36、築いてきたもの
深夜、ノリコと一緒に帰宅したミッチーと、ママの部屋へ向かった。
いつもならママはそろそろ就寝時間だけど、今日はミッチーの報告を待っていたらしく。
ミッチーもそれはわかっていたようで、招き入れられたママの自室のソファーに腰かけるやいなや直ぐに口を開いた。
「とりあえず、猪熊兄姉は自力で借金を返してもらうように手配した。だけど、未だに絶大なファンもいるし藤城剣の築いてきたものをそのままにできないからさ・・・弁護士の粕谷さんにも相談してたんだけど、『藤城プロダクション』はなくすにしても、『藤城剣記念館』の経営や藤城剣に関する事業や権利の管理は俺の方で引き受けることにしたよ・・・一応父親だし。それで、とりあえず権利を買うという事で、『藤城プロダクション』に金出して会社としての負債を無くしてから廃業って手続きとるから。藤城剣が作った会社だからさ、倒産になったらマスコミが嗅ぎつけて面倒なことになるかもしれないしね・・・まぁ、会社のほうはそれでケリはつくけどさぁ、猪熊兄姉個人の借金とか、兄の方の訴訟とかあるから、そっちは自分たちで金作ってもらわないとねー。だから、知り合いの借金清算人にまかせちゃったー。多分、あの2人国外とか離島とか、よくわかんないけどここから遠い所で長期にわたって肉体労働をすることになると思うから、金輪際こっちを構ってる余裕はないと思うよ。警察に届けないって条件出して、一生俺や俺の家族と関わらないって文書も交わしたしねー。まあ、その前に勝手に帰って来るなんて許されないだろうし、手段もないだろうしねー。あー今度こそあいつらと縁が切れて、すっきりした!史子ママもエミちゃんも、本当にうちの親族が大変なことして、申し訳ありませんでした。」
借金清算人とか外国とか離島とか、長期にわたって肉体労働とか、帰る手段がないとか・・・色々色々色々、突っ込みたいことはあるけれど、ミッチーがホッとしたような申し訳ないような何とも言えない顔をして私とママに頭を下げたので、何だか胸が詰まってそれ以上何も言えなくなった。
ただ、そっと労わるようにミッチーの背中をさすった。
「何だよ、他人行儀なことするんじゃないよ。もう危険がなければ私たちはそれでいいさ。ねぇ、エミもそうだろう?ホラ、頭を上げな・・・それよりも、内藤さんの方はどうなったんだい?早く話しておくれよ。」
ママもミッチーの義母兄・姉の事に関してこれ以上何も言う事はないようで、それよりも内藤さん親子に対しての説明を求めた。
確かに、チョコレートボンボンの事とか、何となくミッチーの義母兄・姉に対して協力したのはわかっているが詳細は不明だし。
ママの言葉にミッチーは頭を上げたけれど、その顔はさっきとはうって変わって何かを思い出したのかウンザリとしていた。
「知り合いにそういうの検査してくれる人がいて調べてもらったんだけど・・・あのチョコレートボンボンから睡眠薬が検出されたよ。チョコの大きさからしてそんなに多くはなかったけどブランデーが入っているからさぁ、摂取すれば薬の作用は大きくなっていたかもって。とりあえず覚せい剤とか麻薬系じゃなかったけど、本当に俺の大切なエミちゃんと史子ママになんてことしようとしたんだよ!もう、これは地獄を見せるしかない!って思ったんだけど・・・内藤親子の借金・・・あの息子の本当の父親が絡んでいた。というより、本当の父親に騙されて金巻き上げられたってオチ。で、困ったあげく、自分たちがエミちゃんと史子ママを玄関に引き付けて睡眠薬入りのチョコレートボンボンで眠らせるって役を引き受けたんだって。その間に猪熊兄姉は庭の方から侵入させて俺の財産や上手くすればここの家の金目の物を盗もうって計画で、エミちゃんパパの絵は内藤親子がもらう手はずだったんだって。この間エミちゃんパパが画家だって知って、絵に結構な価値があるって調べたみたいなんだよね。あのオバサンの言い分だけど、史子ママは旦那の実家が資産家でそれをまるまるもらった上に、婿も資産家で悠々自適なんだから、うちには恩があるのだし少しくらい助けてくれたっていいはずだって。助けるって、泥棒だよねぇ?それも職人としての技術まで悪用しようとして。それに、エミちゃんの大切な形見だってい言っているのに・・・自分勝手な人間って、本当にどこまでも自分を正当化するんだね。だから、騙されるんだよ――」
鎌倉の人気店となっていた『洋菓子ナイトウ』は、テレビでも何度か紹介され勿論雑誌にも頻繁に掲載されて有名になっていた。
3年前ご主人が亡くなった時にも訃報が地方紙に載るほどになっていて、凄いなぁと私は単に思っていたのだけれど、訃報を知った肇さんの実父が内藤さんに連絡をしてきたのだった。
その人は既に奥さんを亡くしていて、訃報を知り昔の恋人だった内藤さんが心配になって連絡をしてきたと言い、内藤さんも好きだった人でその上肇さんの実の父親という事もあり、それからまた交流が始まったそうだ。
だけどその元恋人がかなりの曲者だった。
実はギャンブル狂でミッチーの異母兄・姉が借金していた金融会社にかなりの借金があり。
結果的に上手い事を言って、内藤親子から金を引き出した後、消息を絶ったのだった。
その手口は、アメリカで『洋菓子ナイトウ』の開発した新商品を売り出そう、肇さんにはその才能があるから絶対に大成功する、自分はニューヨークに強力な伝手があり全面的にバックアップするから大丈夫と唆し。
取り敢えず向こうのデパート4社に商品を卸す為に保証金として1社2千万円納めるから8千万円用意してくれ、取引が軌道に乗れば保証金は利子がついて返却されるから足りない分は取り敢えず借りればいい、損は決してしないからと金融会社まで内藤さんに紹介したのだった。
勿論、そんなことあるわけない。
アメリカのお菓子販売を全く知らない私でさえ、そんな話嘘だとわかる。
だけど心が曲がって現実に目を向けない人は、真実を見抜けないという事か。
一生懸命にならなければ、望むものは手に入らないのはあたりまえだ。
肇さんのお父さんの懸命に仕事に打ち込む姿勢は、2人の目に入らなかったのだろうか。
結果、内藤さん親子の件もミッチーは借金清算人に依頼する事にしたという。
但し、お金を騙しとった肇さんの実の父親を探し出して、その人にもきちんと清算させると決めたようだ。
既にお金を借りてから半年以上たっていて、利子が膨れ上がっている状態らしい。
お店を売ったのも、借金返済ではなく利子を返すためだったという。
まぁ、うちとしてはガラスを割られたり門を壊されたりなんて被害は全くなかったわけだし。
全部未遂で終わり、しかもミッチーやミッチーのお父さん、そしてノリコを絡めて今回の事を面白おかしく記事にされたらたまらないから、こういう形で始末をつけるのがベストだと思うのだけれど。
「何だか、やるせないねぇ・・・内藤さんのご主人、本当に働きもので明るくていい人だったのに。口癖のように、両親が早く亡くなって自分は天涯孤独だから、家族を大切にするんだって言っていたのに。考えてみると、自分の血を引いた子供も持てなかったんだよね・・・一体、何のためにあんなに頑張ったんだろう。頑張って築いたものが全てなくなっちゃってさ・・・。」
ママが、切ない声でそう言った。
きっと、内藤さんの御主人に世話になったからできたら力になりたかったのだろう。
でも、もうこうなっては助けるすべもない。
そんなママの言葉にミッチーも顔を歪め、そうだね・・・と同意した。
だけど、私は残っているものもあると思った。
・・・あれには確かに肇さんのお父さんが築いたものが引き継がれていた。
だから、私は1つ提案をした。
「ミッチー、百万円で『洋菓子ナイトウ』のオリジナルシュークリームのレシピ・・・というか、権利って買えるかな?ママ、百万円出してよ。その分を内藤さんの借金にあてて。それで、『洋菓子ナイトウ』を辞めてあのシュークリームを引き継いでいる職人さん達に公認証を出すの。そうすれば、肇さんのお父さんの築いたものは引き継がれていくし。ママが感じている恩もそれで果たせるんじゃない?多分、他の店に勤めた職人さん達は、事情はどうであれ勝手にレシピを使っているっていう気持ちが心のどこかに引っかかっているんじゃないかなぁ?私、結城プロデューサーに連れて行ってもらったレストランで辞めた職人さんに会って事情を聞いたっていったでしょう?でもさぁ、デザートに出されたのってプチシューだったんだよね。その時、何となく職人さんがそのままのものを作りにくいんじゃないかって、そんな気がしたんだ。どうかな?」
私がそう言うとママは一気に明るい表情になり、私の手を握ると大きく頷いた。
ミッチーもいい考えだねと同意してくれた。
すると、ママはいきなり立ち上がり、部屋にある電話の所へ行くとダイヤルを回し始めた。
いや、もう深夜零時過ぎているけど・・・どこに電話するんだろう?と思っていたら。
「あ、カスちゃん?・・・・・電話出るの遅いよ!あのね、至急書類作って持ってきてほしいんだけど。明日の朝7時くらいまでに持ってこられるかな?内容はね―――」
どうやらかけた相手は弁護士の粕谷さんのようだけど、ママの話の内容を聞いて私はめまいがした。
いや、今から書類作って明日の朝7時って、そんな無茶な!
私がママのとんでもない電話の内容を唖然とした顔で聞いていたら。
「ふふっ、善は急げかー。普通の人だったら真夜中にこんな無茶ぶりされたらブチギレるだろうけど。史子ママたちの築いてきた関係は、こんなこと何ともないんだろうなー。エミちゃん、こういうのって信頼って言うんだよね?ホントいいよねぇ?」
ミッチーが楽しそうにそう言うと、私の指に自分の指を絡めてきた。




