13、コバルトブルー
今週は中々時間が取れず、間があいてしまいました。申し訳ありません。
お土産の鎌倉銘菓ハトクッキー詰め合わせを、ミッチーの養母である美登里さんに手渡すと大変喜ばれた。
昔、鎌倉へ家族で遊びに行った時、皆で美味しく食べたと懐かしそうに話してくれた。
その頃ミッチーは小学校低学年で、口数は少なかったけれど兄である結城プロデューサーと一緒に海で遊んだという。
「何だ、そんな良い思い出もあったんじゃない。何で、途中で道を踏み外したのよ?」
楽しそうな思い出話を聞いて、つい何も考えずそう質問してしまったら。
途端に、空気が固まってしまった。
しまった、デリケートな問題なのだからもう少しオブラートに包むべきだったと反省した。
だけど、直ぐにミッチーの養父の友治さんが、私に気にしなくていいという表情で首を横に振り、直ぐに当時の事を答えてくれた。
「実は、この家は満君を引き取る際に、満君の本当のお父さんの藤城さんから譲りうけたんです。そして、現金も・・・それを、きちんと説明する前に、満君が知ってしまって・・・多分、満君は傷ついたんでしょうね。私たちがお金ありきで満君を可愛がったと、思ってしまったのでしょう。その後、話をしようとしたのですが・・・満君は傷ついて、心を閉ざしてしまって・・・。」
「何、じゃぁミッチーは、この家とお金をミッチーのお父さんが用意してくれたってこと以外知らないの?経緯も理由も訊いていないの?それで、グレちゃったの?ええー、バカじゃないの?」
「・・・・・・。」
「あのさぁ・・・ミッチーって家政婦さんに虐待を受けて、お母さんはそれを放置したって聞いたけど。この間から断片的に聞く昭和の大スターのお父さんの話は、ミッチーのことをないがしろにしていたたようには感じないんだけど?生活についても、大スターと有名な作家の子供で経済的には恵まれていたんじゃない?服とか食事とかは?それに、家も大きな家だったんじゃない?私さぁ、うちのパパが亡くなった後、西麻布のマンションに引っ越したんだけど・・・それまで住んでいた家と比べてやっぱり狭く感じて・・・今の鎌倉の家のことなんだけどね。まぁ、贅沢って言えばそれまでなんだけど。子供だったからさぁ、ギャップに驚いて。勿論、西麻布のマンションも5LDKで分譲だから、古かったけど今考えると十分な広さで、造りもリッチな感じなんだよ?だけど、一軒家で庭がある家だったから、なんか落ち込んじゃって。今の話、表面だけ聞いても、ミッチーのお父さんがミッチーを広い家に住まわせて、困らない生活をさせたいって考えだったんじゃなんじゃないかと、思ったんだけど?そもそも、ミッチーを引き取るにあたって家とお金をミッチーのお父さんが用意したって、子供にそんな生々しい話をしたの、一体誰よ?」
私の言葉に、ミッチーがハッとした表情になった。
「藤城剣さんが亡くなった時、うちの両親と俺が満について葬式に出席した時、先妻の子供達・・・って言っても、当時既に20~30代だったけど。その人達から『里子に出した時に、今住んでいる家とそれなりの金を父が渡したんだから、財産分与は済んでいる。身の程知らずな要求はしてくるな』って、いきなり言われたんだよね。離れて暮らしていたとはいえ、実の父親が亡くなった直後、小学校6年生の子供にだよ?満はそれで、ショックをうけて・・・結局、葬式にもでられなかったんだ。」
結城プロデューサーが当時を思い出しながらなのか、腹立たし気にそう言うと、いきなりいつもかけている黒いサングラスを外した。
どうしたんだろうと、思わず結城プロデューサーの顔を見ると、どこかで見たような顔立ちで・・・いや、それよりも・・・瞳が、明るい青色で・・・つまり。
「結城プロデューサーも、ご養子なんですか。」
サングラスでほぼ顔立ちはわからなかったけれど、それでも通った綺麗な鼻筋や引き締まった口元、手足の長い長身というスタイルの良さで、美形なのだろうと思っていたが。
ご両親とこうやって並ぶと、全く似ていなかった。
というより、完全に両親のどちらかは外国の人だとわかる容姿だ。
そんな私の問いかけに、結城プロデューサーはニコリと笑うと。
「うちの母の従姉妹が、碧みやびでね。若い頃に留学先で結婚した相手がドイツ人で。でも俺が生まれてすぐ離婚したから、世間では知られてないけどね。ああ、母の従姉妹といっても、碧みやびは後妻の連れっ子だったから、実際には血は繋がっていないんだけど。」
結城プロデューサーの口から碧みやびの名前が出て、あっと思った。
私の表情を見て、結城プロデューサーは頷くと。
「顔、そっくりでしょう?子供の頃は、ドイツの血が強く出てて、そこまでじゃなかったんだけどね。高校を卒業する頃から、目の色以外日本人っぽい顔になってきて。だけど、そうなると碧みやびの顔に似て来て・・・面倒だから、大学入ってからずっとサングラスかけて誤魔化しているんだけど。結局、音楽の道にこうやって進んだってことは、DNAまでしっかり碧みやびってことだよね。あ、ちなみに俺は素直で天真爛漫な子だったから、満と違って、グレることなくここまできたよー。」
碧みやびとは、有名なソプラノ歌手だ。
顔も美人だが、右に出る物はいないと言われるほどの抜群の歌唱力で、60歳を過ぎてもその歌声は劣ることはなく、今も世界中を飛び回って第一線で活躍している。
驚きながら私がマジマジと結城プロデューサーの顔を見ていると、ミッチーが怒りだした。結城プロデューサーの言葉にカチンときたこともあるようで。
「何が素直で、天真爛漫な子だよっ。ちょっと、何でいつまでもサングラスはずして、エミちゃんを誘惑しないでよっ!エミちゃん、俺以外の男をそんな長く見つめないで!」
そう言いながら、ミッチーが私をグイと抱き寄せた。
ソファーに座っていたから、それで私の体が思いっきり傾いて体重がミッチーにかかったけれど、ミッチーは嬉しそうにもっと体重をかけろと言わんばかりに私の体を引き寄せる。
それを生温かい顔で結城プロデューサーが見ていて、私は滅茶苦茶恥ずかしくなった。
だけど、力持ちのミッチーは私の抵抗もものともせず、私をギュッと抱きしめた。
里親とはいえ、ご両親の前でそんなことをされて焦ったけれど、私たちを見つめるご両親は微笑んで。
「満君、心から大切に思える人と出会えて、本当によかったね。君の心は孤独ではなくなったんだ。君を正しい心で叱り飛ばしてくれる人が、君のそばにいてくれるなら安心できるよ。エミさん、満君をどうぞよろしくお願い致します。」
「本当に・・・大切な人がいれば、自分も大切にできるから。あなたの、これからの人生はきっと実り多いものになるわ。エミさん、本当にありがとう。」
心底嬉しそうな顔で、そう言ってくれた。
これは、歓迎して祝福してくれるということのなのだろうか。
それに、ミッチーがグレて随分迷惑をかけたのにそれについては全く責める様子もなく、こうやって過去を反省して恋人をつれて会いに来たことを喜んでくれるなんて。
よかったと思う反面、何だかミッチーがひねくれてしまって人を寄せ付けないようになっていた20数年間がとても無駄だったように感じて、誤解って本当に恐ろしいと思った。
その後、膝が悪くて立ち仕事が辛い美登里さんに代わって、結城プロデューサーがコーヒーを淹れてくれて。
せっかくだからと、思い出のハトクッキーを皆で食べた。
「本当に、満はこういう甘いものが好きだったよなぁ。あの時も夕飯前なのに、1人で10枚も食べて大丈夫かと思ったんだけど、旅館の料理もペロリと平らげて・・・昔っからよく食べたよなぁ。最近は、エミさんが作ってくれるすげぇデカい弁当食べて、満足気な様子だから相変わらずなんだろうけど・・・うん。旨いなぁ、このクッキー。」
そう言いながら、結城プロデューサーが美味しそうにハトクッキーを頬張った。
すると、美登里さんがクスリと笑った。
「そうよね、一雄君はあの時、もっと食べたいと言った満君に自分の分全部あげていたから、初めて食べるのよねぇ。」
美登里さんのその言葉に、ミッチーが驚いて結城プロデューサーを見た。
すると、結城プロデューサーは照れ臭そうに。
「しかたないだろ、満があんまり可愛い顔で旨い旨いっていうからさぁ。その顔を見たくて、つい食べさせたんだよ。」
と言った。
私はその言葉に、結城プロデューサーのその気持ちは私がノリコを思う気持ちと同じだと思った。
なんだ、ミッチーは孤独だと言いながら実は愛されていたんじゃないか。
まったく、1人で拗ねてグレて人の思いに気がつけず、孤独だと思い込んでいたなんて。
本当にミッチーは大馬鹿だ・・・そんな風に心の中で罵倒していたのだけれど。
ふと、ある事に気がついた。
初めて会った日。
お客さん用だと言ったコバルトブルーのマグカップを見て嬉しそうに、ミッチーは凄く好きな色だと言った。
その色って、さっき見た結城プロデューサーの瞳の色だ。
なんだ、ミッチーだって孤独だといいながら、愛があったんじゃないか。




