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42、朝の散歩で

砂に足を取られ2度躓きそうになったところで、今日は歩き回らず座って海を眺めるだけにしようと決めた。

丁度、近くにテトラポットが置かれていたので、そこへ怠い腰を下ろした。


満ち潮時には、ここまで波が寄せてくるんだよね・・・。

そういえば、パパがいた頃はまだここにテトラポットは配置されていなかった。

そんなことに今更気がついて、時間の経過に悲しくなった。

だけど・・・あそこで砂遊びをしていた小さかった私だって、結婚したんだから。

皆、昔のままなんていうことはできないんだよね。

そんなことをしみじみと考えて、寄せる波引いていく波をただただ眺めていたら。


「暢気なものねぇ、朝からこんなところでボーッとできるなんて。本当に、良いご身分だわ。」


突然、背後から声がかかった。

それは、昨日も市役所で聞いた嫌味な口調で、振り向かなくても分かる・・・長太郎の婚約者だ。


「朝の散歩は、毎日の日課なの。」


振り向くのも面倒なので、海を見ながらそう呟くと。


「はぁ~、日課?ほぉんと、良いご身分ねぇ。私なんて、結婚前に家業に慣れておいた方がいいって、朝9時に店に出ろって。まだ結婚は年があけてからなのに!私、店手伝うなんて一言も言っていないのに、うちの両親が勝手に言ったことを真に受けて。私に意思確認なんてする気もない。マジ、ムカつく!!」


朝から苛ついているのか、振り向かない私に苛ついているのか、彼女は歩道から海岸へ出るための階段を駆け下りて、わざわざ私の前に回り込んでそう言った。


「ムカつくなら、直接婚約者に言えばいいんじゃないの?意思確認してくれないなら、自分から意思を伝えればいい。」


私が思ったままそう伝えると、彼女は私を睨みつけた。


「本当にお金持のお嬢様はこれだからっ。手広く商売をしている『カジワラ酒屋商店』に商品を卸させてもらっている、零細企業の水産加工会社の娘が言えるわけないでしょう!?」


噛みつくように食って掛かる彼女だけど、何故私にこんなにつっかかるのだろう?

現状にかなり不満があるようだけど。

バス停がすぐそこにあるから、下車した彼女が私を見つけたのは何となくわかる。

だけど、どうしてこんなに私を目の敵にするのだろう?

昨日だって、わざわざあんなことを言うことはないのに。

どうしてだろう・・・。

私は首をひねり、目の前の彼女をじっと見つめた。


「な、なによっ・・・・。」


「私が嫌いなら、無視すればいいのにと思って。昨日も今日も・・・だけど、こうやって絡んでくるということは、私に嫌味ではなくて、もっと言いたいことがあるんじゃないかと思って。」


ただ思いついたことを言っただけなのに、彼女は目を丸くした。


「あんたって、変わってるわね・・・こんだけ一方的に言われたら、普通言い返すでしょう?」


私が彼女の挑発に乗らなかったからか、戦意喪失といった感じで彼女の声のトーンが落ちた。


「あんたじゃなくて、エミでいいよ。長太郎さんと結婚するのなら、親戚同然のつきあいになるし。私、長太郎さんとはあまり親しくないけど、末っ子のマサルはうちの妹と幼馴染で弟みたいに可愛がってきたから、できたらマサルと仲良くしてやってほしいし。あの子、本当に優しくて素直でいい子なんだよね。」


私がそう言うと、彼女の眉が下がった。

つまり、困った顔になって。


「なんだ・・・・・・長太郎さんの片思いだったんだ。」


と、小さな声で呟いた。

その言葉で、何となく彼女の苛立ちの理由が見えた。

結婚して酒屋を手伝うことを一方的に決められた不満と、私と長太郎の仲を疑っての嫉妬。


私は腕時計に目をやり時間を確認した。

8時10分・・・多分バスのダイヤで丁度いい時間がなくて、早く着いたのだろう。


「よかったら、座らない?まだ、時間あるでしょう?」


私がそう誘うと、彼女は憮然とした表情でテトラポットひとつおいて座った。


「プッ・・・。」


その様子がなんとも子供っぽくて、思わずふきだしたら。


「何笑ってるのよっ!今、店に行ったら、すぐに働かされるから時間つぶしで座っただけなんだからねっ!」


と、彼女は突っかかってくるから、可笑しくて。


「アハハハハハッ・・・・。」


ゲラゲラと笑ってしまった。

すると、笑うな!と真っ赤になってますます彼女はプリプリと怒り出し。

そんな彼女を見て、私は彼女とはきっと仲良くなれるだろうなと思った。





私の思った通り、それから私は彼女と仲良くなった。

彼女は日曜日と月曜日、そして雨の日以外、私とここでお喋りをするようになったのだった。

月曜日は『カジワラ酒屋商店』が定休日で、日曜日は休みのミッチーと一緒に散歩をするし、彼女の方も土曜日は梶原家に泊まることになっているから、それ以外の日は暗黙の了解で、朝30分ほどここで一緒に過ごす。

同年代の女友達って今までいなかったからこれが結構楽しくて、気が付けばお互いのことを色々話していた。


「エミの言った通りさぁ、ちゃんと長太郎さんに伝えたら、わかってくれて・・・というか、話してみたら長太郎さんもうちと一緒で、子供の頃お義母さんが店を手伝って家にいなかったから、寂しかったんだって。だから、子供ができたら家に入ってくれると自分も嬉しいって・・・その代り、私、店の経理をがっつり手伝う事を申し出たんだ。高校迷ったけど、商業科出ておいてよかったってつくづく思ったよ。長太郎さんからお義父さんとお義母さんに話してくれて、逆に家のことと経理を任せられるって、感謝された。最初は、親に無理やり見合いセットされてムカついて、でも会ってみたら長太郎さんは大きな店の後継ぎなのに全然気取ってなくて、そりゃぁ気が利かないところはあるけど、大らかだし・・・優しいし。だけど、周りに私の意思無視でドンドン色々な事勝手に決められて行って、挙句に店に来るお客さんから、長太郎さんはエミにぞっこんだったなんて聞かされて・・・エミやエミの周りの人に凄く嫌な態度取っていたのに。こんなに親身に話を聞いてくれて・・・本当にありがとう・・・相談乗ってくれて、感謝してる。」


朝、明るい顔でやってきたと思ったら、どうやら悩みが解消されたようだ。

嬉しそうに報告する顔を見て、私もつられて笑顔になった。


「どういたしまして。おばさん、経理関係苦手だったみたいだし、家事もやる暇なくてお手伝いさん頼んだりしてたけど中々合う人がいなかったみたいだし、本心で喜んでいると思うよ。よかったね。後は、年明けの結婚式だね。どう?準備は順調?ノリコはサユリたちの結婚式に出られるようにスケジュールバッチリ空けたって。お祝いに何歌おうって、ミッチーと相談してるよ。伴奏はミッチーがいるから、心配しなくていいからね。式場も『グランドヒロセ鎌倉』だからさ、今度のディナーショーで行った時に、会場担当者と打ち合わせしておくって言っていたから、安心してよ。」


ついでに、ノリコの話もしておいた。

すると、サユリはよかったー!と喜び、そのまま話題は花嫁衣裳に移り。


「え、じゃあエミは式でドレス着ないの?和装なの?」


「うん、神社で式挙げるからね・・・あ、でも披露宴は料亭だけど、一応お色直しでドレスは着るかな。最初だけ着物で、少ししたらドレスに着替えるよ。ほら、着物だと食べられないじゃん?」


「あー、そうなんだ。でも、楽しみだなぁ。『料亭きたむら』のつつじって有名だから。その時期に披露宴なんて、庭で一杯写真撮ろう。雰囲気あるよねぇ・・・あー、だけど、せっかくつつじの料亭で写真撮るなら、私は着物着て出席したいなぁ・・・。」


なんてワクワクした顔で話すサユリに、最初会った頃の嫌な女の印象はなかった。

結婚も同じような時期で年も近くて、腹を割ってみれば話があって・・・今まで女友達っていなかった私にしてみれば、こうやってたわいもない話でも何だかこそばゆいような嬉しい気持にさせられ、良い出会いだったなとしみじみと思っていたら。


「余計なお世話でもしかしたら私の勘違いかもしれないけど・・・エミ、気をつけた方がいいよ。」


さっきまで明るい声を出していたエミが、急に真面目な表情で私を見た。

そろそろ出勤の時間だから、コンパクトを出してお化粧のノリをチェックしているのはいつものサユリの行動だけれど。

どうしたのだろうと首をかしげる私に、コンパクトをのぞきながらサユリが意外な言葉を続けた。


「最近見かけないけど、ちょっと前に『Chicago』に1人で来ていた、背の高い短髪の男・・・隅の席に座っていた・・・その男、電柱の陰に立ってこっち見てる。最初、ここでエミと話をした時・・・バス停で私降りて、男が電柱の所に立って海の方をじっと見ていたから気になって・・・そしたら、その男海じゃなくてエミを見ていたから・・・不本意だけど、男に気がついていないフリして、私エミに声をかけたの。」



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