41、ボティカラー
「本当にミッチー、この車乗り心地がいいねぇ。」
ママがそう言いながら体をひねり、嬉しそうに革張りのリクライニングのシートを撫でる。
今までミッチーは、コバルトブルーのスパイダーというツーシートのスポーツカーに乗っていた。
内装は真っ赤で、イタリアのとても洒落た車だ。
乗り心地については・・・敢えて言及はしないけれど。
ミッチーにはこだわりがあるようで、車はスパイダーしか乗らなかったという。
そんなミッチーが、スパーダーでは家族で出かけられないと、7人乗りのフルサイズバンを新たに購入した。
アメリカ車でキャンピングカーにも使われているというだけあって、大きくてゆったりとしている。
内装を赤茶の上等な革張りに変えた為納車が遅くなったが、以前ノリコが腕に怪我をして病院へタクシーで行った時に、既にミッチーは大きな車を買おうと決めていたらしい。
「うん、そう言ってもらえてよかったー。これで史子ママの通院もこの車で行けるし、皆で食事や遊びに出かけられるし、荷物もたくさん載せられるから旅行だって行けるよ。ふふっ、楽しみだなぁ。」
上機嫌でミッチーがエンジンキーを回す。
本当にその横顔は嬉しそうだ・・・だけど。
これまではコバルトブルーという色にこだわっていたようだけれど、今回この車の色は明るいベージュ。
日本では珍しいボディカラーだけど、ミッチーがこういう色合いを選んだことが私は意外だった。
スタイリッシュでシャープなイメージのミッチーが、まさかこういうなんていうか・・・温かみのあるカントリー調?の車を選ぶなんて、思いもよらなかった。
というか、ミッチーの好みとは正反対だと思う。
ミッチーは私達の為に自分のこだわりを捨てても、大丈夫なのだろうか。
私だったら、自分のこだわりや好みを簡単に変える事なんてできないかもしれないのに。
ミッチーは一生懸命家族に溶け込もうとしているのかな・・・無理していないかな・・・。
今はよくても、それがだんだん苦痛になっていかないかな・・・。
「・・・エミちゃん、どうしたのー?何か気になる事でもある?」
助手席に座った私が無言で考え込んでいたからか、ミッチーが私の顔を覗き込んできた。
サイドブレーキを解除しギアを入れようとしていたところらしく、レバーを握ったままキョトンとした表情をしている。
別にこの車を選んだ理由なんて後で2人になった時に訊けばいい話だし、せっかく皆楽しい気分でいるのにと思い、慌てて何でもないよと言おうとしたら。
「はっ・・・くしょんっ!!」
突然、後部座席のノリコが大きなくしゃみをした。
「ノリコ、風邪かい?」
ママが持っていたストールをノリコに掛けながら、心配そうにそう言った。
ノリコは、誰かが噂してるんだよ大丈夫!と笑い飛ばしたけれど。
ミッチーは急いでギアを入れ、車を発進させた。
「今、ヒーター入れたよ。だけど、秋も深まって来たし、夜は冷えるからね。早く家に帰ろう!」
「エミちゃん・・・・もう、寝ちゃった?」
今日は満月で、さっき駐車場で見上げた月も綺麗だったけれど、庭の生い茂った木々の間から見える蒼い月も素敵で、私は部屋の灯りを消してベッドに横たわり窓の外を眺めていた。
静かに呼びかける声は、寝ていた場合起こさないための気遣いと、起きて自分に向き合って欲しいという気持ちが見て取れた。
ミッチーは帰宅するなり、ノリコが所属するプロダクションから電話が入って、リビングの奥の部屋で細かい打ち合わせを始めたから、私はお茶だけ淹れてそっとしておいたのだ。
最近ノリコが所属するプロダクションにミッチーも入り、プロデューサー的な仕事をしているから、やたらと事務所からの連絡が増えた。
しかたがないけれど、忙しそうで体が心配なのも事実で。
「大丈夫、起きてた―――」
返事をしようと、部屋に入ってきたミッチーの方を向こうと寝返りをしかけたら、いきなりキス。
ミッチーは電話打合せの後お風呂に入って来たのか、石鹸の香りと・・・!!
バコンッ―――
「いたっ!?何でっ!?何で、身も心もとろけるキスの最中に、頭を叩くのっ!?」
「ミッチー、髪ぬれたままじゃん。バカじゃないのっ。身も心もとろける前に、風邪ひくよっ!」
ポタポタと髪から雫が落ちているのに、タオルで拭こうともしないミッチーを私は怒鳴りつけた。
いや、入籍した日の夜くらいロマンチックに2人で過ごしたいと思っていたけれど、これは見過ごせない。
「どうして、35歳にもなってちゃんと髪が拭けないの?風邪ひいたらどうするのっ!?」
ミッチーは自分自身を考えないで行動する事があって、私はそれが我慢ならない。
つまり、あまり自分を大切にしていないように見てとれるのだ。
それを目にする度、本当に頭にきて・・・気が付けば、凄い剣幕で怒鳴りつけていたりすることもしょっちゅうで。
だけど、目を吊り上げ怒鳴りつける私を嬉しそうに見るミッチー。
「フフッ、エミちゃん可愛いなぁ。俺を心配して怒ってくれるエミちゃんって、最高!」
そう言いながら私を抱きしめて、また唇を寄せてくるから。
「うっ・・・。」
脛に、ケリを入れた。
その場に蹲るミッチー。
私は大きくため息をつくと、椅子に掛けていたタオルを手に取り、ごしごしとミッチーの頭を拭きだした。
だけどすぐに室温を考え、私はミッチーを鏡台の前へ引っ張っていった。
夏じゃないんだから拭いただけでは風邪をひいてしまうと思い、ドライヤーをコンセントに繋いで熱風を容赦なくミッチーに当てていく。
「あつっ、あついよぉ、エミちゃん。」
大して熱くもないくせに、大袈裟に熱いと騒ぐミッチーの顔は嬉しそうにデレている。
ミッチーが髪を乾かさないでいるのは、自分に無頓着な事もあるだろうけれど、こうして構って欲しいという気持ちもあるのかもしれない。
行動力があって大人でとても頼りがいがある男だと思う事も多いけれど、一方でミッチーは驚くほど子供っぽい振る舞いをする。
それは狙っての事ではなく、私や家族の前で自然と構って欲しいという意味の言葉を発したり、態度に表したりする。
ママが言うには、幼少期に十分な愛情とコミュニケーションが取れなかったからではないかということだけど・・・そう考えると切なくなり、甘えたいだけ甘えさせようという気持ちにもなる。
「はい、大体渇いたよ。」
ドライヤーのスイッチを切り、ブラシで簡単に髪をとかしつけそう告げると。
「えー、もう終わりなのー?」
ミッチーが不服そうな顔で振り向いた。
「もう終わりって、髪が渇いたんだから終わりだよ。渇いている髪にドライヤーかけたら髪が痛むし、電気の無駄でしょう?」
「そうだけどさぁ・・・だって、エミちゃんに触られるの、俺、気持ちいいんだもん。」
「・・・・言い方がやらしいよ。」
私の突っ込みに、ミッチーがふきだした。
「ブハッ・・・確かに!そういう意味でも、俺、滅茶苦茶気持ちい―――「くだらないこと言っていないで、ほらついでだから耳掃除もするよ。そこのカーペットに横になって。」
ミッチーが調子に乗って変なことを言い出したから、私はそれを遮る為耳掃除を申し出た。
私の膝枕に頭をのせてする耳掃除は、ここ最近のミッチーの一番のお気に入りだ。
私が耳かき棒を引き出しから出しているうちに、やったー!と言いながらミッチーはさっさと、ティッシュボックスを持って薔薇の柄のカーペットに横たわった。
「一昨日掃除したばかりだから、あんまり汚れてなかったよ。」
そう言いながら、仕上げに梵天で耳の中や外を払うと、ミッチーが気持ちいいーと嬉しそうに呟いた。
その言い方があまりにも子供の様で、思わずふきだしたら。
「俺、本当に幸せだなぁ、結婚してよかったーーーー・・・・あっ、そうだ!エミちゃん、エミちゃん。あのさぁ、新しく買った車だけど、外装の色をなんであの色に決めたかわかるー?」
なんて、さっき私が考えていたことをミッチーが唐突に訊いてきた。
何で今その話?と訊き返すと、ミッチはフフッと笑い薔薇の柄のベージュのカーペットをそっと撫でた。
「実はさぁ、あの車を見に行った時、このカーペットの色と同じだ!って思ったんだよねー。俺、エミちゃんにここで耳かきしてもらう時、滅茶苦茶幸せ感じてるんだ。だから、あの車見た瞬間に、買うって決めたんだー。昔はさぁ、あんまり好きなもの、好きな事、気に入ったものってなくてさ。里子に出された結城家で可愛がってくれた結城さんの目の色がコバルトブルーだったから、ずっとその色にこだわってたけど・・・そりゃぁ、今もコバルトブルーは好きだけど。こだわるって気持ちがなくなって・・・というより、好きな色とか好きなものがどんどん増えて・・・うん、ひとつのものにこだわるより、好きなものが沢山出来たんだよね、ここに来てから。エミちゃんのおかげだよ。ありがとうねー。」
と、ミッチーはニコニコ笑いながら明るい声で、さっき密かに心配していた私の気持ちを無意識にも払拭してくれた。
ミッチーが新しく買った車は、1980年頃のフォードのエコノラインをイメージしています。




