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18、東京-3

性格とそぐわない外見のせいか、人にジロジロと見られることには慣れているけれど。

店に入った途端、店内にいた全員に驚愕の表情で注目されるなんてことは、さすがに今まで一度もなかったから。


「ミッチー・・・私、今朝慌ててマスカラつけたんだけど、目の周り黒くなってる?」


と、思わず訊いてしまった。

すると、ミッチーは滅茶滅茶甘い目で私を見ると。


「ううん、いつも通りの可愛くて綺麗な、俺のエミちゃんだよぉ。」


なんて、その瞳に負けない位の甘い声でそう答えた。

その瞬間、店の奥からガシャッ、ガシャーンと何かが割れる音が響いて。

その音に驚いて、飛び上がった私を見た途端。


「おいっ、エミちゃんがビックリするだろっ!」


と、奥に向かってミッチーが怒鳴った。

その声は、酷く冷たくて。

だけど、さっき私がブランドの店でミッチーを怒ったことを思い出したのか、ミッチーは慌てて。


「あ、エミちゃん。ここの店、俺がオーナーだから。お客さんを驚かせたことを注意しただけだから。別に威張り散らしているわけじゃないからねっ。」


そう私に説明をした。


ここの店というのは、ミッチーが住むマンションの1階にある洒落たバルだった。

ミッチーは、仕事で出かけないときは、ほとんどここで食事をするらしい。

自分が住むマンションの1階にこういう店があるなんて便利だなぁと思ったけれど、まさか、ミッチーがオーナーとまでは知らなかった。

でも多分、ご飯を食べに行くのが面倒で、自分が住むマンションの1階に食事ができてお酒が飲めるお店を作ったのだろう。

私たちは買い物を終えて、一度ミッチーの部屋に行き荷物を置くと、この1階に夕飯を食べに来たのだった。

店は結構にぎわっていて、気のせいかお客さんは強面のゴツイ男の人が多いような気がするけれど・・・うん、気のせいだ。

そう自分に言い聞かせていると、ミッチーが私の手を引いてどんどん店の中へ進んでいった。

すると、カウンターに腰かけている男の人が振り向いた。


「あ、さっきの・・・。」


「先程は、お買い上げありがとうございました。」


「いえ、こちらこそ・・・お騒がせしてしまって、ごめんなさい。」


「そんなことないです。凄いもの見せてもらったって、俺得した気分なんですから。まさか、東さんがあんな——「国見。」


振り返った男の人はさっきのハイブランドの店の店長さんで。

店での事を話し始めたら、ミッチーが物凄く低い冷たい声で遮るようにその人の名前を口にした。

その途端、その国見さんという人は口を閉ざし、カウンターの周りの空気が一気に凍ったような気がした。

私はその状況を前にして思ったことは、何だか面倒だなぁ・・・。

だって、いちいちミッチーの顔色をうかがいながら話をしなきゃいけないなんて、ここって飲食店だよね?これでよくこの店お客さんが来るよねぇ・・・。


「エ、エミちゃん?」


ミッチーが私の横で焦った声を出したことで、初めて今思ったことを呟いていたと気が付いた。


「あ、もしかして思ったことが口に出てた?」


私がそう言うと、国見さんという人とカウンターの中にいた可愛い顔した男の子がふきだした。

カウンターの中の男の子は肩を震わせながら、割ってしまったらしいお皿をカチャカチャと袋に入れていて。

私はそれを見て、さっきのクラッシュ音はこの男の子がお皿を割った音だったのだと、気が付いた。


「怪我、しなかった?大丈夫?」


ここが酒場だからか、つい、うちの店の子に接するように声をかけてしまったら。

ミッチーがつないでいる手を、グイッと引っ張った。

何だ?と思ってミッチーの顔を見ると。

思いっきり頬を膨らませていて。


「俺以外の男に気を向けるの、禁止!」


なんて、ふざけたことを言い出した。


「はぁっ!?信じられない・・・それ、本気で言ってる?とても経営者の言葉とは思えないわ。従業員は雇っているわけじゃない、働いてもらっているっていう気持ちでいなければ、いつかダメになる。店を良くするのも、悪くするのも、従業員だよ?何よりも従業員を大切にしないでどうするの。うちの店だって、私はバイトの子にもそう思って接してる。」


私はミッチーの言葉に呆れながら、結城プロデューサーがランチに連れて行ってくれたフレンチのお店でのことを思い出していた。

あのデザートを作ったのは、やはり肇さんのお店を辞めた職人さんだった。

富沢さんと言って、店にも何度か来てくれたことがあって、私の事も覚えていてくれた。

店に来なくなったのは、肇さんが常連になってからで。

何となくわかっていたけれど、内藤さんと息子の肇さんの理不尽さにほとほと愛想がつきたらしく。

亡くなった肇さんのお父さんである先代に義理があったから、今迄我慢していたけれど。

先月のある日、メイン商品であるシュークリームに使う無塩バターを、夜のうちに肇さんが商品開発といって勝手に使ってしまい、3日間店を閉める事態となった。

その無塩バターは市場で出回っているものではなく、北海道の牧場が作っているものなので、急いでも注文してから届くまでに2日はかかるからだった。

それなのに、富沢さんを始め従業員の所為だと内藤さんに怒鳴られ、3日間店を閉めた損害を給料から差し引くとまで言われたらしく、やってられないと殆どの職人さんが店を辞めてしまったらしい。

残ったのは、肇さんのお祖父さんの代からいるお年寄りの職人さん2人で。

いくらベテランといってもそう動けるわけもなく、商品も揃わない状態だという。


そんなことを考えていたら、ミッチーが私に視線を向けたままカウンターの中の男の子に声をかけた。


「ジュンヤ、ケガシナカッタカ?」


「棒読みじゃん!!」


思わず突っ込んだら、カウンターの中の男の子と国見さんばかりか、私達に注目していた店のほとんどの人が、ドッと笑った。

まぁ、これで凍った空気もほぐれたからいいんだけど。

私はため息をついて、国見さんに座ってもいいですかと、国見さんの横のスツールを見ながら問いかけると。


「エミちゃんはこっちに座って。」


と、ミッチーがヒョイッと私の体を持ち上げ、国見さんから席1つあいたスツールへ座らせた。

そして、その1つあけた席にミッチーが座った。

うん・・・ここまで徹底されると、もう反論する気力もないからいいけど。

遠い目をした私に、ミッチーはお構いなしに私の左手を握り。


「早く、指輪できてこないかなぁ・・・。」


と、デレた顔をした。

その顔を見た、ジュンヤと呼ばれた男の子がまた皿を落とした。

響きわたるクラッシュ音。


「ジュンヤ、ケガシナカッタカー?」


再び、ミッチーが私を意識してか棒読みでジュンヤ君に声をかけた。

棒読みだけど、ミッチーが怒らなかったことにホッとした表情のジュンヤ君。

それを見た瞬間、イラッとして。


「はぁっ!?店の皿割っておいて、ごめんなさいもなし!?はぁっ!?しかも、さっき割ったばかりなのに、すぐに同じ間違いするかっ?ミッチー、あんたどういう教育してんだっ!?私、反省と感謝と謙虚さのない人間はだいっ嫌い!あと、学習能力のない人間もっ!ちょっと、皿割って、何かいうことあるだろっ!おいっ、ケジメつけろっ!!」


と、つい怒りの言葉が出てしまった。

すると、さっき和んだはずの空気がピシリと固まり。

目の前のジュンヤ君は、私を見て涙目になっていた。

若干震えていもいて、小声ですみませんでしたと呟き、頭を下げた。

しまったと思ったけれど、時すでに遅し。

そう思いながらも、気になることはそのままにできない性格で。


「ああっ!?声が小さいんだよっ!!謝罪はなぁ、自己満じゃないんだよっ。相手に伝わらないと意味ないんだよっ!!もう一度、大きな声で、気持ちをこめてっ言え!!」


「す、すみませんでしたっ。さ、皿をつ、つ、つ、続けてっ割ってしまい、も、も、申しわけございませんでしたっ!!!」


私の怒鳴り声に、カウンターの中でジュンヤ君は震えあがり、慌てて謝罪の言葉を大きな声で言い直すと深く頭を下げた。

固まった空気が、更に凍っていくのが身に染みてわかった・・・何で、ミッチーのホームグランドに初めて来て、地をさらけ出してしまったんだろうか。

もうちょっと穏やかな言い方もできたはずなのに・・・と、一気に後悔の念が私をおそってきたけれど。


「はぁ・・・さすが、エミちゃん。ホント、格好いいよねぇ。」


たった1人、固まりもせず凍りつきもしない男が、信じられないけれどうっとりと私を見つめ、本心から今の大人気ない私を称えてくれた。


やっぱり、私にとってもミッチーは唯一無二の存在なのだと、改めてそう悟った。



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