39、宣誓と乾杯
「今度は、ツツジの頃に来たいね。どうだろう、4月半ば過ぎかね・・・そうだ、次は結城のご両親も招待したらどうだい?座敷だけど、椅子も出してもらえるみたいだし。そうすれば足も楽だしねぇ。」
紅葉の見頃にはまだ少し早いが、ライトアップされた趣があって美しい日本庭園に目をやりながら、ママは上機嫌でそう言った。
今日は、11月第2週目の『Chicago』の定休日。
私とミッチーの入籍のお祝いにと、今日はママが鎌倉の老舗料亭『きたむら』を予約してくれた。
今日だけはノリコのスケジュールを夕方からあけてもらって、家族4人でお祝いの食事に来たのだった。
今日の午後に、ミッチーと2人で市役所へ行って婚姻届けを出してきた。
無事受理されて、私達は夫婦になり・・・そして、ミッチーは東満から相田満になった。
いつもはあんなに良く喋るのに、提出後歩いているうちに段々泣きそうな顔になり。
ギュッと私の手を握ったかと思ったら・・・。
「エミちゃん、俺っ・・・相田満は、絶対に、エミちゃんとノリコと史子ママを幸せにすることを誓うからね!!」
と、頼んでもいないのにいきなり大声で宣誓をぶちかましてくれた。
それも、市役所のど真ん中で・・・。
行きかう人、多数。
皆、ギョッとしてこちらを見ている。
羞恥心ってものが、ミッチーにはないのだろうか・・・。
まぁ、だけど。
絶対に幸せにすると宣言した対象者が、結婚相手の私だけじゃなく。
自然とノリコもママも一緒にして考えてくれるなんて。
色々、色々色々色々色々・・・ミッチーに大変アレなところはあるけれど、それが私の理想と考えていた夫だから、他は目をつぶろう。
と、心の中で一大決心をしたところで。
「フンッ、バカみたい。こんなところでそんな大声出して。」
聞き覚えのある嫌味な口調が聞こえてきた。
でも私は、瞬時に無視を決め込もうとに決め、すぐさまミッチーの手をグッと握った。
そして、ミッチーの目をじっと見つめて。
「うん、わざわざ言わなくても、ミッチーの気持ちは私にはわかっているよ。でも、ミッチーがあえて宣言したいのなら、後でお祝いの席でママやノリコの前で言ってやってよ。こんな所でいきなり大声出したら、他の人に迷惑だから。さあ、帰ろう。」
そう言って、私はにっこり笑みを浮かべると、握ったミッチーの手をグイッと引っ張り、出口へと向かった。
その一連の流れは、ミッチーに余計な行動をさせないためもあったのだけど、私自身新しい人生の始まりに、くだらないエピソードを付け加えたくなかったからで。
嫌味な口調に一瞬眉を寄せたミッチーだったけれど、その私の強引で一方的な行動に私の意図を感じ取ったようで、すぐに弾けるような笑顔になり。
「うん、帰ろう。俺たちの家に!」
そう言うと、ミッチーは私とつないだ手をブンブンと振り、スキップでもしそうな浮かれた足取りで歩き出したのだった。
「だけど、不備もなく無事婚姻届けが受理されて、よかったねぇ。ミッチーは本籍地が東京都港区だから、もし間違っていたらまた書類取りにいかないといけないし、保証人もミッチーの方は結城のお父さんに頼んだんでしょう?もし、提出しなおしって言われていたら、今日提出は無理だったかもしれないし。せっかく入籍しようとした日に、ケチがつくのも嫌だしね。よかったね。エミ姉もミッチーもおめでとう。ミッチー、改めてよろしくね?」
ママに続き、ノリコも上機嫌な様子でそんな嬉しい事を言ってくれた。
すると、ミッチーは目を潤ませ、ありがとうと言うのが精いっぱいで、もうその後の言葉が続かなくて。
「何だい、何だい、めでたい日に湿っぽいのはよしておくれ。ミッチー、乾杯するんだから、ホラッ、泣きやみなよ!・・・もうっ、しょうがないねぇ。じゃぁ、ハイ、乾杯っ。」
ママが乱暴にそう言って、オレンジジュースの入ったグラスを手に持ち掲げたけれど。
そう言うママ自身、鼻の頭は赤いし目も潤んでいる。
そんな2人を見てノリコがクスリと笑い、自分のグラスを持って。
「はい、はい、かんぱーい!エミ姉、ミッチー結婚おめでとう!ミッチー、改めて相田家へようこそ!!これからも、よろしくーーー。はい、かんぱーい!!」
と、照れ隠しもあるのか、雑な乾杯の音頭をさっさととった。
それはいかにも照れ屋のノリコらしい振る舞いだった。
だから私もノリコに倣って棒読みで。
「アリガトー、カンパーイ。」
とグラスを持って乾杯のゼスチャーをした。
そんなノリコと私を見て、ミッチーが焦った様に自分のグラスを持った。
「ノ、ノリコッ、そんないきなり雑に乾杯しないでよっ!俺、まだ準備してなかったじゃん!!エ、エミちゃんもっ!何で、さきに乾杯しちゃうの!?しかも、なんでそんなに棒読みなのっ!?もうっ、ホントに、もうっ・・・・・か、乾杯っ!!」
「何だよ、ミッチー。文句言いながら、乾杯するの?乾杯ってそんな気持ちでするものなの?」
「エミ姉、そういうこと言うと、せっかくミッチーが泣き止んだのに、また泣き出して面倒くさいことになるから。とりあえず、乾杯したから、何でもいいじゃんか。」
「ノリコッ、面倒くさいって、何だよっ。乾杯が何でもいいなんてっ・・・。」
「あー、もういいかな?せっかく美味しそうな高級料理が、冷めちゃうから。乾杯もしたし、早く食べよう?」
「そうだね、早く食べよう。いただきます!」
ノリコと私の乾杯が気に入らなかったのか、グズグズ言うミッチーをノリコと2人でからかって、私達はさっさと箸を手に取った。
ノリコも私も、湿っぽいのが苦手だから。
それは、ママも一緒で・・・・。
「ぶっ・・・アハハハハッ、この家でミッチーに勝ち目はないねー。最初から勝負はついてるんだから、無駄な抵抗だよ。でも、あー、これからこのおかしなコントが見られると思うと、本当に楽しくなるねー。」
さらっと角度を変え笑いながら、ミッチーが家族になるということを言葉にした。
その言葉にそれまで膨れていたミッチーの顔がグニャリとしたけれど、私は敢えて気が付かないふりをして、ミッチーの背中をドンと叩いた。
「ホラッ、今だよ!昼間の市役所のど真ん中でぶちかました宣誓、今がする時だよ!!」
すると、ミッチーの顔が一瞬にして輝き、口を開きかけたのだけれど。
「あー、そういうのはいいよ。宣言して誓われたって、人間誓い通りにはいかないもんさ。その言葉、ミッチーが自分の心の中に持ってくれればいいよ。何にも誓わなくたって、ミッチーはエミの旦那で、ノリコの兄貴で、私の息子だ。これからずっと家族。そうだろう?」
ママが、いきなりそんなことを言って、ミッチーを黙らせ。
そして、また泣かせた・・・。




