3、お揃い
パパが亡くなった後、ママは私を連れて西麻布のマンションに戻った。
西麻布のマンションはママが亡くなった両親から相続したもので、処分せずにそのままにしておいたから、清掃業者をいれたら直ぐに住める状態となった。
鎌倉の家は、元々パパの実家の別荘で。
実家は凄くお金持ちだったのだと思うけれど、当時パパ以外の親族は既に亡くなっていて、ママがそのまま相続をした。
広大な庭に建つ、3人家族には広すぎるレトロでクラシックな洋館が、私は大好きだった。
だけど、当時のママには鎌倉はパパとの思い出が多すぎて、辛かったのかもしれない。
ママは友人が沢山いる東京に戻って、パパの死を直視しないようにするためか、また元のクラブで働きだしてあっというまにナンバーワンになった。
でも、そんなママに対し私は・・・パパの死のショックから抜け出せずにいて。
その上、パパの幸せだった場所から離れてしまったことで寂しくなり、段々と不安定になってしまった。
そんな私の寂しさに気が付いたのは、ママの友達の江村さんという人で。
自称売れないデザイナーの江村さんは、ママのクラブで着るドレスを作っては家に届けてくれるので、いつの間にか私とも話をするようになっていた。
「エミちゃんは優しいから、犬でも飼ってみない?お世話は大変だけど、ちゃんとしつけをすれば、いい家族になれるよ?」
近所で仔犬が生まれたからと、そう提案した江村さんに私は大喜びで、犬飼いたい!とママに頼んだ。
私の喜びようにママはそれなら一度その仔犬に会いに行ってみようかと提案してくれて、私たちはその日のうちに江村さんのご近所さんの家に伺った。
仔犬は3匹でどれも可愛かったから、その場でママに欲しいとねだり。
苦笑いのママにOKをもらったのだけれど、はしゃいだ私はそのまま言葉を続けた。
「嬉しい!私、大切に育てるね。それで、私がおばあちゃんになっても、ちゃんとお世話するって約束するね!」
すると、無知な私の言葉に、大人たちが苦笑した。
「いやいや、エミちゃんがおばあちゃんになる頃には、この犬はさすがにいないよ。犬の寿命は精々10~13年くらいだからね。人間より寿命が短いんだよ。」
江村さんが、そう笑いながら私に常識を教えてくれたのだけど。
犬の寿命が人間と違ってそんなに短いということに、ショックを受けた。
だって、パパばかりか、この可愛い仔犬も私を置いて死んでしまうなんて!
私は、撫でていた仔犬の頭から手を外し、仔犬そのものから距離を取った。
そして、それから喋ろうと思ってもどうしても声がでなくなってしまった。
それで、犬を飼うどころではなくなり。
ママは店を休んで、私を病院へつれて行ったり、私につきっきりだった。
お医者様の診断は、パパの死のショックが大きすぎて、とうとう体にでてしまったというものだったけれど。
自分でも本当にそれが正しい診断なのかわからなくて、ただ黙ってママにしがみついていた。
そんな中、事件が起こった。
つまり、ガリガリでボロボロのノリコが、うちにやってきたのだ。
顔立ちはママに似ているけれど、ド派手で安っぽい服装に耳障りなヒステリックな声で、無遠慮に家の中のインテリアをジロジロと見まわすその女の人は、ママの妹だと言った。
要は、生活が苦しくて子供を今育てられないから、預かってほしいと言っていたようだが。
私は、その時ママがどんな表情をしていて、その2人の間でどんなやりとりがあったのかなんて一切気にならなかった。
ただ、私は・・・悲惨なノリコの姿しか目に入らなくて。
というより、こんなガリガリで傷だらけで・・・死んでしまうんじゃないかと、本当に心配で怖くなった。
「お・・・おなか、すいて・・・ない?お姉ちゃんと、一緒に何か食べよう?」
気がついたら、そう言ってノリコの手を引いてキッチンへ歩き出していた。
その私の声にママが反応して、この子の面倒は見るからとママの妹を家から追い出した。
家にはママの友達が差し入れしてくれるお洒落で高級なお菓子が沢山あって、私は片っ端からそれを広げノリコに勧めたのだけれど。
ノリコは中々食べようとしなくて、じれったくなった私はお菓子を袋から出すと、ノリコの口へ半ば強引に入れた。
そんな私の行動にノリコは驚いていたけれど、口に入れられたお菓子を恐る恐る咀嚼すると表情を変えた。
「おねえちゃん、美味しいね!」
そう言って、ニパッと笑った。
それがもう・・・滅茶苦茶可愛いくて、たまらない気持ちになった。
だから私は、もっともっと食べなとお菓子をドンドン勧めた。
結局、私は寂しかったのかもしれない。
だけど、ノリコがある日やってきて、しかも酷い痣や火傷の痕が体中にあって、肩の骨が不自然にくぼんでいるのを目の当たりにして、私の中の・・・どこにあったのかわからない情熱が一気にノリコに向いて。
ノリコを私が守る!という強い気持ちがわいてきて、パパの死にショックを受けて萎れていた私は、俄然元気になった。
だから、私は構わず自分の望みをママに伝えることができたのかもしれない。
鎌倉へ帰りたい、ママとノリコと私で鎌倉のあのうちに戻りたいと——
「東さん、終電なくなるけど・・・。」
営業終了時間の23時を過ぎても、腰を上げずに話し続けるミッチーに、ノリコが控えめにそう言った。
「あー・・・もう、closing timeだね。トモヤ、今日は楽しかった。またね。」
ノリコの言葉に、ジミーは気がついてそう言って山内の帰宅を促した。
「エミさん。今日、あまり話せなかったので、この後つきあってもらえ——っっ・・・・。」
だけど、ミッチーが来てから、ミッチーが私に話しかけるので山内は私と会話ができず、少しふてくされていたと思ったら、突然そんなことを言い出した。
まさか、そこまでしつこく食い下がるのかと面倒な気持ちになりかけた時。
突然ミッチーがジロリと山内に視線を向け、山内が黙りこんだ。
そして。
「きょ、今日は帰りますっ・・・。」
突然立ち上がると、そう言ってレジの方へ歩き出したので、私も精算の為レジに向かおうとしたけれど。
ミッチーが素早くカウンター越しに私の腕を掴んだので私は動けず、ノリコが呆れたようにため息をつき、レジへ向かった。
ジミーはそんな私たちを見て、ピューと口笛を吹き。
「Good night!」
と言ってニヤリと笑うと、レジへ向かった。
私は、ミッチーに腕を掴まれ、どうしていいかわからなくなり。
そして、真っすぐ私を見つめるミッチーの瞳から逃れられなくなり。
ただ、その場に立ち尽くしていたら。
「ねぇ、お願い。今日、家に泊めてくれない?絶対に、悪い事しないから。」
ミッチーが突然、あり得ないことを言い出した。
驚く私に、ミッチーはあくまで真剣に。
「それで、朝、エミちゃんの作るベーコンエッグを食べて、エミちゃんのお弁当を俺も作ってほしい!!あ、お客さん用とかじゃなくて、いつもノリコに作っているようなやつ!!俺、いつも、ノリコのお弁当や朝食の話を聞いて、滅茶苦茶うらやましかったんだよね。ねぇ、お願い!」
とても、内容はふざけているようにしか聞こえないのに、私は神経毒にやられたように、言われるがまま頷いていた。
すると、ミッチーはぱあぁぁぁぁっと、明るい顔になり。
ミッチーを除けば、ジミーが最後のお客さんだったこともあり、おもむろに席を立つと自分の使ったグラスや皿、ジミーや山内の分まで片づけ始めた。
驚く私に、片づけて早く帰ろうと急かしだした。
そして、帰宅するや否や出迎えたママに、いきなり自己紹介をして。
私が泊っていいといってくれたからおじゃましますと上がり込み。
面白がるママに、根掘り葉掘り質問をし始めた。
質問と言っても、ミッチーから見た私とノリコの性格や長所をいきなり話し出して、それがあっているかどうか、他に小さいころからどんな感じだったかとか。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、喜んだこと、怒ったこと、仕舞いには私やノリコだけではなく、ママのことまで聞き出してそこから会話を弾ませる始末で。
そんなミッチーをママは面白いと思ったのか。
「ノリコ、コーヒー淹れておくれよ。ドリップだよ。ミッチーの分もね。」
ママが、ノリコにコーヒーを頼んだ。
コーヒー好きのママがドリップを出す時は、相手を気に入っている場合だ。
私は、その状況にママを二度見したけれど。
「あれ?エミ姉・・・マグカップ買ったの?」
ノリコのその言葉で、ハッと我に返った。
「ああ、そうだ!ノリコ、ごめん!せっかくノリコが修学旅行で私に買ってきてくれたマグカップ、割っちゃったんだよ!ごめんね!」
「え、いや・・・それは、いいけど。エミ姉怪我しなかった?」
「うん、それは大丈夫。真っ二つだったから、破片も飛び散らなかったから、雑巾で床拭くくらいで済んだし。それで、ノリコのカップも口のところが欠けていたから、買いに行ったらいいのが売っていてね?結局、ママの分もみんな色違いで、揃えちゃったんだよ。チェリーレッドとレモンイエローとバイオレット。ノリコは、ビタミンカラー好きだよね?」
私がそう言って、レモンイエローのマグカップをノリコに差し出すと、ノリコは小さいころと変わらないあの、ニパッとした笑い方をした。
ノリコは優しいから、いつも笑顔を絶やさないけれど。
本当に嬉しい時は、このニパッとした笑い方をする。
私は、その笑い方がたまらなく好きで。
だから、もっとノリコが嬉しい気持ちになるようなことをしてあげたいと、思うのかもしれない。
「エミ姉、ありがとう!すごく、素敵だね。エミ姉がチェリーレッドで、叔母ちゃんがバイオレット?うんうん、凄くぴったりだねー。嬉しい、本当にありがとう。せっかくだから新しいマグカップで私もコーヒー飲もうかな?エミ姉も飲む?」
そう言って喜ぶノリコに私は笑顔で頷くと、ふと視線を感じた。
ちょっと、いやな予感がして敢えて気が付かないふりをしたのだけれど。
「いいなぁ・・・みんな、お揃いで・・・いいなぁ・・・。」
イジケタ声でそう言うミッチーが鬱陶しくて、つい予備で買ったコバルトブルーのマグカップを出してしまった。
その途端、ミッチーが光の速さでやってきて。
「え、これ、俺の?俺の?俺の?」
なんて言い出したから。
「いや、予備で買っただけ。お客さん用とか。」
と、否定したのだけれど。
「嬉しいなぁ・・・皆、おそろいだー。しかも、この色俺凄く好きなんだよねぇ。ねぇ、俺にピッタリじゃない?」
私の話は聞かないで大喜びするミッチー。
しかも、ニパッと笑うその表情は、お菓子を美味しいと言ったあのノリコと同じ表情で。
だから、私はそれ以上何も言えなかった。