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37、気になること

「エミママ、誰か来るのを待っているんですかー?」


バイトのトモちゃんが、オーダーを伝えにカウンターにやってきて、いきなりそんなことを言った。

さっき店の入り口のドアが開いた音が聞こえたから、しゃがんでカウンター下におしぼりを詰めていた私は思わず手を止めて立ち上がり。

来店したのが呉服屋の若と電気工事店二代目の同級生コンビだとわかった瞬間、内心がっかりとしてしまったのだ。

それは客商売として絶対ダメなことだから、表情には出していないつもりだったのだけど。

不意を突かれて一瞬返事が遅れたことから肯定ととったのか、トモちゃんはニヤニヤと笑いながら。


「わかってますってー。愛しのミッチーさんでしょう?今日はノリコちゃんがお休みだから、ミッチーさん早く帰ってくるんですよねー。もう、エミママってば結婚直前でラブラブなんだから~。ほんと、あんな素敵な旦那さん・・・まぁ、束縛はかなり激しそうで大変だろうけど、愛されていてうらやましいなぁ。」


と、いいように勘違いしてくれたから。


「大人をからかうもんじゃないよ。ほら、オーダー伝えてよ。」


照れたふりをしてごまかした。

トモちゃんはクスリと笑うとオーダーシートに目をやり。


「えーと、生ビール2つとオニオンリング、ポテトサラダ、青唐辛子2倍のサラミピザとメイプルシロップたっぷりのホットケーキトリプルです。」


と、注文を読み上げた。

私は店の中央のテーブルに座った同級生コンビをチラリと見ると、いつものように何でこの2人は仲がいいのだろうと不思議になる。

『呉服のくに松』の若は辛党の和服が似合う美丈夫で、それに対して地元工務店に勤める大岩さんは作業服姿が良く似合うがっしりとした体躯のガテン系甘党だ。

職業も見た目も食の趣味も全く正反対の2人だが、いつもつるんで楽しそうに飲んでいる。

ちなみにこの2人は、マサルの兄の長太郎と同級生だ。

だけど、この2人は長太郎とは反りが合わない・・・というより、ここで会っても適当に挨拶をして相手にしない。

何となく気持ちは分かるけれど・・・まぁ、そこは共通しているから、つまり価値観が合うということかもしれない。





「お待たせしました。青唐辛子2倍のサラミピザとメイプルシロップ2倍のホットケーキトリプルです。」


既にオニオンリングとポテトサラダをつまみに生ビールを飲んでいた同級生コンビの所へ残りのオーダー2品をもって行くと、2人ともひと際嬉しそうな顔を私に向けた。


「おー、来た来た!」


「うまそー、エミちゃん、メイプルシロップたっぷりかけてくれてありがとなー。」


「いえいえ、今日もご来店ありがとうございます。それに、国松さんにはアドバイスを頂いた上に随分勉強してもらって、本当にありがとうございました。母も私も着物の事はよくわからなくて、国松さんにつきっきりで選んでいただいて助かりました。そのうちノリコにも作ってあげようと思ってるんで、その時はまたお願いしますね。大岩さんも急ピッチでリホーム仕上げでくださって、助かりました。お礼といっては何ですが、辛いものばかりの獅子唐とジャコの麺つゆ炒めとホットケーキトッピング用のバニラアイスです。私からサービスですので、よかったら召し上がってください。」


私が丁寧に挨拶してテーブルに注文品の他その2品を置くと、2人は驚いた顔をした。


「いやいやいや、俺たちの方こそありがとうございますなのに、エミちゃん気を遣わないでよ。」


大岩さんが焦った顔で、サービスの品と私の顔に視線を走らせ恐縮した口調でそう言った。

国松さんもそうそうと頷く。

だけど私は首を横に振り。


「いやいや、お2人とも気持ちよく引き受けて下さって、嬉しかったですから。結婚準備なので、そういう気持ちって本当にありがたくて。だから、ほんの私の気持ちです。」


正直な気持ちを伝えた。

すると、私の気持ちがつたわったのか、2人も丁寧に頭を下げてお礼を言ってくれた。

そして、国松さんは早速獅子唐とジャコの麺つゆ炒めを頬張り、旨い!と頬をゆるめてくれた。

大岩さんもワクワク顔でアイスをホットケーキに乗せ。


「エミちゃん、本当にありがとう。実はさぁ、俺、前々からホットケーキにアイスクリームトッピングしたかったんだよねぇ。だけど、流石にカロリーオーバーだろうって自分を諫めていたんだけど。ほら、今日は来てないけどあの隅の席に良く座る大柄な男の人がメッチャ旨そうに食べてるの見て、うらやましかったんだよねぇ。しかも、あの人アイスダブルだったし!」


そう言うと、ウキウキとした様子でホットケーキにナイフを入れた。




ミッチーの義母兄・姉と内藤さん親子が家へ押し入ろうとした日の翌日、予定通り山田さんは店の防犯工事をしに来てくれた。

そして約束通りホットケーキをご馳走したのだけれど・・・それから1週間以上たつが、山田さんは1度も来店しない。

山田さんが初めて来店してから、毎日とは言わないまでも週に4日くらいは来ていた。

まぁ、山田さんだって忙しいのかもしれないけれど、ママの心づけを預かっている以上もしこのまま山田さんが来店しなかったらどうしようと思っているのだ。

というより、もしかして心づけ分でホットケーキをご馳走すると申し出たことで、遠慮しているのかも・・・と、気になっていたのだった。


カウンター内に戻りそんなことを考えていたら、長太郎と婚約者の人が連れだって店に入ってきたのが見えた。

一緒にカウンター内に立っているノリコもそれが見えたようで、げ・・・という声が小さくはあったが口から出ていた。

その声と表情を見て、カウンターを挟みノリコの前に座っていたマサルがノリコの視線の先を振り返った。


「うわ、長兄ちょうにいと小百合さん・・・来たんだ。」

マサルも小さな声でそう言うと、姿勢を慌ててカウンターの方へ戻した。

ノリコの反応は、いつもデリカシーがなく失礼な長太郎に対してだろうけれど。

マサルがそう言うって言う事は・・・。


「え、マサル?長太郎の婚約者の人、苦手なのかい?」


私がそう問いかけると、マサルは眉を下げた。


「うん、ぶっちゃけ、苦手。別に直接被害とかは被ってないけど・・・今まで俺の周りの親しい女の人って、ノリコとかエミ姉とか史子ママだったじゃん?だから何て言うか・・・ああいうタイプの人、苦手だなぁって思って。長兄のお嫁さんになるのに、こういう風に思ったらいけないんだろうけど。言っている事と実際思っていることが違うとか、自分中心じゃないと気が済まないって言うか。ちょっと話しただけで面倒臭いって思っちゃったんだ。」


「まぁ、確かに・・・私も、エミ姉も、おばちゃんも面倒臭い建前なんて言わないからねぇ。だけど、マサル・・・マサルの周りにいる女が私達3人って、それ、情けなくないか?」


よく知らない人の悪口になってしまうのを避ける為か、ノリコが話の論点をズラしマサルを揶揄った。


「だって、しょうがないじゃないか。高校の同級生の女子なんて、ヤンキーばっかで怖いんだから。」


ノリコの言葉に口を尖らすマサル。


「湊学園は結構ヤンチャな学生が多いからねぇ。それでも、見た目だけで判断しないで、話すと結構いい奴もいると思うんだけどね。まぁ、マサルのペースで頑張ればいいよ。」


からかっていたのに結局は拗ねた様子のマサルを励ますノリコ。

その言葉に膨れていたマサルもうんそうするーと、いつの間にか機嫌を直し2人で別の話題を楽しそうに話し出した。

この2人は本当に仲がいい。

小さいころからずっと一緒で、ノリコが親に捨てられた子って心無いうわさが広がり同級生に敬遠されても、マサルだけはいつもノリコの傍にいてくれた。

素直で根っから優しい子で、だから私もノリコ同様弟のように思っている。

だから、何となく・・・長太郎の婚約者のことが気になった。

ふと、トモちゃんがオーダーを取っている様子を見ていたら、バチッと長太郎の婚約者と目があってしまった。

あーこれって、嫌な予感がする。

そう思いながらも客商売なのでニッコリとほほ笑んで会釈をしてから、さも注文をこなすようにカウンターの内側の作業台へ視線を落とした。

注文は今入っていないけれど、今のうちにサービスで出すおつまみのポップコーンをもう少し作っておこうと、乾燥トウモロコシをポップコーンメーカーに入れた。



「うわぁ、いい匂い。エミ姉、出来立て食べさせてよ!」


何とも言えない匂いが漂い、昔から出来立てのポップコーンが好きなマサルが鼻をヒクつかせながらそう言うから、思わず出来立てのものを一つつまんでマサルの口に放り込んでやった。

熱い!と言いながら、嬉しそうにハフハフ食べるマサル。

その子供の頃と変わらない無邪気な様子に、ノリコと一緒にゲラゲラと笑っていたら。


「マサル君、お家にいないと思ったら、こんなところにいたの?マサル君まだ高校生でしょう?高校生がこんなお酒を出すお店に1人で来るって感心しないわ。」


長太郎の婚約者が、カウンターの前までやってきていた。

マサルを気にするような口ぶりだけれど、どうやら本当に気になるのは別の事の様だった。






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