? 俺は将来サッカー選手になりたいからだな」

 質問を質問で返されたことなど気にもしない様子で、蛍は夢の話をした。いつの間にか、明後日へと向かっていたであろうボールが私の元へ返ってくる。

「サッカークラブだとみんなとの練習はできてるけど、一人の練習も必要だし」

 私が蹴り返したボールは、蛍の様に相手の足元へと真っ直ぐ進む様なことはなく、そしてだんだんと右足の親指が痛くなってゆく。蛍は私の理不尽なほどの制御不能球を涼しい顔で受け入れていた。

 次に返ってきたボールを蹴り返そうとしたところで、ボールが足の裏に引っ掛かり、私は前のめりに転倒する。

 両手両膝に走った痛みに、私の正気が流されていった。その得体の知れない恐怖の発作に雁字搦めにされながら、私は起き上がれないでいた。

「ごめん! 大丈夫か?」

 盛大に倒れ込んだ私のもとに、蛍が駆け寄ってくる。蛍には非はなかっただろうが、真っ先に出てくる言葉がそれであるというのは彼の心根の現れだろうか。

 少しだけ正気を取り戻した私は謝罪をして、起き上がった。それでも、もう運動などやりたくは無かったのでそう言うと、蛍は分かった、と言った。話を続けるか一人で練習に戻るかを聞いたら、話を聞くと言う。練習はいいのかという私の問いに、蛍は、「そういうのも人生には必要なものだろ?」と言った。

 私は目眩がした。理解不能が脳裏を埋め尽くし、記憶がそれを拒んだ。

 私は、いつか死ぬというのに、何故失われるものに労を費やすことができるのかを聞いた。

 蛍は考えもしない事を聞いたかの様に目を見開いたあと、少し考えて、答えた。

「むしろ、いつか死ぬからなんじゃね? ほら、宿題とかも期限があるから取り組めるし」

 満足のゆく回答が得られなかった私は少し問いを変えて、取り組めるかどうかではなく、それをする事そのものにどんな意味を感じるのかを聞いた。

 蛍はまた、少し考えたあとうなずき、真っ直ぐに私の目を見て応えた。

「やっぱり、死ぬからこそだよ。生きるために夢が必要なんだ」

 蛍は自分の回答を噛み締める様に頷いた。私も理解をするのに十分な回答が得られたので、そうか、と応えた。

「ナユタには夢はないのか?」

 そう聞かれて私は少し考えたあと、ない、と応える。それは不死身になった時点で、もう既にかなっているものだった。蛍はそれを聞いて少し納得する様な顔をしたあと、笑った。

「そっか。見つかるといいな!」

 屈託のない笑顔だった。記憶はいまだに蛍を受け入れてはいなかったが、それでも私はこの悪意なきまっすぐな光を人間だと思った。夢は、人生というスケールに囚われなくなった私にとって、根本的に相入れないものの様だった。

 その時、とうとう空が泣き出し始めた。雲の涙腺は決壊し、すぐさま土砂降りへと変わる。

 私は火葬場の風景を思い出して、背筋が震えた。死の滴の一滴一滴が、私の肌を焦がす様だった。

 蛍は焦った様子で、帰り支度を始めていた。傘を持っていないようで今にも走り出しそうな様子だった。私は、荷物から折り畳み傘を出して、彼に渡す。いいのか? と言う蛍に、家が近くにある、と嘘を吐いた。私は最初の質問を質問で返した義理はこれで返せた、と感じた。

 蛍は礼を言って、公園の外へと歩いて行く。その途中でふと思いついた様に立ち止まって、私の方へ振り向いた。

「ボールは爪先じゃなくて足の内側で蹴ると、思った通りに飛ばせるよ」

 私が頷くと、蛍は挨拶を言って帰って行った。私も身震いをしながら公園を後にする。

 傷口に染み込む雨水を感じながら、きっと二度とすることはない、と思った。


 人生に価値などはない。というより、価値という物差し自体が人生に内包されているものであり、人生を測るには不適なものなのだ。

 しかし、死によって全てが失われる以上、その中のあらゆる行動は肯定されない。そして、そのために全ての行動は無意味に帰すのだ。

 価値とは確定した結果に対して措定される。そしてそれは目安となり、我々の身の回りの出来事に適用される。

 だが、我々の人生は生きているうちに確定することはない。そして、死後に我々は価値を見ることはない。死後の世界を期待するのは自由だが、それなら今の我々の肉体が精神に対して何の役割も持たない事を受け入れなければならない。相互的に否定された矛盾は、我々の足下を根底から崩す。落ちているのだ、唯一定まった死という地面へと向かって。ならば、我々が普段見出していた価値とは何であったのか。

 我々が感じる価値の泉源は、根本的にはただの錯覚だ。ただ、最初に人生には価値が存在すると思ったものがあらゆるものから価値を見出し、価値などないと悲観したものがあらゆるものを否定する。それだけの略図だ。

 人生を価値あるものにするために夢で彩り、夢があるからこそ人生の価値に酔うことが出来る。

 死があるからこそ人生であり、夢であり、価値が生まれる。そんなものは死への逃避行動に他ならない。

 死へのルサンチマンが、人生に与えられた祝福だった。


 死を手放したことによって、私は真の価値を手に入れていた。そして、私の瞳には、人生というものの中で作られた紛い物の価値の概念は映らなかった。永遠を生きるからこそ、終わりに否定されずに全てのものは残り続ける。

 しかし、真っ直ぐに地の底を見据えながら、夢という抵抗によって火花を散らす蛍は、私にはとても輝いて見えた。

 私はこの雨に打たれながら、何故自分が傘を貸したのかを疑問に思った。死んでなくなってしまうものであれば、守る必要などもない筈だ。私が感じた光は、この疑問を正当化するものだったのか、それすらも理解の外にあった。

 ただ、私は混乱していた。濡れた体から感じるゾクリとした悪寒は、記憶に懐かしい死への恐怖だった。

 私には前世の記憶がある。そして、私は来世を作ることができる。これは偶然ではない。私は私自身の力によって、私の生を管理出来る。だから私はそれを意識する必要はない。

 私は無我夢中で歩いていた。ただ、この恐怖から逃げたい一心だった。

 不死を手に入れてもなお、私は死からは逃れられていなかったのだ。いや、不死を手に入れたからこそ、かえって自分の人生がどうでもよいものでなくなってしまったのか。ただどんな結論へ至るとしても、私が矛盾を孕んでいることだけは、確からしかった。

 突然、私に降り注いでいた雨だけが止んだ。見上げると頭上には放射線状に広がる骨子と、黒。見知らぬ老人が、私に傘をさしている。

 私の目線に気づいた老人は、眉を歪め少し困った様な表情をしながら、「風邪を引くよ」と言った。

 雨と死によって隠されていた視界は、少しずつ見えるものへと凝固してゆく。自分が今どこにいるかを認識したとき、私は顔をしかめた。

 街から雲が生まれる場所。死が循環へ還される場所。私の記憶が拒絶する場所。

 そこは火葬場の前だった。濃密な死が染み渡った空気に、私は息を殺す。しかし、だんだんと耐えられなくなって、ゆっくりと吸い込まざるを得なかった。

「こんなところに一人でどうしたんだい?」老人は言う。私は、道に迷ったと一言述べたあと、同じ質問を老人にそのまま返した。老人は悲しみの張り付いた優しい顔で微笑むだけだった。

 誰もが世界に失望している。人生を諦観して、地の底へと落ちる運命に身を委ねている。その軌道上にはあまりにもたくさんの人が巻き込まれていて、流れに逆らうことも敵わない。濁流だ。

 眼前の老人は、衝突の時を待ち望んでいるかの様だった。何かが気に食わなかった私は、問い詰めるように老人に言う。お前は自らあそこで焼かれる事を望んでいるのか、と。

 老人は目を丸くして火葬場を一瞥したあと、そうかも知れないね、と自重気味に笑った。

「僕は最近、妻を亡くしたんだ」老人は語り始めた。何の変哲もない、濁流の中ではよくある出来事の話だった。

 妻を愛していたこと、息子も孫も元気に育ったこと、なに一つ不自由ない幸せな人生だったと暫定の評価を自らに課していた。

「ただ、それでも寂しいものでね。僕はね、ここにはまだ妻がいるんじゃないかと思ってるんだ」

 だからここにいれば少しだけ寂しさが紛れる、老人はそう言った。

 疲れているのか、と聞くと、そうだね、と返ってきた。

「だけど、それだけの分僕は頑張ったからね。誇っているよ」老人は胸を叩いた。骨張った胸から、空洞の音が鳴る。空っぽなはずなのに、その音は重く、力強かった。自分が関わった人々すべてが素晴らしくて大切なのだから、それに関わった自分だって掛け替えのないものなのだと、老人はそう言った。

 雨が止もうとしていた。雲の隙間から差し込んだ光が、真っ直ぐに火葬場に突き刺さっていた。

「僕が言ったら形なしだけど、君も僕の様に胸を張って生きられる人になるといいんじゃないかな?」

 いつの間にか私の呼吸は自然とここの空気を取り入れていた。

 雨が止んだ。老人に送られながら、私は帰路へとつく。その間老人は、この街の海が綺麗であることや、有名な学者が住んでいることなど、街の良いところを次々と挙げる。私が世界は灰色だと言うと、老人は自分で色を塗れ、と言って私の背を叩いた。

「君なら出来るさ。何故って? 君も人生の上に立っているからさ。みんな生きているんだ」

 ここから先は自分一人でも大丈夫だと言って老人と別れる。老人は、話に付き合ってくれたことの礼を言って去っていった。


 人が死ぬ事で人類は生存する。地球という自然選択の戦場で、我々は多様性の先兵となって殉職をする。

 それは、個の中で常に行われている代謝にも似ていた。

 人が死ぬのは、子孫を生む事で世代交代をするからだ。流動する自然に適応した人類は、循環し前進する螺旋のプロセスを経て今なお存在している。

 この人類代謝の中で、紛い物の価値のバトンは未来に託され、一時的な永遠を手にしている。そして、個の価値が人生というスケール内で死に否定される様に、全の価値もまた、種の存続の内側で絶滅に否定される。

 それでもなお、人々は自分よりも大切な何かを見つけて、その笑顔を望みながら自然へと還るのだ。

 我々はテセウスの船の部品として存在する。


 無重力の中で濁流を見下し、永遠の中で真の価値を見出し、種の螺旋の外に存在する。それが私だ。そう記憶は言った。

 人類の死の恐怖が生み出した、不死というシンギュラリティ。死を恐れる必要のない存在だ。

 それでも、私は自分というものが何者なのか、見失っていた。記憶は借り物で、ずっとその操り人形として人生を得る機会を失っていたのではないか。私は無重力の中で生きているのではなく、底のない重力下で、延々と終わりのない落下をしているだけなのではないか。ただ、灰色の世界と死の恐怖が、私の中に存在する証明だった。

 私は家の鍵を開けて、中に入る。人が生活しているとは思えない真っ暗闇の奥に、私をリアルタイムで数値化しているモニタが並んでいた。

「少し休んだらどうだ。記憶と脳の同調が乱れている」

 モニタの前に座っている男は、私の記憶の泉源、私と繋がっている前世の私そのものだ。その顔は正気を失って、冷静さを欠いている様子だった。

「今、私の十三歳の脳と、七十六歳の記憶とで解釈の齟齬が発生している」

 有体に言えば統合失調に似た症状だ。目の前にいる男、私のオリジナルは、私の脳内の端末を経由して私の混乱を受け取っている様だった。血走った目でがくがくと体を震わせながら、私を何か悍しいものを見る様な目で眺めている。

「人との関わりすぎだ。永遠の時代を生きる以上、私はあんなものたちに、価値を見出してはいけない。分かっているだろう。失われるものなどに価値などないのだから」

 男は私に言い聞かせながら、自分にも言い聞かせて、正気を保っていた。その姿は、今日見た人間の誰よりも小さく見える。


 私はこの男のクローンだ。私は死の克服のために、不死身を作り出した。方法はシンプルで、私のクローンに私の記憶を継承させ擬似的な永遠を作る、私一人で種の螺旋を成立させるものだった。

 我々に寿命という制限を与えるテロメアの短縮。二重螺旋の摩耗。それを生殖細胞の段階で克服し、寿命の制限をなくしたクローンを作る。そして、記憶という人間最大の獲得形質をも遺伝させる。脳内に埋め込む端末を介して、私という並列に繋がった個を固定し、一人が欠けても何の不自由もない種が完成する。


 だが、この計画にはミスがあった。私の一人が失われたとき、そこから生じた死の恐怖は私全体に広がったのだ。私という個は、全体が感じる死の恐怖を、一挙に受け取ることとなった。

 幸いなことに、まだ私の個体数は少ない。生きたまま死を経験し得た喪失感は二人分にしかならなかった。しかし、それでも私はまた、死の恐怖に囚われることになったのだ。

 じきに眼前にいる男も死ぬ。私はオリジナルを眺めて、思った。

「いや、私は死なない。私は生き続ける。そういう存在だ。」

 記憶と眼前の男が私の思考を否定した。

 オリジナルのテロメアを延長するのは困難だった。故に、クローンが代わりに生きるという計画になった。

「しかし、それも私だ! 私が滅びる訳ではない......!」

 年老いた体は、自らの体を掻き毟るかの様に抵抗した。この場合は自己免疫疾患とでも言うべきか。だが、私はの思考は止まらない。

 私は不死だ。そして、私の寿命はテロメアの再生によって永い。一方でこの私は、すぐにでも地の底に、目を瞑ったまま背中から落ちて、ひしゃげてしまいそうだ。まだ人間で、そして、人生を歩んでもいないものだ。

 自分の内面に否定されるのは慣れていない経験だったのかもしれない。私の心象に驚いた様子で男は怒鳴った。

「............お前は私自身を見下すのか!?」

 そんなものは関係なく、私の口から、自然と言葉が漏れた。


「......惨めだな。お前は」他の誰よりも。


 その瞬間、脳裏を目まぐるしく混沌に陥れる波が乱反射した。私は混乱し、全てがわからなくなってしまう様に感じながら、一方で複雑に絡まったものが解けて、何かが開けてゆくことを感じた。

 次の瞬間、私は首を絞められた。さっきまで恐怖に慄いていた男は、血走った目で濁流の様な怒りを私に向けている。私は次第に自分が失われてゆく感覚を覚えていった。視界がモザイクの様に崩れ、真っ黒に変わる。脳裏ではこの十三年間に出会った人々が、映っていた。

 思い出と走馬灯。それは記憶とも違う私自身だった。そしてそれらの損失によって、私は完成するということも理解出来た。不思議と今まで感じていた恐怖は湧いて来なかった。

 希望の光に身を貫かれた男は、死際に自らのスワンプマンを殺した。

 それは獣のいななきにも似ていた。

 私は、破裂しそうな心臓を絞る様に、最期の息を吐き出した。


 おめでとう。


 それが音となって私に届いたのかどうかは、既に関係のないことだった。

 私の息は空に昇り、地球の循環に還っていった。

日常? ホームドラマ......?


さておき、少し私小説気味で詰めの甘い箇所もありながら、わりかし納得して書き終えられた。

これに納得しているのだから、まだ私の意思に不死身は重いということだ。

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