17、東京-2
ミッチーは、4時頃戻ってきた。
バイクに乗ったのか。
ジーンズの上に柔らかい素材のサマーセーターを着ていたはずなのに、戻ってきた姿は白いTシャツの上に明るいブルーのライダースジャケットを羽織り、髪は少し乱れていた。
とはいっても、それがいつもよりワイルドに見えて、滅茶苦茶格好良かった。
イイ男が嫌いじゃない私はつい見とれそうになり、慌てて横を向いたらノリコと目が合った。
するとノリコがにっこりと私に笑いかけ、今日は土曜日で明日はミッチーも休みだから、今日はミッチーと2人で東京に泊まったらと言い出した。
急な事で泊りの支度もしていないし、ママのこともあるし、そもそもあまり鎌倉からでない私が東京で1泊なんて・・・と戸惑っていたら。
「えっ、いいの?いいの?いいのっ!?」
すぐさまミッチーがはしゃいだ声を出した。
ミッチーに視線を戻すと、ニパッとした顔で私を見ていた。
その種の笑顔に弱い私は、さっきの戸惑いよりもこの笑顔を今は優先したいという気持ちになった。
だけど、ママの事が心配だからそのことを言いかけたら。
「決まり!ノリコありがとう!今度は一緒に行こう!でも、今日はエミちゃんと2人でいくね?史子ママのことよろしく!じゃあ、結城さん。今日はちょっと早いけど・・・これで解散にしようね?」
なんて、どんどん決めてしまった。
だけど、ノリコやママに対する気遣いもあって、自然とそんな言葉が出るミッチーがとてもいいと思った。
「今日、バイクで出かけていたの?」
コリーレコードの前からタクシーに乗せられて、ミッチーが銀座にあるデパート名をドライバーに告げると、私は気になっていたことを口にした。
すると、ミッチーはバツが悪そうに私を見ると。
「やっぱりどうしても気になってさぁ・・・ヤスシ君に会いに横須賀まで行ったんだ・・・ごめん、エミちゃんにあれだけそっとしておけって言われたのに。でも、ノリコのことがどうしても心配で・・・。」
と、白状した。
何となく今朝の会話と、出かけていた時間とバイクに乗ったということで、私もそうじゃないかと思っていたけれど。
私は、横で項垂れるミッチーを見て、思わずクスリと笑みが漏れた。
「ありがとうね。ノリコのことをそんなに大切に思ってくれて。」
私が怒ると思っていたのか、顔を上げたミッチーは私の言葉に驚いた顔をしていた。
「え・・・エミちゃん、怒らないの?」
「うーん、だって・・・私は、ノリコに余計なこと言うなって言ったけど。やっちゃんに言うなとまでは言わなかったし。確かに、やっちゃんのところにミッチーがノリコを心配して話をしに行ったってノリコが知ったら、ウザいって思うかもしれないけど・・・きっと、やっちゃんは、余程の事がない限り今日の事をノリコに言わないんじゃない?多分、ミッチーがノリコを心配して話をしに来たってわかってるから。やっちゃんって、とんでもない暴れん坊だとか、女関係が激しいって噂されてるけどさぁ。実際に面と向かって話してみると、そういう噂だけの男じゃないんだよねぇ。ホント、喧嘩もバカみたいに強いし、女にもモテるだろうけど・・・なんか、こう・・・1本筋が通っていて、男っぽいっていうの?まぁ、いい奴なんだよねぇ。あのノリコが惚れるくらいだからさ。」
私が富士見保志に対する印象を告げると、ミッチーは眉を下げた。
「うん・・・そうだよねぇ。エミちゃんの言う通り、ヤスシ君っていい奴なんだよね。優しいっていうか、情が深いっていうか・・・話をすると、年上の俺でも何かこう・・・引き込まれるっていうか。本人はいたって自然体なんだけどねぇ。確かに彼はモテそうだし、女関係がちょっと不安だけど。ノリコのことはマジみたいだし。まぁ、アレか・・・やっぱり、エミちゃんの言う通り、見守るしかないのかなぁ。」
今日わざわざ横須賀まで行って、富士見保志と話をして何か感じるところがあったのだろうか、ミッチーは今朝の様子とは違い少し考えこむようにそう言った。
私はそんなミッチーの様子を横で見て、男と女なんてなるようにしかならないのに、最初からそんなに考え込んでも無駄なんじゃないかと思って。
「ところで、今からどうするの?」
と、話を変えるように質問をした。
さっき銀座のデパートって言っていたけど、何か用事でもあるのだろうか。
すると、ミッチーは少し顔を赤くして、着いてからのお楽しみと言い、私の手をギュッと握った。
銀座に着くと、いきなりハイブランドの店に連れていかれた。
驚く私に、ミッチーは。
「だって、泊る用意していないし。今日こっち泊まるなら、明日はバイクの後ろにエミちゃん乗せたいから、それっぽい服買おうよ。この店下着まで揃うし。俺も、ライダースジャケットのまま来ちゃったからさ、ジャケットだけでも変えないと食事にでかけにくいし。」
なんて言いながら、慣れた様子で店のドアを開けた。
いらっしゃいませと振り向いた店員さんが、ミッチーだとわかると輝くような笑顔になった。
だけど、それに続いてミッチーに手をつながれ入店した私に気が付くと、途端に笑顔が固まった。
何か、凄くわかりやすい店員さんだ。
当のミッチーは、そんなことを気にもせず、私とつないだ手を引っ張ると。
「彼女に、ブルゾンのセットアップとかないかな?まぁ、上下別々でもいいけど。パンツスタイルのものを選んで。その後に、下着も。」
と、ミッチーがその美人な店員さんに、向こうの挨拶を無視していきなりそんなことを言い出した。
ふと店のロゴを見たら、ミッチーのシャツやセータージャケットで同じタグの物があったことに気が付いた。
となると、ミッチーはお得意さんなんだろうな。
その上、こんなに美男子ならば、この店の人達にもかなり人気があるはずで。
しかも、美人ぞろいの店員さんたちに熱い視線を送られていたら、ミッチーだって悪い気はしないはず・・・なんて、勝手に想像していたら、何だか胸の辺りがムカムカしてきた。
だけど、ミッチーの次の言葉で、一瞬にしてムカムカが消えた。
「はぁ!?このコに、ブルゾンのセットアップっていったんだよ?何で、こんなキレイ系の彼女に、こんな迷彩柄とか、腐った鼠色の服選ぶわけ?俺、セットアップがないなら、上下別々でもいいっていったよね?信じらんねぇ、この店のセンス疑うわっ。」
冷たい声で、辛辣なことを言うミッチーに迷彩柄のセットアップを持ってきた店員さんが固まってしまった。
慌てて30代半ばくらいの店長さんらしき人が、白いスリムなパンツとチェリーピンクのブルゾンを出してきた。
ブルゾンは、他にエメラルドグリーン、パッションオレンジもございますと焦って付け加えている。
当のミッチーは憮然として。
「何だよ、あるんじゃないか。国見、あの店員、今度から俺に近づけるな。」
と、低い声でとんでもないことを言ってのけた。
店長さんらしき人はミッチーの知り合いなのか、ビクビクしながらわかりましたと低姿勢で頭を下げていて。
そんな状況を目の前にして、私はムカついたから。
「ちょっと、ミッチー!!一体何様なのさっ!?」
私は、そう言ってミッチーとつないでいた手を振り払った。
「えっ!?」
いきなりの私の剣幕にミッチーが驚いて私を見たけれど、店長さんらしき人がそれ以上の驚愕という顔で私を見た。
「あのねぇ、私はこの店に初めてきたの。それで、目的も、好みも何も伝えず、いきなりセットアップって言われて、私の好みなんてわかるわけないでしょう?しかも、今日私は紺色の服だよ?初夏になるのに紺を着ているから、あまり派手な色は好まないんじゃないかって気を遣ってくれたんだって思わない?それなのに、いきなり怒りだして、その上あの店員さんの評価がマイナスになるようなことを言って。本当、何様のつもり?あのねぇ、私とは業種は違うけど、接客業って大変なんだよ?お客様は神様なんだから、お客様の言うことは聞かなきゃいけないし。大体、ミッチーはここに服を買いに来たんでしょう?これじゃあ威張りちらしにきたみたいだよ。私、威張り散らす男って大嫌い!」
私ばかりでなくノリコやママに対して凄く思ってくれるミッチーの優しさに惹かれている分、他人に対してのこういう心無い言動は前から気になっていた。
だから私は、はっきりと嫌悪感を示した。
すると、私の言った『大嫌い』という言葉がショックだったのか、ミッチーが途端にオロオロしだした。
「エ、エミちゃん・・・大嫌いって、えっ!?・・・嘘だよね?・・・ごめんっ、気に障ったなら謝るか―—「謝るのは私にではないでしょう?服を出してきてくれたのに酷いことを言ってしまったあの店員さんと、いきなり理不尽なことを言われた店長さんにでしょう?ああ、私。自分の非をちゃんと認められない男も無理だから。」
私がミッチーの言葉を遮りそう言い放つと、ミッチーは慌てて店長さんと店員さんに頭を下げて謝りだした。
そして、更に驚愕で固まる店長さん・・・。
何か、機能停止っぽいから、私はさっきの店員さんに店長さんの持ってきたチェリーピンクのブルゾンと白いパンツを差し出し、これにあう白いTシャツはありますかと訊ねた。
戸惑う店員さんに、あと彼に今着替えさせるのでジャケットも選んでもらえますかと続けた。
「エミちゃん・・・もう、怒ってない?」
店を出て、私の分とミッチーの分2つの紙袋を手にしたミッチーが、何も持っていない方の手で遠慮がちに私の腕を掴んだ。
そして、コットン生地のジャケットに着替え胸にチーフまで入れて、よりイイ男になったミッチーが、恐る恐る私の顔を覗き込む。
私の言葉が効いたのか、あれから大人しく丁寧な態度になったミッチーに対し、店員さんと2人でミッチーのジャケットを選び、店員さんの勧めるチーフまで、自分の分と一緒に私が購入した。
自分が出すからと焦るミッチーをひと睨みし黙らせて、私は自分の財布からカードを出した。
普段ほとんど洋服代はかからないし、元々倹約が趣味ということもあって、確かにかなりの値段だけど別にこの店の支払いくらいできる。
今日は最初にケチがついたこともあって、この店の支払いは何となく私がした方がいいと思ったのだ。
私は昔から怒ると表情が恐ろしくなると言われていて、怒りの表情で睨むと大抵の人間は黙り込む。
普段はそんなことはしないけれど、これは許せないと思ったらもうそういう表情になるのだ。
ミッチーは既に私のそういうところを知っているけれど、今更ながらこんな恐ろしい表情の女、やっぱり引くんじゃないか・・・一瞬不安になったけれど。
泣きそうな顔で怒ってないかと訊いてくるミッチーは、私に嫌われたくないという気持ちが凄く伝わってきて。
ああ、この人は私を本当に必要としてくれるのだと、安堵した。
それと同時に、ミッチーに対して愛おしさがこみあげてきて、自分からミッチーの手を取り。
「怒っている相手に、服なんて買わないって。」
と、にっこり微笑んで見せた。
すると、心の底からホッとした様子でミッチーがよかった・・・と呟いた後。
「本当は、俺がプレゼントするつもりだったのに・・・。」
と、口を尖らせた。
そんな子供っぽいミッチーに私はクスリと笑うと、何でもない口調で将来の約束を自分からきりだした。
「ここって、銀座だよね?私さぁ、あんまり物欲ないんだけど、婚約指輪は銀座の『五十嵐宝飾店本店』で買いたいって思ってたんだけど。ミッチー、プレゼントしてくれる?」




