19、東京-4
マンション最上階の窓の外に広がる煌びやかな夜景に、幼いころの記憶が蘇る。
同じ東京ではあるが別の場所だというのに、昔住んでいたマンションから見た景色とよく似ているからだろうか。
パパが亡くなってあのマンションに引っ越してからは、ひっきりなしにママの友達が遊びに来ていてにぎやかだった。
皆、ママのことが大好きで、美味しい物やめずらしいものを差し入れてくれたり、ママばかりか私にまで綺麗なレースのハンカチーフや小さなブーケ、美しい外国の絵本、可愛いぬいぐるみなどをプレゼントしてくれたり。
ホームパーティーのように、いつも美味しい物や素敵な音楽、楽しいおしゃべりがあの空間にあった。
だけど、それは大人達の間でのことで。
私自身はとても孤独だった。
何不自由なく、素敵なものに囲まれた生活だったけれど、私はとても孤独だった。
パパが亡くなって泣いていたママが、東京に戻って友達に囲まれて笑っていることは嬉しかったけれど。
でも、ホームパーティーを開くと、その空間は私とママだけではなく友人も介入してくるわけで。
今考えると、パパを失った私はママまで失うわけにはいかないとどこかで思っていたのだろう・・・結局、私はママを独占したかったのだ。
仕事以外の時間は私だけのママでいてほしかったのだ。
だけど、友達と楽しそうにしているママに、そんなことは言えなくて。
ママの友達が集まれば、私はいつも大人しくニコニコとしているしかなくて。
それも限界になると、私は皆から離れて夜景をいつも眺めていた。
「エミは、本当に夜景が好きだねぇ。」
ママが夜景を見入る私に、呆れたようによくそう言った。
だけど、私は夜景が好きなわけじゃなくて。
ただ、ここは鎌倉じゃないということを、目の前に広がる光景で自分に言い聞かせていたのだ。
そして、パパはもういないんだ・・・と。
だから、夜景は私にとって孤独を感じさせるものだったのだけれど。
「エミちゃーん。夜景ばっかり見てたら嫌だ。俺を見てよー。」
一緒に風呂に入ると言うミッチーをねじ伏せ先に私が風呂に入って、拗ねながら私の後に入ったミッチーが腰にタオルを巻き付けてきただけの格好で、窓の前に立つ私に抱きついてきた。
「ちょっと、何で服着てないのよっ。しかも、髪も濡れたままじゃない!なんで、ちゃんと拭かないのっ?」
私を後ろから抱きしめるミッチーの腕ばかりか、私の肩から胸元にかけてもポタポタと水滴が落ちてきて。
思わずミッチーの髪に手を伸ばすと、拭いた様子もない濡れたままの髪だった。
慌ててタオルを取りに洗面所へ行こうと、ミッチーの腕から出ようとしたけれどミッチーはそれを許さず、私を拘束するように私の肩に顔をうずめ更にギュッと抱きしめてきた。
そのことで、私の肩がミッチーの髪の水分を吸い取ることになり、ジワリと肩が濡れていくのが感じられ、私はイラッとして。
「ちゃんと、髪拭け!」
そう言って、私はミッチーの腰に巻いたバスタオルを乱暴に引きはがし、ミッチーの腕の中で自分の体の向きを変えると、引きはがしたバスタオルでミッチーの髪をガシガシと拭き始めた。
その私の行動にミッチーはムッとすることもなく、表情をフニャリとさせると。
「ふふっ。エミちゃんが俺だけを見てくれたー。夜景に勝った!!」
なんてバカなことを言い出した。
私はあきれ顔で、何言ってんのとため息交じりに呟くと、ミッチーは急に真面目な顔になった。
「史子ママがさぁ。エミちゃんちに俺が初めて行った日に、俺にどんなところに住んでいるんだって訊いてきたから、こうこうこういうところに住んでるって答えたらさぁ・・・エミちゃんはマンションからの夜景が好きだって言うんだよ。何で?って訊いたら、前にマンションに住んでいた時、エミちゃんと話をしたいと思っても、気がつくと1人で夜景を飽きずにいつまでも眺めていて、寂しかったなんて話をしてくれたことを思い出して。俺、史子ママみたいに寛大じゃないからねっ!!一緒にいるのに、寂しい思いするのは嫌だからねっ!!ここの夜景を気に入ってくれるのは、嬉しいけど・・・夜景を見ても、俺を忘れないでよっ。いや、夜景を見てても俺を見て!!」
最後はなんじゃそりゃ・・・という発言だったけれど、思いがけないママの当時の心境を知り、私は驚いた。
「え・・・ママ、寂しかったって・・・嘘。」
驚いて首をかしげるミッチーに、私は当時の事をかいつまんで話したら。
ミッチーがいきなり顔を歪め、ボロボロと涙をこぼした。
ええっ!?と吃驚していると、ミッチーが私をギュッと抱きしめた。
「何で、俺そのころエミちゃんの傍にいなかったんだろう。そんな悲しい気持ち、寂しい気持ち、俺がそばにいたら絶対にさせなかったのに!!うぇえーん!!」
「・・・・・・。」
ミッチーの気持ちは嬉しいし、その気持ちは本当だと思うのだけれど。
だけど、35歳の大人が『うぇえーん!!』っていう泣き声に、正直私はドン引きした。
しかも、いくら私がタオルをはぎ取ったからとはいえ、全裸だし。
その上、何となく・・・その・・・こんな話をしているというのに、半分そういう状態になりつつあるような、私のお腹に何か当たるし・・・。
ハッキリ言って、さっきまで思い出していた昔の感傷なんてどっかへ吹き飛んでしまっている。
もうミッチーの泣き声がウザいのと面倒なので、ヨシヨシと何故か私がミッチーを慰める状態になってしまって。
私はため息をつきながら、昔の夜景の前の孤独な思い出が、きっとこれからは夜景を見るたびに全裸35歳の『うぇえーん!!』というあり得ない記憶にすり替わって、微妙な気持ちになるのかもしれないと思った。
だけど、それも悪くないかもしれないと思っている自分は、これから夜景を目の前にしても夜景よりミッチーに気を向けるのだろうと安易に想像ができた。
それが、幸せだと素直に思えるのは、こんなミッチーをとても好きなのだと自分でもハッキリと答えが出ていたからだ。
早朝、肌寒さに目が覚めてしまったのは、何も身につけないまま眠ってしまった事と。
最近ずっと抱きしめてくれているミッチーのぬくもりがないからだった。
ベッドから下り、ソファーの上に畳まれたミッチーが私からはぎ取ったパジャマ代わりにと言って貸してくれたミッチーの大きなTシャツと、ハイブランドの店で購入した下着を身に着けた。
とりあえず、お手洗いに行ってからシャワーを浴びよう・・・そう思い、寝室のドアを開けると。
昨日カウンターの中にいたジュンヤという男の子がミッチーと、広い殺風景なリビングで何か深刻な表情で、話をしていた。
「おはようございます。早いねー。」
そう言って、私は彼らの横を通りお手洗いに行こうとしたら。
「なななななな、なんでっ、エミちゃんそのまま出てきたのっ!?おいっ、ジュンヤッ!見るなっ!!見たら、殺すぞっ!!」
ミッチーが慌てて私の前に立ちふさがり、そんなことを叫んだけれど。
そんな恰好って、確かにTシャツだけだけど、ミッチーの大きなTシャツは膝上まであるし、そんなに慌てることはないのに・・・。
「何でって、朝になったら尿意をもよおすのは生理現象でしょう?それに、このTシャツ長くて膝上まであるじゃん。」
と、私はそうミッチーに答えたけれど、ミッチーは納得しなくて。
「ジュンヤッ!!お前もう帰れっ!!」
と、ミッチーは彼を追い返してしまった。
ジュンヤという男の子は、顏を赤くしながらも、まだ話が終わっていないのだろう、いやでも・・・と、言いかけたけれど、ミッチーは聞く耳を持たなくて。
何か用事があってこんな朝早くに来たのだろうに・・・昨日から色々ビビらせてしまい、申し訳なかったなぁと、ジュンヤという男の子に後で謝ろうと思ったのだけれど・・・。
このタイミングのずれが、後々になってこの時に聞いておくべきことだったと、私達はまだその時気がついていなかった。




