43、準備
「考えていたウエンディングドレスのデザインを生かして、披露宴用のドレスのデザインをいくつか描いてみたんだけど、エミちゃんどれがいいかな?あ、史子さんが着るドレスのデザインもあるから、選んで?」
私とミッチーの結婚式は近所の神社で、披露宴は『料亭きたむら』でツツジが咲く4月末に行うことが決まったと江村さんにママが連絡したら。
翌日の昼に、江村さんはデザイン画を持ってうちへやってきた。
連絡を入れたのが昨日の夕方で、今はまだ12時前なのに・・・。
それから描きなおしたと思われるデザイン画は5パターンあって、時間的に考えても徹夜だったんだろうなと申し訳なくなってしまった。
だけど、ママはそんな私の気持ちを見透かしたのか、江村ちゃんはあんたの花嫁衣裳を作るのが夢だったんだよと、デザイン画に目を通しながらそう言った。
確かにママの古い友人で、私も子供のころから可愛がってもらっているけれど、江村さんは今や世界的な売れっ子デザイナーなのに、まさかそんなことが夢なんて・・・と、驚いていたら。
「うん・・・エミちゃんが結婚する時は、絶対に僕がドレスを作るって・・・エミちゃんの幸せを僕のドレスで祝いたいってずっと思っていたから随分前からウエンディングドレスのデザインは書いていたんだけどね・・・まさか、結婚式に和装を選ぶなんて思ってもみなかったけど。史子さんが式を挙げた神社で、史子さんのご主人とエミちゃんの旦那さんのお父さんと縁のある料亭じゃ、そりゃぁ仕方がないけど・・・だけど、その代わり、お色直しのドレスは僕に任せて!そうそう、ノリコちゃんのドレスも作ろうと思ったんだけど、もったいないからステージでも着れるような一石二鳥のドレスにしてほしいって言われてさ、そっちは事務所の方と相談中なんだ。まったく、ノリコちゃんらしいよね?」
なんて、江村さんがニコニコ笑いながらそう言うから、ここは甘えてまたお礼は別で考えようと腹をくくった。
そして、見せてもらったデザインはどれも素敵で、決めがたかったけれど。
「こっちは、ウエディングドレスかい?・・・・・ああ、江村ちゃん随分気張って考えてくれたんだねぇ・・・・・・エミ、お色直しのドレスは勿論江村ちゃんに作ってもらうとして。この際、ウエディングドレスで式挙げたらどうだい?これなんか、和風要素が取り入れてあって、神社でもそれほど違和感なさそうだよ?」
突然ちがうデザインブックを見ていたママが、思いがけない提案をしてきた。
すると江村さんの目が輝き。
「そう、神社でもいけそうなデザイン思いついたんだよ!ドレス生地も白無垢につかう正絹綸子にしようと思って!」
そう言って、ママの手からデザインブックをとり、テーブルの上に広げて私とママに1つ1つのデザインを力説し始めた。
いや、お色直しのドレスをお願いしていたはずなんだけど・・・・と、思ったのだけれど。
江村さんの嬉しそうな顔を見て、さっきのママの話は本当だったんだと思い。
「じゃあ、ウエディングドレスもお願いしようかな?」
と控えめにそう告げたら・・・・驚くことに、江村さんが泣きだした。
いや、そんな可愛いものじゃなくて、号泣だ。
慌てる私に、ママがしょうがないねぇと江村さんにタオルを渡して私に目くばせをした。
キッチンに視線を向けるから、もうお昼だしこれじゃデザインを選んでいる状況じゃないから先に昼食にしようという事だろう。
私はママに頷くと、江村さんをママに任せキッチンへ向かった。
「ごめんなさい・・・そんなに、私の事を思ってくれていたなんて、気づかなくて。」
どうにか泣きやんだ江村さんに、準備していたかやくご飯の稲荷寿司と、かきたま汁、大根と柚の漬物を勧めながら、私は頭を下げた。
すると江村さんは、とんでもないと慌て。
「エミちゃん、僕が勝手に思い込んでいただけなんだから、気にしないで!小さかったエミちゃんを僕があの時追い込んで、エミちゃんが喋れなくなって・・・本当に、大人の目線で安易な提案をしたことを後悔したんだ。史子さんは僕の所為じゃないって言ってくれたけど、やっぱり引き金をひいたのは僕なんだ・・・エミちゃんがその後ノリコちゃんの登場で立ち直ってくれたけど、ああいう状態にまたなるかもしれないって心の底に不安があって。そんなことはないって思うんだけど・・・だからこそ、エミちゃんが素敵な伴侶をみつけて幸せになってくれることこそが、僕の願いで。僕なんか、ドレス作りしか能がなくて、僕にできる事って言ったら、エミちゃんの幸せを願いながらドレスを作る事しかなくて・・・だから、式に僕のドレスを着てくれるって言ってくれて、感激しちゃって・・・・。」
また、話しているうちに感極まったのか、声が震えだした。
すると、ママが呆れたようにため息をついて。
「まったく、いつまでも昔のことをグズグズ悔やんで。いくら江村ちゃんの所為じゃないっていっても、聞く耳もたないんだからっ。ほらっ、せっかくエミが作ってくれたかきたま汁が冷めるだろっ。稲荷寿司も美味しいんだから、早く食べなよっ。どうせ、昨日の夜も今朝もろくに食べていないんだろ?」
と、どやしつけながら、江村さんにお茶を淹れていた。
江村さんは仕事柄海外にいることが多いけれど、日本食が大好きで、その上上等な日本茶に目がない。
ママが淹れた玉露が香ったのだろう、江村さんが顔をあげママの手元を見て顔をほころばせた。
ママは人の気持ちを切り替えさせるのが、相変わらず上手いなぁと感心していたら。
「何だよ、現金な人だね。さっきまで、辛気臭い顔していたのに。まぁ、エミの祝い事なんだから、辛気臭いのはもうお終いにして。早く食べて、ドレスを決めよう。江村ちゃん、プロだろ?だったら、グズグズ言っていないでプロの仕事見せてみな。」
いつもの辛辣なママの口調で、ピシャリと江村さんに言い放った。
昼食を食べて、ママに叱責された江村さんはテキパキとデザインの説明をしてくれて、ママと相談しながらウエディングドレスとお色直しのドレスを決めることが出来た。
最初は神社で式を挙げる時に角隠しに白無垢姿、料亭の披露宴で色打掛からドレスにお色直しする予定だったけれど。
ウエディングドレスを着ることになったので、色打掛は止めて振袖を着ることにした。
私はあまり着物に馴染みがなく、成人式の時も江村さんが作ってくれたドレスを着たから、振袖は持っていなかった。
せっかくだから振袖を作ろうとママが言い出して、私は慌ててもったいないから貸衣装でいいと言ったのだけれど。
私の言葉を無視して、『呉服のくに松』に電話を入れて、若を呼び出してしまった。
「披露宴に着る振袖だから、華やかなものが良いね。ノリコの成人式には別に作ってやるつもりだけど・・・始末屋のエミのことだから1回しか着ないのにもったいないと思っているだろうから、そのうちノリコのステージ衣装に作り替えてもいいしねぇ。」
ママは若が行李3つに入れて持ってきた振袖用の反物を江村さんと吟味しながら、そんなことを言い出した。
私の性格を見越して、いらないと言えないように先回りまでして。
その上、江村さんは丁度良かったと、ウエディングドレスのデザイン画を若に見せて、ドレス生地に使う白無垢用の正絹綸子を用立ててほしいと言い出して。
もう私が口を挟めない雰囲気になっていた。
だけど、ミッチーの衣装についてだれも言及しないので。
「ねぇ、ミッチーの衣装はどうするの?和装の時は、紋付き袴だよね?でもミッチー背が高いから、貸衣装で大丈夫かな?タキシードは、私のお色直しのドレスに合わせて、江村さんの方で用意してくれるの?それと、和風のウエディングドレスだけど、ミッチーはその時紋付き袴?それとも洋装?・・・というか、ミッチーのことすっかり忘れているでしょう?」
と、私が口をとがらせてそう言うと、ママがふきだした。
「誰も、忘れちゃいないよ。ただ、エミの衣装が決まらないと、ミッチーの方も決まらないんだよ。ミッチーの紋付き袴は『くに松』さんにもうお願いしているよ。採寸も済ませているからね。式の方は、エミのドレスに合わせて江村ちゃんがデザインしてくれるよ。それと、タキシードは江村ちゃんの知り合いのテーラーに頼んである。東京の店だから、そっちももう採寸済だ。ミッチーそのテーラーを気に入って、タキシードの他にスーツもいくつか作ったみたいだよ。あんたが心配しなくても、ミッチーはさっさと段取りしているさ。」
「え・・・いつの間に?」
驚く私に、江村さんがニコニコ顔で頷いて。
「そうそう、本当に満君は行動的だよね。まぁ、エミちゃんとの結婚式を凄く楽しみにしているからなんだろうけど。ノリコちゃんの衣装の打ち合わせとかで、僕のアトリエに顔を出してくれるから、結構結婚式の衣装の話はできているんだ。でも、史子さん、本当に良いお婿さんが来てくれたね。行動力があって、優しくて、頼りがいのある人だよ。ノリコちゃんの仕事関係で、ノリコちゃんも安心して任せられるし。それに何より、エミちゃんが大好きで、仕事の話なのにいつの間にかエミちゃんとのノロケ話になっているしさ・・・・アハハ、エミちゃんが幸せそうで、僕も嬉しいよー。」
なんて、ミッチーをへんに褒めだした。
いや、衣裳の話だったはずなのに・・・なんで、そういう方向になるのか・・・。
江村さんの話にママも若もニヤニヤしているし。
私は半ばやけくそ気味に、反物を広げていった。
結局かなり豪奢な・・・つまり、値段がかなり張る反物を選んだ。
勿論ママと江村さんが。
どうせノリコの衣装に作り替えて再利用するんだからと、私のもっとお値打ちなものにしようという案は却下された。
婚礼衣装とお色直しの衣装一式が決まり上機嫌なママは、コーヒーを淹れてくれた。
江村さんと若はウエディングドレスの生地について話をしながら、美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
若は世界的に有名なデザイナートシキ・エムラの依頼ということで、かなり興奮しているようだ。
若はうちの店の常連さんでお世話になっているから、結果仕事に繋がってよかったのかもしれない。
もしかしたら、私のウエディングドレスを作った後、パリコレで使われるかもしれないし。
そんなことを考えていたら、リビングの電話が突然鳴り響いた。
いつもの呼び出し音なのに、気を抜いていたせいか何だかその音に心臓がドクンと鳴った。
立ち上がろうとしたママを制して、私が受話器を取ると。
「はい、相田でござ―――「エミちゃん!お願い、今すぐ東京に来て!ノリコの様子がおかしいんだ!」
焦ったミッチーの声が聞こえてきた。




