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2、毒

ママがこだわって直輸入したウッドを使った長いカウンターの向こうでは、いつものようにビールを飲みながらダーツや、ジュークボックスの音楽を楽しむお客さんで、今日もにぎわっている。

実際お金に困っていないママは、店をカジュアルなアメリカンテイストに仕上げたけれど、壁や床、テーブル、イス、インテリアなど一つ一つの素材にこだわったから、店の雰囲気は決して安っぽくない。

提供するフードはそれほどこだわっているわけでもなく普通だと思うけれど、この店の雰囲気とさりげなく居心地の良い空間のせいか、店はママが交代してもありがたいことに流行っている。

だけど・・・。


「ママ、あのぅ・・・あちらのお客さんが、どうしてもママと2人っきりで話がしたいからママを呼んできてって言われたんですけどぉ。」


バイトのトモちゃんが困った顔で私の傍へやってくると、少し離れたボックス席の方を振り返りながらそう言った。

チラリとそちらを見ると、先週初めて来た客の1人だ。

友人らしき男達と3人でやってきて、どれを注文しようか迷っているみたいだったから、お勧めの料理や飲み物を紹介するついでに、少し愛想よく世間話をしたのだった。

3人とも大学生なのかこういう店に慣れていない様子で、あまり客もいなかったから話の流れでダーツを一緒にやっただけなのに、滅茶滅茶テンションが上がった様子でちょっと面倒だなと思ったことを思い出した。

まぁ、ちょっと物珍しい雰囲気のあるバーのママと楽しく話をして、のぼせ上ったのだろう。

ここは、キャバレーやスナックじゃないのに、最近そういうサービスを求めてくるやからが増えた。

酒を出す以上、相手は酔っ払いなのである程度覚悟はしているけれど、こんな店で指名のようなことをするなと言いたい。

私はそんなことを心の中で毒づくと、店用のメイクを施した顔に笑顔を張り付けカウンターを出て、その図々しい客の元へ向かった。


「いらっしゃい・・・えーと、先週お友達と3人で来てくださった方ですよね?今日、お友達は?お1人ですか?」


私がテーブルの前に立ちそう話しかけると、男は顔を赤らめた。

服装も、顔立ちも、身だしなみも悪くない。

だけど顔つきは凡庸で、その瞳は若さからくる光は確かにあるけれど、意志の強さは感じられない。

つまりは、恵まれた家庭で育った坊ちゃんということか。


「あ、あの・・・先週この店に来て、エミさんと話をして・・・凄く楽しくて・・・だから、もっとエミさんと話したいなって、来たんです。よかったら、座って少し話しませんか?」


・・・面倒くさい。

もう、その言葉しか頭に浮かばなかった。

だけど、しょうがない客商売だ。

私は仕方がなく口角をあげると。


「この店見ていただくとわかると思うんですけど、店の者がお客様のボックス席に着くというサービスはないんです。それに、今バイトの子2人と私で回しているんです。今までは妹も手伝ってくれていたんですけど、やりたいことが見つかってそのお稽古に行っているので、あまり店に入れなくて・・・そんな状態で、私がここでお話しできると思います?お話なら、あっちのカウンターでいかがですか?」


できる限りにこやかに、でも言いたいことは伝えると、その坊ちゃんは初めて店の状態に気が付いたようで、あっすみませんじゃぁカウンターに席移りますと慌てて立ち上がった。

大学生だけど、頭はあまり良くないようだ。

というより、相手に気を遣わないくせに自分の気持ちばかりを押し付ける、酒を飲む場で1人浮くタイプだなと判断した。


私は笑顔を崩さず、その坊ちゃんのビールグラスとサービスのおつまみのポップコーンの入っているカゴをトレーに乗せて、カウンターへと誘導した。

途中、カウンター席からこちらを眺めていた大柄な赤毛の男に目配せをして。


「この店、初めて?」


ジミーの横のイスひとつ置いた席に坊ちゃんを座らせると、私はカウンターの中に戻った。

ジミーが早速、坊ちゃんに話しかけている。

いきなり、大柄な赤毛の外国人に流暢な日本語で話しかけられて、坊ちゃんはギョッとした顔をした。


「先週1度、お友達と来店していただいたのよ。あ、この人、ジミーって言ってうちの常連さんなの。見た通り横須賀駐在の軍人さん。といっても、エンジニアだけどねぇ。」


私がそう紹介すると、ジミーは手を差し出し。


「よろしく。ジミーでいいよ。えーと・・・君は?」


と、ニコニコとゴツい体躯のわりに、人懐っこい笑顔でそう言った。

すると、坊ちゃんはその笑顔にホッとしたのか。


「あ・・・俺は、山内やまうち 智也ともや・・・智也です。よろしく。」


そう名乗って、ジミーの手を握り返した。

だけど、すぐに私とジミーを交互に見て、少し言いにくそうに。


「えーと、ジミーさんは・・・エミさんの、その・・・恋人なんですか?」


と、いきなり聞いてきたから、私は仰け反った。

いや、確かにジミーとは仲がいいけれどもそれは絶対にない!

私は慌てて否定しようと口を開きかけたけれど。


「エミーと僕が?・・・イヤイヤイヤイヤ、それは絶対にないから!エミーとは、そういうのは無理!!」


と、悔しいことに先をこされた上、全否定されてしまった。

ちょっと、ムカッとしたから、ギロリとジミーを睨むと。


「ホラッ、これ!怖いんだよ、エミーは怒らせると!それに僕には、中距離恋愛中のハニーがいるんだよ。」


なんて、人の事を怖いと言い出した。


「ふんっ、ジミー、よく言うよ。そのハニーとしょっちゅう喧嘩して散々私に愚痴って、悩み相談しているヘタレはどこのどいつだよ。」


私の事実の言葉に、ジミーはさすがに口ごもり顔を赤くし。


「ま、まぁ・・・エミーには、その・・・確かにお世話になってるけど・・・。」


大柄な赤毛の男がしどろもどろそんなことを言うので、さすがに可笑しくなりふきだしたら、山内もアハハと笑い出した。

それから、何となくジミーと山内とで話がはずみ、私は注文をこなしながらその話にちょいちょい参加していた。

ジミーとはよく仲を疑われるけれど、本当に仲の良い友達だ。

まぁ、大体がジミーのコイバナを聞くパターンなんだけれど、本当に恋人に対しては誠実でピュアでいい恋をしているから、ついつい悩みなどを聞いてしまう。

だけどこういう場合は、ジミーは敏感に察してくれて、うまく回避してくれるから凄く助けられている。

ジミーは本当にいい奴だ。


ジミーのおかげで山内も楽しく酒を飲んで、さっきのような変な空気を発しなくなった頃、店の入り口からノリコが入ってきた。


「あっ、ノリコ、おかえ———」


だけど、入ってきたのはノリコ1人ではなくて。

ノリコの後に続いて長身のスラリとした綺麗な男が、何故か離れたカウンターの中にいる私をジッと見据え入ってきた。

目があった途端、不思議なことに私も何故かその男から目が離せなくなって。


「エミ姉、ただいま。この人、前に話した東さん。なんか、どうしてもうちの店に来たいって言い続けられて、連れてきたんだけど・・・エミ姉?」


ノリコがカウンターの前に来て、私にそう話かけるまで・・・まるで、毒で体がしびれたように動かなかった。

そう、後からいくら考えても。

この出会いは、雷に打たれたとか、心を打ちぬかれたとか、体に電気が走ったとか、直感でこの人だ!と思ったとか、そんな一目ぼれのような甘い感覚ではなくて。

本当に、神経毒のような作用をもたらした。

だけど、どうしてもノリコが連れてきた男から目が離せなくて、焦った私は仕方がないのでイケメンだから気に入ったという態度で接した。


「きゃー、満君っていうのぉ?じゃあ、ミッチーって呼んでいい?よろしくー。こっち、座って!何飲む?お腹空いてない?何か食べる?・・・ホント、ハンサム!ノリコ!グッジョブ!こんなハンサム、連れて来てくれてありがとう!いやー、姉ちゃん嬉しい!店やってて良かったーーー!!」


2つイスを空けて座っているジミーが、私のその異常なテンションにギョッとしたけれど。

一番ギョッとしているのは、私だ。

だけど、これくらいテンションを上げていかないと、飲まれてしまうんじゃないかというような空気で。

いや、私とこのミッチーとだけの空気で、他の人は気が付いていないかもしれないけれど。

それでも。

ミッチーが、入店してからずっと・・・一秒たりとも私から視線をはずしていないことに私は気がついていて、飲まれまいとしていた自分が既にもうミッチーに飲まれていたことに愕然とした。




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