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16、東京-1

ノリコのデビュー曲が決まって、ようやくミッチーがノリコに自分は歌手の卵ではなく、作詞作曲家だと告白したらしい。

ミッチーはノリコに嘘をついていることを、かなり気にしていたようだけど、当のノリコはそれほど驚いた様子もなく、へぇそうなんだといった反応だったそうだ。

その反応の薄さにミッチーは少し驚いていたけれど、私は何となくわかるような気がした。

ミッチーは嘘を言っていたと言うけれど、ミッチーの内面を偽っていたわけではないから、ノリコはどうってことなかったのだろう。

元々の性格なのか、それとも幼少期の酷い体験の所為なのかはわからないけれど、ノリコはあまり動じない性格なのだ。


なのに、ここ最近ノリコの様子がおかしい。

ソワソワしていたかと思うと、ボーッとしていたり、そればかりか急にため息をついて。

ミッチーもそれは気が付いているようで、心配でしょうがないらしい。

私は何となく、原因は富士見保志なんだろうなと思っていた。

つまり、ノリコは恋をしているということで。

何か、2人の間に進展でもあったのだろう。

私がそう言うと、ミッチーは眉間にシワを寄せた。

まさか、デビューするのに恋なんてしてはダメだって言う気じゃないだろうな・・・。

一瞬、そんな疑いを持ったけれど、ミッチーは単にノリコが心配だっただけで。


「あのねぇ、男と女なんてなるようにしかならないの。ノリコだって年頃なんだから、惚れた男の1人や2人くらいできてあたりまえ。いい?変にノリコにどうしたとか訊いちゃダメだからね。こういうのは、そっとしておくの。ノリコにうるさく言うと嫌われるからね。」


あまりにもノリコ大丈夫かなぁと言いどおしだから、私はミッチーに釘を刺しておいた。


「えっ・・・訊いたら、嫌われる・・・かな?」


私の言葉に過剰に反応するミッチー。

これは、ノリコに訊くつもりだったな。

私はミッチーのその反応にため息をつくと、いきなりミッチーに私の事を好きかと訊ねた。

すると、ミッチーは笑顔で即答した。


「うん、大好き!俺はエミちゃんに恋してるし、愛してるし、今まで出会った人の中で一番好き。もちろんノリコも史子ママも大好きだけど、エミちゃんは次元が違う。どう違うかっていうと、昨日も俺たち愛を確かめ合って、エミちゃんの可愛い声を——「わかった、もういい。よくわかったから。」


長くなりそうなのと話の内容がピンク一色になりそうで、ミッチーの言葉を遮ったら、ミッチーの頬が膨らんだ。

だけど、私はそれを無視して、私と進展した恋の話をいちいち結城プロデューサーに細かく訊かれたらどう思う?と、更にミッチーに質問をした。

その途端、膨れた顔から、一気に渋い顔になり。


「ウザいからぶん殴る。」


と、物騒な一言。

だけど、ニュアンスは伝わったようだ。


「そういうこと。流石にノリコはミッチーをぶん殴らないだろうけど、口きいてくれなくなるかもよ?」


優しいノリコはそんなことするはずないってわかっているけれど、あえてそう言ってミッチーを脅かしておいた。

すると、ミッチーは泣きそうな顔になり。


「それは、ヤダ!!」


と言うから、それならそっとしておいてあげてとミッチーに念を押して、丁度焼けたベーコンエッグをフライパンから皿に移し替えた。

そこへママがおはようと起きてきて、今から淹れようと思っていたコーヒーをセットしてくれた。

ありがとうと言うと、ママは私の顔をジロリと見て。


「せっかく東京に久しぶりに出るのに、化粧もしないなんて。ノリコがお世話になっている人たちに挨拶もするんだろ?だったら、失礼にならないようにちゃんとしていきな。前に江村ちゃんが作ってくれた、紺のカシュクールワンピースあっただろ。あれは襟元もスカートもサーキュラーになってて上品だよ。あんた、あんまりシルク素材が好きじゃないって言って手を通してないけど、たまにはいいだろ?ベルトと靴とバッグを白にまとめたら、涼し気だよ。ほら、あとは、パン焼くだけだろ?私がやっておくから、化粧してきな。あ・・・あくまで薄化粧だよ?ちょっと、ミッチーはこっちを手伝っておくれ。もうすぐノリコがシャワーから出るだろ?」


なんて、いきなりママが言い出した。

実は一昨日店のビールサーバーの調子がわるくなり、生ビールが出なくなった。

その日は何とか終わりの時間まで営業を続けたけれど。

すぐに翌日修理に来てもらったら、もう換え時だと言われた。

仕方がないので新しいサーバーを入れることにしたら、丁度これから夏に向かうところで注文が多く、設置できるまで一週間かかると言われてしまった。

一週間ビールサーバーなしで営業を続けようかと思ったけれど、結構生ビールの注文が多いので、やはりそれはお客さんに申し訳ないと考え直し、思い切って一週間店を閉めることにした。

ママにそれを伝えると、丁度いい機会だからノリコがお世話になっているレコード会社に挨拶に行ったほうがいいと言われ、早速今日行くことにしたのだった。




ありがたいことにレコード会社では、結城プロデューサーだけではなく、社長さんや取締役の人とも挨拶ができた。

皆感じが良く、ノリコの事をほめてくれて期待の新人だと言ってくれた上に、リップサービスだろうけれど、私に歌手か女優になる気はないかなんてことまで言ってくれて。

お世辞に決まっているのに、シャレにならない位ミッチーが私を彼らから隠すように私の前に立ちふさがり。


「なるわけねぇだろっ!エミちゃんは俺の嫁さんになるんだっ!」


と、声を荒げた。

いや、そんなにムキにならなくたって冗談にきまっているのに・・・。

だけど、シャレが通じないらしいミッチーは益々不機嫌になり、仕方がないから。


「私、人前にでることは苦手ですし、全く興味がないので。すみません。」


とはっきりとその気がないことを伝えた。



それからノリコのレッスン風景を見ようと、レッスン場の隅に出してもらったパイプ椅子に座り、練習をずっと見学させてもらった。

ミッチーは用事があるとかで、私をノリコのレッスン室に案内すると、そのままでかけてしまった。

おかげでゆっくりとノリコのレッスン見学ができて、結城プロデューサーにフレンチレストランのランチにノリコと連れて行ってもらった。

結城プロデューサーの高校時代の同級生が経営しているレストランらしく、そのオーナーはとてもざっくばらんで。


「結城、やっと綺麗なお姉さんつれてきたなー。いつも、赤毛の大男の友達しかつれてこないからさぁ、色っぽい話がないのかと思ってたけど。安心したわー。お前ににもやっと春がきたなー。」


なんて、軽口をたたいた。

だけど、こんな風に誤解されたままだと、たとえここにいないからと言ってあのカンの良いミッチーのことだ、どんな暴挙に出るかわからない。

だから、はっきりと否定しておこうと口を開きかけたら、先に結城プロデューサーが。


「この人は、満の彼女だよ。おまえ、変なことを言ったら、満に殺されるぞ。」


と、先に諸々否定してくれた。

すると、そのオーナーの顔が青ざめ、変な事いってごめんなさいと素直に謝りだした。

ってミッチー、どんだけ恐れられているんだろうか。

私たちが知るミッチーからは、想像がとてもつかない。

そんなことを考えながら食事をしていたら、アッとい間にデザートになったのだけれど。

そこで私は、とても驚いて自分からオーナーに声をかけていた。


なぜなら、デザートに出てきたプチシューが、内藤さんの店のシュークリームと同じだったから。




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