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34、厳重

ミッチーはポケットベルを持っていたようで、直ぐに連絡が取れた。

しかも預言者でサイコパスな勘の持ち主のミッチーは、既に車でこちらに向かっているという。


『あと、20分くらいで着くから。エミちゃん、怖かったよね?本当に嫌な予感がしてたんだ。だけど、今日午前中どうしても外せない打合せが入っちゃって・・・ノリコ1人にできないし。大変な時に一緒にいてあげられなくてごめんね。俺が帰ったら好きなだけギュウッってしてあげるから、それまで我慢できる?我慢できなかったら、電話越しだけどチュウーする?いいよ、ここタバコ屋の前で結構人通りが多いけど、エミちゃんへの愛の前では全然恥ずかしくないし。むしろ、一般市民に俺のエミちゃんへの崇高な愛を示すのもいいなと思ってるし!』


ミッチーに異母兄が絡んでいることも含めて国見さんが経緯を説明した後、私に代わってくれと言われたらしく、私は素直に電話口に出た。

腹違いとはいえ本当の兄姉に結婚相手の家でこんなことをされて、流石にミッチーもショックを受け落ち込んでいるだろうと思ったからだ。

だけど、心配した私がバカだった。


「ふざけんなっ!いいから早く帰って来い!」


ミッチーの場違いな言葉にこんな状況で何考えてんだと頭にきて、一方的に怒鳴りつけると私は受話器を電話に叩きつけた。


「す、すげぇ・・・。」

「いやー・・・安定の上下関係ですね。」


不法侵入した男女を縛り上げリビングに転がし。

そしてカーペットの床に直に座らせた内藤さん親子を監視するように、仁王立ちしていた板部さんと国見さんが、私の怒鳴り声に驚いて振り返った。

その一瞬の隙に、内藤さんが素早く動きかけた。

だけどそれを阻止するように、瞬時に工事業者の人がスケールを凄いスピードで内藤さんに向け投げつけた。


「ギャッ!!」


業務用のスケールだから、見るからに一般の物より大きくて重そうだ。

それが内藤さんの脛に的中し、かなりの衝撃だったらしく内藤さんは脛を抑えて蹲った。


「年配の女の人だから縛るのは遠慮してたんですけど、これではやむを得ないですね。」


こめかみに青筋を浮かべ厳しい表情で、国見さんがロープを出してそう言った。

板部さんも同じような表情で、国見さんを手伝うように内藤さんの体を押さえつける。

ママはその様子を厳しい目で、ただ見つめていた。


「それでは・・・結局、取り付け後の作動テストもこれで済んでしまいましたから、工事は以上です。明日は、お店の方の工事をします。10時頃お店に直接うかがいますので、今日はこれで失礼します。」


張りつめた空気をものともせず、スケールを床から拾いながら工事業者の人が事務的な口調でそう言った。

私はその言葉にハッとすると、作業服を着た大柄で短髪の人を見た。


「山田さん、今日はありがとうございました。本当に工事に入ってもらっていなかったら、大変なことになっていました。明日は、お昼持ってこないでくださいね?ランチにアイスクリームダブルでトッピングのホットケーキをご馳走しますから。明日もよろしくお願いします。」


私がそう言うと、工事業者の山田さんは楽しみだなーと嬉しそうに笑った。

そう、世の中は狭いものでミッチーが手配した工事業者の職人さんは、最近『Chicago』の常連になった大柄で短髪の詩吟好きの彼だった。

何度も来店するようになり、実は甘党で穏やかな人だという認識に変わったけれど。

やはり初対面の時に受けた印象通り、かなりヤバイヤツだった。

いや、今はこうして真面目に働いて仕事ぶりもテキパキしてきちんとしているから、多分昔はかなりヤバイヤツだったのだろう。

不法侵入した男女をあっという間に取り押さえていたし、とにかく隙が無い。

だから、今日は助かったのだけれど。


「本当に今日はありがとうね。少ないけど、これ私の気持ちだから、受け取ってくれない?」


まとめた工具を手にし部屋を出ようとした山田さんに、ママがいきなりポチ袋を差し出した。

すると、山田さんは首を横に大きく振り。


「いやいやいや、東さんからたっぷり代金は頂いていますから。そんな、頂けません。それに、おやつに出していただいた手作りのみたらし団子滅茶苦茶旨かったですし。こちらこそ、ご馳走様でした。」


そう言いながら後ずさった。

ママはそれでも一度出したものは今更ひっこめられないと、ポチ袋を山田さんに押し付けようとした。

困り顔の山田さんを見てどうしたものかと思ったけれど、仕方がないのでそのポチ袋を私が手に取った。


「それじゃあ、これは私が預かるよ。山田さん、うちの店のホットケーキこの中身の分だけタダにするから。あ、勿論明日の分は私のおごりだからね?その次からの分って言う事で。それならいいでしょう?」

私がそう助け船を出すと山田さんの眉がへにゃりと下がって、ありがとうございますと返事をして帰っていった。





何となく予想はついていたけれど、うちに不法侵入した女の方はミッチーの義母姉だった。

つまり兄妹で腹違いとはいえ、弟の家に押し入ろうとしたのだった。

ミッチーが帰宅して少ししてから、弁護士の粕谷さんと税理士の蒲池さんが凄い形相でやって来て、ミッチーの義母兄・姉と内藤さんの身辺を調査した結果を報告してくれた。

それによると、義母兄が藤城剣の個人事務所である『藤城プロダクション』を引継ぎ、『藤城剣記念館』の経営や藤城剣に関する事業や権利の管理を行っているが経営状態はかなり厳しく、その上デビューを餌に歌手志望の女の子に手を出して裁判沙汰までなっているという。

義母姉は義母姉で、20歳年上の実業家と結婚したが義母姉の浮気が原因で離婚となり、藤城剣の遺産も派手な生活で使い果たしてしまっていた。

つまり、2人も金に困っている状態で、その上ミッチーの財産の関係で蒲池さんが徹底的に調べ直して不正を法律的に問いただしたのだから、より追い詰められてしまったわけだ。

そして、何故今まで金に無頓着だったミッチーが急に体制を変えたのか、異母兄の方も調べたらしく・・・そして私の家の事までたどり着いたのだった。

金に困っている異母兄と姉はもちろん正規でないところから金を借りていて、取り立てが来た時に自分の弟と私の家の事を話し。

偶然そこに金を借りていた内藤さんがうちと近所だということで話が行き、うちの内情を入手した。

今日内藤さん親子が尋ねて来ていつもは図々しく家に上がり込んでくるのに、珍しく玄関先で長々と話し込んだのは、多分私達を玄関に引き付けておいて裏から異母兄と姉が家に侵入する隙を作るためだったのだ。

そこまで話が進むと、国見さんが内藤さんを睨んだ。


「さっき走り去るトラックの荷台に頬り投げたあの紙袋。中に入っていたチョコレートボンボンを無理やりエミさんたちに食べさせようとしてたって・・・その中に何か混ぜてあったんだろっ!?それで、ヤバイと思って始末したのかっ!?」


国見さんの言葉に、私は思わずゾッとした。

確かに、あの状況と肇さんの様子から食べる気にはなれなかったけれど、もし食べていたら今頃は・・・本当に食べなくてよかったと胸をなでおろした。

でもそれもつかの間、私にぴったりと寄り添ったミッチーから何か凄い圧が感じられて、そおっとその顔をうかがうと・・・見事に、鬼のような形相になっていた。

だけど、開き直ったように内藤さんは鼻で笑うと。


「憶測でものを言わないで!証拠はないでしょう?」


と、ふてぶてしく言い返した。

確かにその通りで、国見さんはグッとつまった。

チョコレートボンボンは確かに走り去ったトラックの荷台に放り込まれ、現在どこにあるのかわからない。

だけど、そこでママがポケットに手を入れ立ち上がり。


「あるよ、証拠なら。ホラ、さっき紙袋に入らずに転がった2つのチョコレートボンボンだよ。そんなの知らないってシラ切ってもムダだよ。今日、玄関にも監視カメラつけてもらったからね、あんたたちが私とエミに無理やりこれを勧めているのも、これが転がったのも、私がこれをひろってポケットに入れたのも、全部記録されているからね。いい加減、観念しなよ。内藤さん。」


厳しい顔でそう言うとポケットから取り出したハンカチを開き、チョコレートボンボン2つを見せた。



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