26、思い知る
その日の23時頃、ミッチーがやっちゃんを伴い帰宅した。
まだ日は浅いけれどその濃密な時間で、ミッチーは私との約束を守る人だということはわかっていたけれど。
それでも、顔を見てホッとするなんて、やはり私はかなり心配をしていたのだ。
それだけミッチーが私にとって大切な人だということを、私に抱き付くミッチーの温もりで思い知らされる。
この人を、絶対に失いたくない―――
そんな強い気持ちを、私は今までの恋人に持ったことがなかった。
ふと、夕方店に訪ねてきたアキさんの顔が頭に浮かんだ。
ジョーの気持ちはどうであれ、彼女の気持ちは本物だった。
だからこそ、堪らない気持ちになって・・・・。
「エミちゃん、俺の腕の中で、俺以外のこと考えているでしょう?」
不満げなミッチーの声に顔を上げると、頬を膨らませたミッチーの顔が目の前にあった。
本当にこの男の勘の良さには呆れる・・・。
だけど、何となくアキさんのことは言いたくなくて、何て言おうか迷っていたら。
「イチャイチャは後で2人になってからだよ。聞きたいこともあるし、あんたたち2人に話したいこともあるから、私の部屋来ておくれ。」
やっちゃんと挨拶程度の話をした後、ママが私とミッチーを見ながらそう言ってため息をついた。
このため息は、呆れのため息だろう・・・。
ママはやっちゃんに時間は気にしないでいいからと言うと、さっさと自室へ向かった。
この家はパパとの思い出がありすぎて辛いといって、東京のマンションに移ったのに。
結局、こちらへもどってからも、パパと過ごした部屋をママは使っていた。
パパの実家は遡れば華族だったと前に聞いたことがあるけれど、本当にこの家は別荘だったというのに、とても立派で贅沢な造りだ。
昭和初期に建てられたということだけど、モダン建築でレトロ感が堪らない。
扉の向こうはベッドルームで、こちらは夫婦の居間だ。
白壁に濃い茶の木枠や梁、計算された印影が放つ重厚感は素晴らしい。
奥には石造りの暖炉があり、ママの好みの落ち着いたインテリアはとても居心地の良い空間で。
玄関と廊下、地下の倉庫以外は殆どリホームをしてしまったから、当時の雰囲気を知ることができる数少ない場所だ。
モスグリーンの革のソファーに私とミッチーが並んで腰かけると、ママはまず叶社長の件の説明をミッチーに求めた。
叶社長は昨晩用事があり、横須賀の神崎組へ夜中訪問した。
神崎組は、横須賀のシマを持つ暴力団だが無謀な事をする組ではなくて。
どちらかと言うと的屋やお祭りの仕切り、余所の地域の暴力団をけん制するような役割で、比較的住民ともうまくやっている組だった。
そして神崎組の息子と叶社長の娘が友達で、やっちゃんやジョーともその息子は親しいらしく、社長も随分可愛がっていたそうだ。
その神崎組に、叶社長が到着して車から降りたところを暗闇から飛び出した男に刺されて、亡くなったということだ。
どうやら、その男は六本木の天ぷら屋の息子で、その男の姉夫婦が天ぷら屋を継いでいて、その旦那が事故を起こして、その相手からおどされて店まで奪われ金に困っていたらしく。
追い込まれて、言われるがまま叶社長を刺したそうだ。
その脅した男が横須賀の『はま夕』という料亭の娘婿で。
この間絡まれたマサルを庇ったやっちゃんが、倒して病院送りにしたうちの1人がその息子で、何やら色々悪事でつながっているようだ。
とにかく、今わかっていることは、横須賀の土地買収がらみで、余所から強引に取引を持ち掛けられ断固拒否した叶社長が邪魔で、叶社長は殺されたとミッチーは見ている。
「本当に、今わかっているだけでも酷い話だよ。許せない、人の命をなんだと思っているんだ・・・ミッチー悪いけど、引き続き横須賀の方の力になってやっておくれ。勿論、昼間エミが言った通り、無茶なことはダメだよ。ちゃんとここへ帰ってくることを常に頭に入れて、だよ?」
ミッチーの話にママは深いため息をつくと、昼間と同じようなことをまたミッチーに頼んだ。
ミッチーがもちろん!と答えると、ママは目を細め頷いた。
そして、空気を変えるように表情を和らげると、ママはお茶を淹れてくれた。
寝る前だから、ほうじ茶だよと言いながら、ミッチーが好きだと言うハトクッキーも出してくれて。
わーいと言いながらミッチーが早速、クッキーに手を出したところで。
「『福德寺』の御住職から電話があったよ。あと、蒲池ちゃんからも。」
と、まだ私たちがママに話していなかったことを切り出された。
叶社長のことが衝撃的過ぎて、すっかり頭から飛んでいたけれど。
そうだ、大事な事だった!と慌てて説明しようとしたけれど。
「話は聞いたから、状況はわかっているよ。ただ、何か縁っていうものを実感しちゃってねぇ。ミッチーは、やっぱりうちの子になる縁だったんだなって、つくづく思ったよ。」
「史子ママ・・・。」
ハトクッキーを頬張りながら、目を潤ませるミッチー。
そんなミッチーを見ながらクスリと笑いティッシューを差し出すママは、言葉を続けた。
「小さいノリコが、あんたんちの荒れた墓がどうしても気になって、一緒に掃除するってきかなかったんだよ。流石に余所様の墓だからね、勝手に触れないし。だけど、ノリコがうちの墓が綺麗になっても隣の墓がこんな風じゃ苦しいって・・・それでご住職に許可とって掃除をしたんだけど、あの子一生懸命でね。それで、汗だくになって掃除を終えたら嬉しそうな顔で、綺麗になったって喜んで・・・その顔を見て、私もエミも幸せな気持ちになったんだよ・・・ミッチーと縁をつないだのはノリコだったんだねぇ。」
ママは柔らかい表情で、私が思っていることと同じようなことを言った。
ミッチーは、ママから受け取ったティシューを目に当て、肩を震わせている。
「それで、蒲池ちゃんの話の件だけど、ミッチーあんたの異母兄姉、かなり悪質だね。信じられないけどホテルもグルなのかもしれない。今日、ホテルであったことも、墓に行ったことも・・・あんたのお父さんの意志だったのかもしれないって思うんだよ・・・・・ところで、ミッチー。今日、エミに今まで財産関係をいい加減にしていたことを怒られなかったかい?」
話の途中からいたずらっぽい声になり、ママがミッチーに質問してきた。
その言葉に、赤い目のミッチーが顔を上げた。
「え・・・どうして、史子ママ・・・わかるの?」
「そりゃぁ、親だからねぇ。エミの気性なんて知り尽くしているさ。この子はねぇ、どんぶり勘定の私とちがって、店の経営や家計簿とかきっちりしているからね。ミッチーの気持ちはどうであれ、ミッチーがいい加減にしていた結果だって、責任を持てって言われたんじゃないかい?」
「・・・・・・・。」
全くその通りで、何も言葉が返せないミッチー。
「それも含めてさ・・・今日、ミッチーのお父さんが伝えたかったことなんじゃないか?あんたが、所帯をもつからこそ、いい加減なことをしないで、責任もてって。」
ママの言葉にミッチーが目を見開いた。
私はそこまでは考えていなかったけれど、お寺から帰る時のあのさわやかな風を思い出すと、そうなのかもしれないと今更ながら思った。
ミッチーもそう思ったのか、暫くしてうんうんと頷いて。
「史子ママ、確かに父親の意志かもしれない。今日、エミちゃんにも怒られたし、俺もこんな状況、今まで俺がいい加減に放置していたからだって反省した。でも、俺、こういう財産管理って苦手で・・・だから、エミちゃんにお願いすることにしたんだ。勿論、エミちゃんに任せっぱなしにはしないけど・・・ということで、できたら早めにエミちゃんと籍を入れたいんだけど、いいかな?」
さっきまでグズグズ泣いていたのに、急に入籍の話をキラキラとした目で話し出したミッチーに、ママはポカンとした顔をした。
そして、はぁ・・・と、ため息をつくと。
「好きにしたらいいだろ・・・まぁ、私からの要件も、あんたたちが結婚したらしようと思っていたことだからね。」
と、そう言って、いくつかの提案をした。
私たちの結婚後、ママがミッチーと養子縁組をすること。
そして、この家と土地、鎌倉の貸している駐車場や店舗の権利を私とミッチーに相続するが、その相続税をミッチーの母親の東 幾さんの遺産から支払うこと。
ノリコには、東京のママの実家の現在賃貸にしているマンションの権利と、ママの実家が経営していた大きな喫茶店の跡地を駐車場にした場所の権利、そしてマンションと駐車場の賃料をそのままためている預金を相続すること。
そして、その相続税はミッチーのお父さんの遺産から支払うこと。
ママが持っている預金については追々、ノリコも含め分けていくこと・・・そんな内容だった。
「なんだかミッチーの財産をあてにしているみたいだけど・・・東 幾さんの遺産はそういう風に使う方が、いいんじゃないかって思ってねぇ。ノリコの方の相続税は別に払ってもいいけど、ミッチーの家との縁を考えると、お父さんもそういう気がしてねぇ。」
ミッチーに、責任を持て!って、偉そうなことを言ったけれど。
ママの言葉で、結婚って本当に責任を伴うんだと、今更ながら思い知らされた。
相続税の支払いについては、規定があるかとおもいますが
これはあくまで内々の話です
ご了承くださいませ




