15、ケーキとバイク
心配すると思って、ママに再会した浅田先生と海岸前のレストランでお茶を飲んで帰ると連絡を入れていた。
それで家に戻ったミッチーは、ママに私の居場所を訊いたのだろう。
浅田先生と長太郎を残しレストランを出た私は、ミッチーに手をギュッと繋がれ家へ向かって歩いていた。
いつもよりミッチーの歩調が、凄く速い。
「ミッチー、歩くのついて行けない。もうちょっとゆっくり歩いて。」
私の言葉にハッとして歩みを止め、振り返ったミッチーは、なんとも情けない顔をしていた。
私はギョッとして、何でそんな顔するのかと思わず訊いてしまった。
だって、さっきまで元カレとお茶を飲んでいた私に怒っていたのに、どういう心境の変化でそうなるのか、具合でも悪くなったのではと思ったから。
「ど、どうしたの?そんな顔して・・・お腹でも、痛いの?大丈夫?」
すると、私の言葉にミッチーが、キョトンとした顔をした。
「お腹は、痛くないよ。」
「じゃあ、頭痛いとか?・・・どっか具合悪いんじゃない?だから、急いで家に帰ろうとしてたんじゃないの?」
『お腹は』と言うから、他に痛いところがあるんじゃないかとミッチーの顔を覗き込んだら、ハァッとミッチーがため息をついた。
どうしたんだろうと、首をかしげると。
「エミちゃんって、何でそんなに優しいのさ。もう十分すぎるくらい大好きなのに、もっともっと好きにさせて、俺をどうしたいの?・・・あのさぁ、よく考えて?俺やきもちやいて、エミちゃんが話をしているところに乱入して無理矢理連れ出したんだよ?それに、元カレから早く遠ざけたくて、エミちゃんの歩調も考えずに引っ張って・・・俺って、本当に自己中だよな・・・なんかさぁ、浜田君に対しては顔見たらムカムカはするけどそんなに不安にならないんだけど。さっきのエミちゃんの元カレ見たら、凄いちゃんとしてそうで、優しそうで、常識もありそうで、頭も良さそうだし・・・俺、ひとつも勝てそうにないじゃん?って思ったら、エミちゃんを一刻もあいつから引き離したくて・・・で、エミちゃんに歩くの速いって言われて、エミちゃんのこと考えてなかったって・・・あの元カレならこういう時だって、ちゃんとエミちゃんのこと考えるんだろうなって・・・俺って、やっぱり自分ばっかだって・・・ごめん。」
と、一連の行動の理由と反省を話してくれた。
そうか、そんなことを考えていたんだ・・・そう思うと、何だかミッチーが愛おしくなった。
私はクスリと笑うと、ミッチーの手をギュッと握り。
「ねぇ、ちょっと遠回りになるけど、シュークリーム買って帰らない?この間うちに来た内藤さんが経営してる洋菓子屋さん、凄く美味しいの。鎌倉だと結構有名店でね、ママも好きなんだ。午前中で完売するときもあるから、今だったらまだあると思うし。多めに買って、夜帰ってきたノリコにも食べさせたいし。」
私は、話題を変えた。
途端にミッチーが嫌な顔をした。
「ええー、内藤さんって、この間のエミちゃんをお嫁さんに欲しいって言ってた、あの強烈な親子でしょう?あのおじさんの作ったシュークリームなんて、嫌だよ。それに、あのおばさんの顔見るのも嫌だし。」
「あ、シュークリームは、肇さん作ってないよ。あの店は、肇さんのお父さんが作り出したシュークリームで有名になったんだけど。肇さんはそれがプレッシャーみたいで自分はあのシュークリームを超える商品を生み出すんだって、新商品開発ばっかりしてるの。本人がうちの店に来た時にそう言ってたから。それで、人気商品のシュークリームは雇ってる職人さんたちが作ってるらしいんだけど・・・バカだよね、人気商品のレシピ全部見せてるんだよ?もし、職人さんが店を辞めて他でその商品作ったら、どうするんだろうね。そういう店のオリジナル商品って、店主が守るものなんじゃないのかなぁ。まぁ、とにかく、肇さんはシュークリーム作ってないし、本当に美味しいから。それに、こうやって家族で食べるものを買い物に行くのって、ミッチーだからできるんだよ?」
私が握った手を前後に振りながらそう言うと、ミッチーの不機嫌だった顔がパアァッと明るくなった。
非常にわかりやすい男だ。
「そうか!じゃあ、行こう!!」
私が前後に振った手を、より大きく振って笑顔でミッチーがそう答えた。
「ちょっと・・・買いすぎなんじゃないの?」
シュークリーム25個とショートケーキ8個、モンブラン8個、ガード―ショコラ8個、プリン7個が入った、ずっしりと重そうな紙袋を持ったミッチーに、私は咎めるようにそう言った。
だけどミッチーはそんな私の言葉をものともせず、上機嫌で。
「えー、甘いものは別腹じゃん?とりあえず、今帰ったら、俺シュークリーム5個は食べるし。他のも結構食べられるよー・・・それより、ププッ・・・あのおばさんとおじさんに、俺たちのラブラブぶりを思いっきり見せることができて、俺的にはもう大満足!」
「いや・・・今日あんまり商品なかったのにごっそり買っちゃって、ショーケースガラガラになってたし・・・何か申し訳ないって言うか。」
「えー、別にちゃんと代金はらって買ったんだから、向こうには損させてないんだし。いいんじゃない?まぁ、確かに商品少なかったけどさぁ・・・平日だからかな?・・・とにかく!早く帰って、食べよう!」
そう言って、ミッチーが紙袋を持った手とは反対の、私とつないでいる手をグイッと引っ張った。
うん、ミッチーが大食漢だってことは分かっていたけど、甘いものまでこんなに食べるなんて・・・家族で食べるケーキに、1万円以上出す人って初めて見た。
まぁ、ミッチーが支払いをしたんだけど。
そんなことを思い出し、呆れる私をよそに。
ミッチーは余程シュークリームが楽しみなのかまた歩調が速くなり、私はしかたがないなぁと小走りでついて行くこととなった。
「シュークリーム♪ケーキ♪ケーキッ♪プ~リンッ♪・・・」
変な節をつけながら、リズムよく早足(私は小走り)で歩いたせいか、家がすぐに見えてきたけれど。
「あれ?誰か、家の前にいるね?」
うちの門の前に大きなオートバイを停め、黒のライダースーツを身にまとった細身で長身の男の人が立っていた。
その私の言葉にハッとした様子で、ミッチーが。
「あ、忘れてた。六本木の自宅から、バイク持ってこさせたんだった。」
ミッチーが言った事が理解できずに私が首をかしげると、ミッチーは平然と理由を話した。
「なんかさぁ、朝ノリコといつものように横須賀線に乗ったんだけど、横浜に着く前あたりからどうしてもエミちゃんが気になって、いや、不安になってさぁ。それで、俺だけ横浜で降りたんだよねぇ。でも、3時から新曲についての会議があるから、会社に行かなくちゃいけないし。俺1人だったら、バイクの方が早いから。横浜駅で電話して、地元の後輩に俺のバイクもってこさせたんだー。」
「・・・・・・・。」
やっぱり、こっちに戻った理由は、ミッチーのサイコパス的なことだった。
ミッチーは、驚くくらいカンがいい。
説明なしに突然こうしたほうが良いと言ったり、無意識に選んだものが結果的によかったりするのだ。
特に、私の男関係については何も言っていないのにピンときたり、果ては私が別の男の事に気を取られていたりするとそれを察知する。
まぁ、エキセントリックという言葉で表現するしかないのだろうけれど。
だからといって、私はそれが嫌だというわけではなくて、ちょっとおもしろいと思っていたりする。
「坂部。」
ミッチーが門の前に立っていた男に声をかけた。
それは、『地元の後輩に俺のバイクもってこさせたんだー』という私に向けていた口調とはことなり、ゾッとするような低い無機質な声だった。
「東さん・・・お疲れ様です。」
男はそんなミッチーの口調よりも、ミッチーと一緒にやってきた私と繋がれた手を、切れ長の目をいっぱいに見開くようにして交互に見ていた。
ミッチーは、その様子にイラついたようで。
「エミちゃんをジロジロ見るな。早く、鍵よこせ。」
怒りを含んだ声で男にそう言った。
男はその言葉に、ビクリとしてすみませんっ!と慌てて鍵を差し出したけれど。
「あ・・・。」
自分の左手の紙袋を見て、ミッチーは途方に暮れた顔をした。
「どうしたの?」
私が思わずそう訊ねると。
ミッチーが眉を下げた。
「いや・・・俺がバイクを中に入れると、持ってるケーキが傾くし。こんな沢山ケーキが入った重い紙袋、エミちゃんに持たせられないし。俺が先に紙袋家に置きに行ったら、エミちゃんと坂部が2人っきりになるし・・・どうしようと思って・・・うーん。」
私にしたらどうでもいい事で悩みだしたミッチーに、私はため息をつくと。
「お手数ですが、バイクを中に入れてもらえますか。すみません、わざわざ六本木から来てくださったんですよね。お疲れ様でした。どうぞ、上がってお茶でも飲んでいってください。ケーキたくさん買ってきたので、よかったら召し上がって下さいね。」
私はそう言って男の人に話しかけた。
すると、ミッチーがすかさず。
「エミちゃん、別に坂部にお茶やケーキなんて出さなくていいからっ。オイッ、バイク中に入れて、早く帰れっ!」
そんな非常識な事を言うから、ミッチーの頭をパコンと殴り。
「バカじゃないのっ!こんなところまで突然バイクもってこさせて。何てこと言うのっ!!それに、ミッチーがバカみたいにケーキ買うから、とんでもない量で、冷蔵庫にどうやって入れようか困ったなって思ってたんだよ!?1人でバカみたいに食べたら、血糖値上昇して健康に良くないから!!糖尿病で早死にしたいのっ!?私、自分の健康に気を遣えない男は、無理だからねっ!!」
と、怒鳴りつけたら。
ミッチーは、憮然とした顔・・・つまり、思いっきり下唇を出して。
「坂部っ!早く、中にバイク入れろっ!!仕方がいないから、お茶飲んでけっ!!」
と、坂部さんと言う人にあたるように怒鳴った。
その途端、坂部さんは急いでバイクを動かし始めたけれど。
驚愕の目で私を見て、嘘だろ、東さん殴って、バカって・・・ミッチーって、嘘だろ・・・と、つぶやいていた。




