44、不安と心配と反省と怒り
ミッチーは受話器の向こうから泣きそうな声で、私に今すぐ東京へ来てくれと懇願した。
その尋常じゃない様子に、私の全身が一気に総毛立ち。
そして、そのすぐ後にノリコが突然過呼吸のような症状になったというミッチーの言葉を聞き、私は恐怖心で一杯になった。
そう、ノリコと初めて会った時の、ノリコが死んでしまうのではないかというあの恐怖だ。
慌てふためく私を見かねたママが、受話器を奪った。
私と同じように慌てる電話の向こうのミッチーをが叱りつけ、冷静に状況を聞いていくママ。
諭しながら話を聞いた後細かい指示をミッチーに出したママは、電話を切るなり徐に引き出しから半紙と筆ペンを取り出し臨時休業と書き始めた。
書き終わると、こちらの状況を察し暇を申し出た若に、『Chicago』に寄ってその張り紙を貼ってらうことを頼んだのだった。
「しっかりしな!別にノリコの命に別状はないんだよ!エミもミッチーもノリコが大事すぎて、心配からパニックになっているだけだ。大丈夫だから!過呼吸じゃ人間死なないから!だけど、過呼吸ってことは、ノリコも不安になっているはずだから、エミが傍にいてやるのが一番だ。店なんか休みにすればいいんだよ。トモちゃんにはとりあえず、今日明日バイトは休んでくれって伝えておくから。それから、お金は少し多めに持って行った方がいいね・・・・ちょっと、待ってな。今お金持ってくるから。あんたは出かける用意をしときな!ノリコの着替えと自分の分とミッチーの分も。江村ちゃん、悪いけどエミを六本木まで送ってくれるかい?」
床に座り込んでオロオロしていた私はママに叱責され、泣いている場合じゃないノリコの傍にいってやらないと!と立ち上がった。
そんな私に江村さんは。
「エミちゃん、車だから荷物多めでも大丈夫だよ。ちゃんと送るから、準備してきて。」
そう言って、励ましてくれた。
マンションの前に江村さんが車を停めると、1階のバルからジュンヤ君と国見さんが直ぐに出てきて。
車から降りた私を見て、2人もホッとした表情を浮かべた。
「エミさんを部屋にお連れするように東さんから連絡が入っています。エミさん、東さんの部屋の鍵持っていないですよね?」
ジュンヤ君が、鍵を見せながら私にそう言うと、続いて出てきた国見さんが荷物ありますか?と訊いてきたので、江村さんにトランクを開けてもらった。
「部屋の鍵はミッチーから預かっていないので、開けてもらえますか?それから、部屋に着いたらミッチーと連絡を取りたいんですけど・・・・荷物は、3人分の着替えと、食べ物ももってきたので、結構な荷物になってしまったんですけど。食べ物の方は私が持ちますので、すみませんが着替えの方を持っていただけ・・・・国見さん?」
とりあえず、部屋の鍵のこととミッチーと連絡を取りたいということをジュンヤ君に伝え。
国見さんには、荷物を運んでくれる口ぶりだったので助かったと思い、トランクに積み込んだ荷物を示しながら説明しかけたのだけれど。
何故か国見さんが、降りてトランクを大きく開けてくれた江村さんを見て、固まってしまい。
どうしたのだろう知り合いなのだろうかと、江村さんに確認しようとしたら。
「も、もしかしてっ・・・トシキ・エムラさん・・・ですか?」
国見さんが興奮した表情で江村さんを見つめていて。
高級ブランド店の店長が一流デザイナーと出会い、舞い上がっているのだと頭では理解できたけれど。
ハッキリ言って、そんなことやっている場合じゃない私は、大いにイラッとした。
部屋に着いて、ミッチーをポケベルで呼び出してもらって、ノリコの様子を聞いて少し安心したけれど。
体調を崩したと言うのに、これから番組収録というのは大丈夫なのだろうか。
確かに、ノリコはプロだから、仕事に穴をあけるわけにはいかないのは十分理解できる。
だからこそ、周りのスタッフが・・・いや、ミッチーが注意してくれないと、人一倍頑張り屋で責任感の強いノリコは、体調が悪くても無理をするに決まっている。
私も・・・今朝のノリコの様子をもう少し注意してみていればよかったと、反省した。
とにかく今日は鎌倉へ帰らず、仕事が終わったらこっちへ来させて、ノリコをすぐに休ませてやろう。
私もノリコの顔を見たら、この不安もきっと吹き飛ぶに違いない。
そんなことを考えながら私は家から持ってきた荷物を整理し、ノリコが帰ってきてすぐ準備できるようにご飯だけは炊いておこうと、お米を研ぎ始め何とか心を落ち着けようとしたのだけれど。
それから2時間後、貧血で倒れたと衣装のままのノリコを抱きかかえて帰ってきたミッチーに、私はブチ切れることとなった。
いつもとは全く違う生気のないノリコの顔を見て、私は感情が爆発しそうになった。
私の大切なノリコに何でここまで無理させたんだと、一気に頭に血が上る。
怒りで震える唇と、乱れる呼吸。
すると、ミッチーばかりかノリコが所属するプロダクションの面々も、そんな私を見て顔をひきつらせた。
その態度にさらに苛ついた私は。
「まったく、どいつもこいつも、クソだなっ!!」
思わずそう怒鳴っていた。




