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24、忘れない

一体、この男はいくつの顔を持つのだろうか。

勿論、本人も自覚はしていないのだろうけれど。

お墓参りを終え、入籍をいつにするかとか、結婚式はどうするかとかそんな話をとろけそうな顔で今までしていたのに。

ランチの予約をしていたイタリアンレストランの『Genova』に着いた時は上機嫌だった。

だけど、ミッチーの後輩が今日は休んでいると店の人が説明すると途端に不機嫌になり。

そうかと思えばまた席に着いた途端、向かいに座る私にニコニコとメニューを開いて、何を食べるか楽しそうに話すミッチー・・・。

こんなに短時間で感情の起伏が激しいって、疲れないのだろうか。

血圧とか、心臓とか負担がかかっていそうだ。

将来そういった疾患がでなければいいのだけれど・・・これについてはよく話し合った方がよさそうだ。

そんなことを考えていたら、目の前のミッチーの表情が今度は冷酷なものになり、私の後方?・・・そちらを凶悪な目つきで睨みつけた。

いやいや、普通そんな顔になるってよほどのことがあった時だよね?

何かミッチーの意に介さないことがあったのかもしれないけれど、大人なんだからもう少し冷静さを見せてもいいと思うのだけれど。

うん、これも今後話し合いが必要な案件だ。


それにしても、一体どうしたのだろうかと、私は思わずミッチーの視線をたどるように振り向きかけたら。


「エミちゃん、振り向かないで。よそ見しちゃやだ。」


と、切羽詰まった声を出した。

今度は拗ねたような顔で、まるで子供の様だ。

本当にくるくると表情が変わる。

そんなこと言ったって、殺人でも犯しそうな顔していたら気になるし、余程のことなのだろうと心配にもなったから。

結局私は一瞬動きを止めたけれど、慌ててそのまま振り向いた。

だけど、その私の心配は稀有だったようで。

だって、私の後方にいたのは、とてもミッチーが凶悪な目つきで睨みつけるような人ではなかったから。


「あれ?・・・もしかして、やっちゃんの親戚の・・・確か、浩之君だっけ?」


そう、そこに立っていたのは少し前にやっちゃんがうちの店に連れてきた、育ちのよさそうな大学生の男の子だった。

私のその言葉にその男の子はホッとした顔をしたと同時に、ミッチーの目つきは少しゆるみ。


「え、ヤスシ君の親戚?」


驚いた声を上げた。

すると、ヘナヘナと腰が抜けたように床に座り込み。


「よ、よかったー。俺の事覚えていてくれて・・・いくらヤスシ君の頼みでも・・・もう、俺殺されるかと思ったー。」


と、今にも泣きだしそうな様子でため息をついた。

私はそんな彼が流石に可哀想になり、椅子から立ち上がると。


「ヤッちゃんに何かあったの?・・・何か用事があるんだよね?とりあえず、ここに座って?話を聞くから。」


そう言って、彼に私が座っていた席を勧め、私はミッチーの隣に素早く腰を下ろした。

一瞬、私が浩之君に話しかけた事でムッとした表情をみせたミッチーだったけれど、私がミッチーの隣に座った途端、ニパッと笑うと私の手を取り。


「なにー?ヤスシ君から、君なにか頼まれたの?というより、何でここがわかったのー?」


と、話を聞く姿勢になったから、心の中で安堵したのだけれど。

直ぐに、浩之君の説明で私の心の中は、衝撃と悲しみで一杯になったのだった。

まさか、昨晩あの叶社長が殺されたなんて———






「叶さんとは付き合いが長くてね・・・旦那が亡くなった時も、随分世話になったんだよ。『Chicago』を始める時もね・・・ミッチー。叶さんの件、悪いけど・・・力になってやってくれないか。」


東京からバイクをぶっ飛ばして私を自宅に送り届け、横須賀へ向かおうとしたミッチーを呼び止めたママが、いきなりそう言った。


昨晩、叶社長は車から降りたところを、飛び出してきた男に刺され亡くなった。

あの店にいきなり現れた浩之君からそう聞かされ、私とミッチーは愕然とした。

だけど、浩之君の話はそれだけではなくて。

私が今朝ママに電話をした時に、『Genova』でランチを食べると話していて。

店の名前を憶えていたのか懐かしいというママに、六本木でオシャレな人が集まる店なんだってと付け加えたことが、私の家に叶社長の訃報の連絡を入れてきたやっちゃんに伝わり。

偶々『六本木でオシャレな人が集まる店』へ浩之君と一緒に行ったことがあったやっちゃんが、それで私達の居場所が分かったらしく。

浩之君が現れたのは、この件でやっちゃんがミッチーに手助けをしてほしいという伝言を頼まれたからだった。

どうやら、叶社長を刺した男は捕まったけれど問題はそれだけではないらしく、根深い問題があるようで。


青ざめた悲痛な表情のママを正面から見つめると、ミッチーはしっかりと頷き。


「悪いなんて思わないで。史子ママの頼みなら、どんなことだってきくよ。」


と、きっぱりと言い放った。


ママのそんな様子を初めて見た驚きと、ミッチーのどんなことだって・・・という言葉が私はひっかかった。

だから、急ぐようにバイクに跨ったミッチーに、私は慌てて待ったをかけた。

そして、圧をかける様にミッチーを睨む。


「ママの言う通り、私もできる限りやっちゃんに協力してあげて欲しいと思う。だけど、ミッチー。ここにちゃんと帰ってくることが前提だよ?私が待っていること、忘れないで。わかった?」


叶社長が亡くなったことは大変な事だ・・・だけど、無茶をしてミッチーまで命を落とすことは駄目だ。

浜田ジョーや叶社長の娘さんのことを考えるとたまらない気持になるけれど、この件で命を落とすまでのことをしてはいけない。

それは叶社長も望んでいないはずだ。

随分無茶や悪い事をしてきたミッチーだからこそ、それだけは言っておきたかった。

ママも私の言葉に頷き、確かにそうだと言った。

するとミッチーは、一瞬目を見開いたけれど。


「うん・・・わかった、絶対に忘れない。エミちゃん、史子ママ、行ってきます。」


そう言ってグッと奥歯をかみしめるとヘルメットをかぶり、右足で勢いよくキックした。






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