38、長太郎とその婚約者
「ちゃんと両親には行先を伝えてあります。それに、俺が小さい頃家業が忙しくて母の手が回らなくてしょっちゅう幼馴染のノリコの家でご飯食べさせてもらったり、泊めてもらったりしてたんで、うちとは親戚同様の付き合いなんです。うちの高校でバイトは22時まで認められているんで、バイトではないけどエミ姉は必ず10時になる前に俺を帰宅させます。だから、別に小百合さんが思っているようなことはないもないです。ノリコが今日は休みなんで、このところ全然話してないから会いたかったし。今日は長兄の結婚式の打ち合わせで忙しいから、『Chicago』へ行って夕飯食べて来るようにって言ったのも母ですし。」
大人しいマサルにしては珍しくハッキリとものを言うなと私は思った。
だけど思い出してみれば、普段はそれほど人前で意見を言わないマサルでも、ここだけは譲れないという時は、相手が誰であれビビリながらも自分の言葉を伝える子だった。
例えばノリコが『親に捨てられた子』といじめられた時も、相手が体の大きな上級生だったが、何でそんな酷い事を言うんだと小さい体で立ち向かった。
結局、投げ飛ばされてノリコに庇われるというオチだったけれど、それでもノリコはそんなマサルに救われたのだと思う。
だけど、長太郎の婚約者の小百合さんからすると、大人しいマサルがそんなことを言い返してくるなんて意外だったのだろう。
一瞬にしてムッとした顔になった。
だけど、後ろから長太郎がどうしたー?と声をかけながらやって来たから、その表情は本当に一瞬のものとなり。
小百合さんは打って変わり笑顔で長太郎を振り返った。
その瞬間、そういうことか・・・とノリコが向こうには聞こえないくらいの小さな声で呟いたから、マサルがそっと頷いたのだった。
「マサル君が来てたなんて知らなかったから、私達に気がついていたなら声をかけてくれればよかったのになぁって思って声をかけたんだけど・・・それと、高校生がこんな飲み屋さんに来て大丈夫なのか心配したんだけど、私、余計なこと言っちゃったみたいで・・・。」
長太郎がカウンターの前まで来ると、ウルウルとした上目遣いでいきなりそんなことを言い出した。
成程、広――――――い範囲で考えればさっきの話から全く違うとは言い切れないけれど、それでもニュアンスは小百合さんにマサルが強くあたったような感じに聞こえ、いかにも長太郎が小百合さんを庇いマサルを窘める流れを作っている。
凄いな、この女。
だけどつまり、この女は今の言葉で私とノリコを敵に回したってことで。
まぁ、そのつもりなら徹底的にやってやるけど?
私は戦闘態勢に入り、ニヤリと彼女に微笑んでみたら。
「いやっ、今日マサルには『Chicago』で夕飯食べて来るように言ってあるから大丈夫って、さっき母が言ったよね?それで、小百合ちゃんのご両親とうちの両親も交えて式場打合せの後夕飯食べて来たんじゃない。それに、打合せの時に、エミちゃんちとは親戚以上の付き合いだから、できたら親戚席に相田家を入れたいっていう両親の希望も聞いていたよね?だからこの店は、別に問題ないんだよっ。それに、マサルの夕飯は店のメニューじゃなくて、賄いを食べさせてもらっているから、客じゃないしっ!」
流石長い付き合いだけあって長太郎はキレそうな私の表情に気が付き、慌てて説明をし出した。
当然自分を庇ってマサルを窘める流れと思っていた彼女だったけれど、意外にも長太郎は彼女の思惑通り動かず、その上その説明で彼女が聞き逃していたという事実を発表してしまったから、物凄く驚いた顔をした。
「長太郎さん。マサルから聞いていたけど、結婚が決まったって?そちらの方?おめでとうございます。あの、私、相田典子っていいます。こっちが私の姉の、相田江見です。私はマサルと幼馴染というか姉弟のように育って、梶原家とは本当に仲良くさせてもらっています。長太郎さん、いきなり『Chicago』とか相田家とか言っても、ピンとこないんじゃない?長太郎さんやおばさんの会話で状況を判断するのは難しいと思うけど?」
そして、すかさずノリコが長太郎の焦った説明を補足するように付け加えながら、小百合さんのフォローも同時進行で行った。
多分、小百合さんが面倒な女っていうのと、先に色々言っておかないと長太郎が後で下らない事を言いそうだから。
本当なら、長太郎みたいなつまんなことでグダグタ言う奴は出禁にすればいいのだけど、店がオープンした時からお酒の仕入れは『カジワラ酒屋商店』で、梶原家とは親しい付き合いだしそうも行かないのだ。
ノリコのフォローに、長太郎がハッとした顔になり。
「あ、そうか、そうか。そうだよなぁ、俺エミちゃんでさえここのママとしか言ってなかったもんなぁ。小百合ちゃん、ごめん。今ノリコちゃんが言った通りなんだ。そうだよなぁ、いきなり『Chicago』とか相田家とか言っても、ピンとこなかったよなぁ。」
うんうんと頷きながら、そう言った。
言われた当の小百合さんは、思惑が外れたようだけど取り敢えず自分が責められなかったから、それ以上何も言えず黙ってしまった。
そんな小百合さんに全く気が付かない長太郎は、助け船を出してくれたノリコに感謝するわけでもなく、まじまじと顔を見ながらいつものように毒を吐いた。
「ノリコちゃん、本当にテレビに出てる時とは全く違うよなぁ。せっかく化粧で化けられる技術身に着けたのに、何でわざわざ残念な素顔晒してるわけ?」
本当にこの男だけは~!!あまりの言葉に、一瞬にして腹が立ち、横でゲラゲラとその言葉に笑う小百合(もう、敬称はつけないことにした)にも怒りがわいた。
だけど私の怒りが爆発する前にノリコが、素顔の方が私らしいって言われるけど?と平然と返していた。
「えー、そんなこと言う奴なんているかぁ?ノリコちゃん負け惜しみだろ?」
しかし、ノリコの言葉さえもからかうように長太郎が言い返す。
その横で小百合がクスクス笑う。
こいつら・・・と思っていたら、ノリコはそこでその言葉にニヤリと笑い返し。
「負け惜しみじゃないって、エミ姉もおばちゃんもミッチーもそう言ってくれるし―――「なんだよぉ、身内の欲目だろ?それ・・・クククッ。どうせ、その他にいないだろ?身内はノーカンだ―――「他には常連のヤスシもそう言ってくれたよ?」
「!!!」
ノリコが話し出したらバカにしたように途中で言葉をかぶせた長太郎に、ノリコは怒る様子もなくサラリとヤっちゃんの名前を出した。
その途端に、固まる長太郎。
本当に、アホだ。
最初にここで暴れた以来大人しいもんなのに、今迄の噂にビビる長太郎。
まぁ・・・先日横須賀の件でマサルをやっちゃんが助けてくれて8人を病院送りにした話を聞いているから、その噂は本物だと思ってるのだろうけど。
「さ、小百合ちゃん。そろそろ、向こう戻ろう?せっかく2人で来たんだし。何か、音楽でも聴こう!」
これ以上ノリコを弄るとまずいと思ったのか、長太郎は絡むのを辞めて席へ戻ろうと言い出した。
トモちゃんもこっちで2人が話し出したから、注文を受けた飲み物を出そうか迷っていたようで、タイミングよく飲み物お持ちしますねーと声をかけてくれた。
小百合はまだ何か言いたげだったけれど、長太郎が席に戻っていったのでその後に続いた。
「嫌な女だね。マサルも大変だ・・・。」
私がそう言うとマサルは眉を下げ、暗い顔でうんうんと頷いたけれど。
「いや、長太郎さんもあいかわらずだから。ある意味、あの2人お似合いじゃないの?」
ノリコが上手い事を言ったのでマサルと2人でふきだし、それまでどんよりとしていた空気がカラリと変わった。
そしてそれからしばらくして、ミッチーが地元の後輩だという人気俳優の春川十夜さんを伴って帰って来た。
春川さんは先日ノリコが2度出演した『ミッドナイトスペシャルショー』の司会者で、ノリコと面識があるからそのままカウンター席に座った。
私にまとわりくミッチーがようやく落ち着いた頃、人気俳優と話がしたいとでも言ったのだろうか、再び長太郎が小百合を伴いこちらへ来ようと歩きかけたら。
「あっ、ヤスシ!いらっしゃい!」
戸田さんと連れだってやっちゃんが来店した。
ミッチーはやっちゃんのことを気に入っており、すぐさま気が付いて声を掛けたら。
その言葉に、長太郎が固まった。
本当に、アホだ。




